第283話 ピンチの後にはピンチが来る。人生大体、そんなもん。
背中合わせに左右の敵、ネネとノノを見据える私とリン。
形としては2対2だが、向こうは吸血モードに入った吸血鬼二人。対してこちらはノーマルモードの私と月の加護を持たないリンだ。勝負になるかと言われれば正直怪しい。
だけど……なんなんだろうね。不思議な気分だよ。この子と一緒ならどんな敵だろうと怖くない。心の底から闘志が湧き上がるみたいだ。
「ルナ、怪我は大丈夫?」
「全く問題なし。それより良く私がここにいるって分かったね、リン」
背中越しに声を交わす。さっきまでの緊張感もどこへやら。まるで世間話をするかのようなトーンで私達は語り合う。
「遠くから建物が崩れるのが見えた」
「ん? ……ん? それで私の場所が分かったの?」
「うん」
「そ、そっか……」
間髪置かずに断言したな、リン。
一体、私のことを何だと思っているのか小一時間問い詰めたいけども……
「今はそんなことをしてる場合でもないね……リンっ!」
私の眼前にノノが、リンの前にはネネがそれぞれ迫る。
私の呼び声に反応したリンがその場で跳躍する。逆に私は両手を組み、地面に手をついた。
「影法師──『影槍』ッ!」
そして、地面を経由して地中から何本もの影槍を無造作に出現させる。
ネネとノノ、二人は私よりも更に高い攻撃手段を持っている。となるとまともな打ち合いでは勝ち目なんて存在しない。私達がこの場を切り抜けるにはどうしたって牽制役が必要になる。
(これで簡単には近づけないだろっ!)
加えてもう一手。
私の意図を完璧に汲み取ったリンが上空から何本ものナイフを二人に向けて投げつける。
人間の視野は縦よりも横に伸びて広がっている。つまり、上と下からの同時攻撃を最も苦手としているのだ。
「ノノっ!」
そんな私とリンの連携攻撃に対し、ネネはその髪に纏った『奏剣』を振るう。
圧倒的な攻撃範囲を誇るネネの『奏剣』は空中をまるで泳ぐかのようなリズムで飛び回り、リンの放った全てのナイフを迎撃してみせた。
「……『葬剣』」
そして、ノノはその歪曲した剣を横一文字に振るう。
たったそれだけ。ただそれだけの一撃で……パキィィィンッ! とまるでガラスが割れるかのような音を残して、私の影槍全ては叩き折られてしまった。
(くっ……魔法の基礎能力が違いすぎる……ッ!)
魔力量でも、魔力性質でもなく、術式の練度。
私とリン、ネネとノノに種族としての能力差はほとんどない。それでもこうして簡単に押し返されてしまうのは、もって生まれた性能ではなく、鍛錬により積み重ねた研鑽で私達が劣っているからだ。
「だったら……リンっ!」
身体能力による優位はない。魔法能力でも劣っている。
ならば……コンビネーションで圧倒してやるっ!
「『影糸・影舞踏』!」
ナイフを全て叩き落した『奏剣』、それが次の獲物であるリンへと届く前に私はその術式を完成させていた。私の指先から広がる影糸は空中で絡み合い、リンの足元に移動用の結界を張り巡らせる。
とん、と軽い衝撃と共に空中で身を捩るリン。器用に空中で体勢を立て直しながら、『影舞踏』で作った道を渡って行く。
「他人の心配をしている場合ではないのです、ルナ」
「────っ」
聞こえた声はすぐ隣から。気付けばノノが私の眼前へと迫っていた。
(まずいっ、この距離はノノの殺傷可能半径ッ!)
私が無駄とわかりつつ、咄嗟に両手をクロスして防御しようとしたところに……
「ルナっ!」
上空からリンが『影舞踏』を足場に弾丸のように飛び降りてくる。
私がリンの危機を察していたように、リンもまた私の危機を察していたのだ。
上空から勢いそのままにノノへと飛びつくリン。だが、身体能力でも劣っているのか先ほどの奇襲のようにうまくはいかなかった。
「……無駄」
ノノの緋色の瞳が一際強く輝いた瞬間、右手に持った『葬剣』が振るわれる。
その破壊の剣がリンへと迫る刹那に、私は『影糸』を生成。リンの胴体に絡めて、力の限りリンをこちら側へと引っ張った。そして……
──ドォォォォォォォォッ!
