第282話 反撃の一手
体中が焼けるように痛む。
それはネネやノノに与えられた攻撃に加え、太陽光も原因の一つになっている。
周囲を敵に囲まれたこの状況、まさしく絶体絶命だった。
「これで分かっただろう、ルナ。お前に俺達は倒せない。それどころかネネやノノ、太陽の通るこの場所では俺一人にすら勝てないかもしれん。そういう状況にお前はいるんだ」
「……だから?」
「降伏しろ、ルナ。お前にはまだ利用価値がある。太陽の園に捕らえられたとしてもすぐに殺されることはないだろう。その間にもう一度探せばいい。生き残る道を。お前が以前にもそうしたように」
「…………」
どうやらサドラーは今、この瞬間を好機とは見ていないようだ。
それもそうだろう。私はすでに太陽の園から追われる身だ。この街全てが敵に回ったと言っても良い状況で無策のまま突っ込めば、待っているのは破滅だけ。
今ここで強く抵抗する意味はそれほどない。
だが……
「……嫌だね」
「なに?」
それは私一人の状況を見るならば、の話だ。
「私は見逃されるとしても他の人はどうだ? アンナは? リンは? 全ての人が私と同じように殺されることはないと、絶対に言い切れるのか?」
「…………」
私の問いに、今度はサドラーが押し黙った。
それが私にとって何よりの答えだった。
「ぐっ……」
痛む体を支えて、眼前の敵を見据える。
何かを得るには何かを捨てなければいけない。
ならば私はここで……『甘え』を切り捨てる。
「ルナ、やめて。これ以上は本当に死んでしまうわ」
「そう思うならそっちが剣を下ろしてよ。まあ、そういうわけにもいかないんだろうけどさ」
油断なく構えるネネに苦笑いが浮かぶ。
ああ、やりたくない。これだけは本当にやりたくないんだ。だけど、これしか活路がないというのなら……仕方がない。やろう。
「……さあ、チキンレースの始まりだ」
「え?」
私の言葉の意味をネネは理解できなかったのか、きょとんとした表情を浮かべている。けどすぐに分かるよ。私が何をやろうとしているのかは。
(……いっっっけぇッ!)
有り余る魔力を足元に。
私は『舞風』の要領で私自身を弾丸のように吹き飛ばす。
それは例えるなら人間大砲。ロケットのような勢いで駆け出した私に、その場の全員が虚を衝かれたようだった。それもそのはず。
「ぐっ……あああああッ!」
私が飛び出したのは最も太陽の当たる場所。崩壊した建物により、見晴らしの利くようになった瓦礫の山だったからだ。
三人は私を太陽の光によって弱らせようとしていた。その為、そちらに誘導するように包囲網を敷いていた。だがそれは逆に言えば、太陽の方向に向けてならば逃げ道も存在するということ。
「追えっ! 追うんだっ!」
単純な脚力で言えばサドラーが私に適うはずがない。
となると私への追撃は当然ネネとノノが行うことになるが……
「…………っ」
そう。二人もまた、私と同じ吸血鬼。
この灼熱の大地を渡るにはそれ相応の覚悟が必要になる。
「くっ……『奏剣』ッ!」
慌てた様子でネネが神速の剣を振るう。
しかし……それも私に届く前に、太陽の光を受けて霧散してしまう。
私の『影法師』もそうなのだが、影魔法は太陽の光を受けると強制的に消えてしまう。恐らく実体のない影を物理的に使役するための制約なのだろう。
私にとっても大きなデメリットだが、今回ばかりはそれが活きた。
「はあっ、はあっ、はっ……ああ……っ」
追撃はなくなった。しかし、それはその間中常に太陽の光の中を走り回ることを意味している。先ほどの戦闘で傘は落としてしまった。今の私に太陽を防ぐ術はない。つまり……
「ぐっ、が、ああ、はぁぁっ」
太陽光が私の肌を焼く。この季節の太陽光は吸血鬼にとってまさしく猛毒。
体中の細胞が溶けているかのような激痛に苛まれながらも、私は足を止めることはなかった。
(このまま振り切る! 全力でっ、最速でっ!)