衝撃波が私とリンを同時に飲み込む。破壊に特化した『葬剣』。その一振りは地面を抉り、周囲の景色を一変させていく。
「はあ……はあ……リ、リン……っ」
体勢を立て直しながらリンの姿を探す。
すぐ近くで私と同じように立ち上がるリンの姿にほっと胸を撫で下ろすのも束の間。魔力の輝きを視界の端に捕らえた私は咄嗟に跳躍していた。
数瞬後、私のいた場所を駆け抜ける『奏剣』。
見れば遠くから私に狙いを定めるネネの姿があった。
(近距離を得意とするノノ、遠距離を得意とするネネ……これが二人のコンビネーションってわけかよっ)
次から次へと放たれる弾丸のような剣閃をやり過ごしながら、リンの元へと急ぐ。この一連のやり取りで分かった。私も血を吸わなければ勝ち目はない。
その隙をあちらが与えてくれるかどうかだけが問題だが……
「ルナっ、危ないっ!」
「…………っ!」
私とリンの間に立ち塞がるかのように現れるノノ。
どうやら二人は私に集中攻撃を浴びせかけるつもりらしい。
「『影糸……』」
「遅いのです」
『影舞踏』を使ってこの場を離れようとした瞬間にノノの中距離斬撃が飛んでくる。衝撃波となったその斬撃に必死に耐えていると、ドンっ! と強い衝撃が体に加わる。
見ればリンが私の体を抱きしめるかのようにして、攻撃範囲から抜け出そうとしてくれていた。速度に特化したステータスを持つリンの動きをネネ達は見誤ったのだろう。これは潜在一隅のチャンスだ。
「リン、血を……っ」
「だめ! ルナはこれ以上、血を吸わないで!」
私が首元に口を近づけるが、リンはそれを拒否した。
私が血を吸い続ければ人の形すら失ってしまうであろうことをリンは知っている。だから、私が吸血モードになることを嫌っているのだろうが……
「そんなこと言ってる場合じゃないっ! 私がやらないと、私だけじゃなくリンまで……っ!」
「だめっ!」
どこまでも頑ななリンの態度に焦燥感が募る。
このままだとリンが殺されてしまう。それだけは駄目だ。
そうさせないためにも……私が何とかしなければならない。
強引にでも血を吸おうと決意した、その瞬間。
「ルナはずっと私達の為に戦ってくれたっ! だからもう戦わなくていいのっ! 次は私達がルナの為に戦う番なんだからっ!」
リンの精一杯の叫びが聞こえてきた。
「ルナがこれ以上傷つく必要なんてないっ! 今度は……今度こそは私達が守って見せるからっ!」
その必死の叫び、懇願にも似た静止の声に私は血を吸うことを躊躇ってしまった。
そして……それが致命的な隙となった。
「あ……」
迫る二つの双剣。今からこれを交わすことは出来ない。それが私にははっきりと分かってしまった。幾度となく死線を越えてきた私の直感が叫ぶ。
これは……駄目だと。
回避も防御も不可能。そのことがはっきりと分かってしまった。
「リンっ!」
せめてこの子だけは守ろうと強引にリンの体を抱きしめ返し、地面に押し倒す。私の小さな体でどこまで盾になれるか分からない。だが、そうするしか道はなかった。
「ルナっ!?」
「…………ッ!」
迫る攻撃に備えて覚悟を決める。
硬く瞳を閉じ、リンを抱きしめる私に……
──その声が届いた。
「《散ると知りぬる夜桜よ・せめて一夜の夢と散らん・燃えよ──》」
聞き覚えのある詠唱。だが、その声音は以前のそれとは違う人物のものだった。
「燃えよ──『紅桜』」
そして……紅蓮が周囲を包み込んだ。
広がる火炎は紅色の斬撃となって、二つの双剣を押し返す。
「なかなか良い動きをするじゃないか、リン・リー。私が追いすがることも出来んとはな。これでも速さには自信があったのだが……まあ、構わんか」
白刃が夕日の中で輝く。燃え盛る炎を纏ったその剣を構えるのは……
「何とか間に合ったようだしな」
王国騎士団第八分隊長、オリヴィア・グラウディスその人だった。