立ち止まった瞬間に私は力尽きるだろう。
すでにステータスも見たことがない数値まで下がってしまっている。速力を何とか維持できているのは『舞風』によるもの。私の魔法適性が風で良かった。これが他の系統ならばすでに倒れているところだ。
「ルナっ!」
呼び声に一瞬だけ振り返ると、太陽の中を突き進むネネとノノの姿が見えた。
どうやら二人も決死の覚悟で私を追跡にきたらしい。逃がすわけにはいかないとはいえ、大した度胸だね。
(だけどもう遅い。この距離まで開いてしまえば、もう追いつけない)
こちらと同じように向こうもステータス減少のデバフを受けている。
ならば、先に飛び出した私に向こうが追いつける道理はないのだ。
そう……
「ノノ、やるわよ」
「……です」
彼女達が一人ずつであったなら。
「……なっ!?」
私の視線の先、ノノとネネは立ち止まると互いが互いの首筋に口をつけた。
(あの二人……っ! 自分達の血を吸い合ってるっ!?)
吸血鬼の本当の力はスキル『吸血』を発動してから始まる。
それを私は分かっていた。分かっているつもりだった。
自分ではなく、他人に使われ初めて知る吸血モードの恐ろしさ。
(駄目だっ、変異が……始まる……っ)
ノノとネネの額にそれぞれ一本ずつ漆黒の角が現れる。まるで鏡写しのように現れた角は吸血モードの証。加えて緋色に光る瞳が私を捕らえる。
そして……ドンッ! と地響きにも似た音が周囲に響いた。
「────ッ!?」
次の瞬間のことだった。
私の眼前に突然、ノノが現れる。咄嗟に拳を振るうが、当然のように虚空を切り私の視界が反転した。足元を払われたのだと気付くのには数瞬の時間が必要だった。
そして、その隙にノノは私の首元を掴み……
──ドゴォォォッッ!!
「がっ……はっ……!」
力任せに地面へと叩きつけられる。
そのあまりにも素早い動きに私はついて行くどころか認識することすら出来なかった。
(嘘だろ……はや、すぎる……っ)
その出鱈目な身体能力はこれまで私が何度も振るってきた力。
まさしく暴虐というに相応しい、理不尽の権化のような力だ。
「ルナは連れて行く。逃がしたりはしないのです」
「ぐっ……ノノ……っ」
ぎりぎりと強まる力に意識が薄れて行く。
このまま酸欠になれば、ジ・エンドだ。
だが、それが分かっていながらどうしようもない。
圧倒的に膂力が違いすぎるのだ。私の細腕で何とか拘束を解こうにも、ノノの力は僅かたりとも弱りはしない。これが私の限界。ノーマルモードの限界なのだ。
「終わりよ、ルナ」
万事休す。
活路はなく、それを探す時間もない。
全てを諦めかけた私の前に……その漆黒の影は舞い降りた。
「え? ……きゃあっ!?」
その影は上空から降り立つと、瞬時に加速しネネを蹴り上げた。
奇襲によって吹き飛ばされたネネを放置し、その影はくるりと反転。
両手左右に懐から取りだしたナイフを持ち、今度はノノに向けて突貫した。
「…………っ!」
片手の塞がっているノノはその攻撃を満足に防ぐことができなかった。
加えて動きにも制限がかかっている。私を取り押さえながら防御は出来ないと悟ったのか、私から手を離すと高く跳躍して白銀の刃を回避するノノ。
「げほっ、ごほっ……」
痛む喉を押さえながら私が体を起こすと……ざっ、と私を守るかのように立ち塞がる漆黒の影。それは私にとって見慣れた後姿であり、私の最も信頼する相棒の姿だった。
「遅れてごめん。ルナ」
その申し訳なさそうな声に私は思わず笑みを浮かべていた。
本当にこの子は……最高に頼りになる。
「いや、最高のタイミングだったよ──リン」
痛む体を押し、立ち上がる。
そして私は最愛の友人……リン・リーの背に、私自身の背中を合わせた。
「さあ……反撃開始だ」




