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吸血少女は男に戻りたい!  作者: 秋野 錦
第5章 縁者血統篇

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第280話 立ち塞がる影

 私の魔術は基本的に『収束』に特化している。

 高い攻撃力を持つ反面、射程が短いのが弱点だ。

 特に今回のように超重量の瓦礫の山をどかすには、私の魔術起動はあまりにも局地的過ぎる。だから……


「影法師──」


 私は最初から全ての攻撃を捌くことを諦めた。


「──『黒櫓(くろやぐら)』」


 一転特化型の魔力性能らしく、私は私だけを守ることに特化した構成の魔法を編んだのだ。

 それがこの形。

 私を基点として円錐状に汲み上げた影槍。それが黒櫓だ。

 上方からの攻撃にのみ対処する形だが、今回のような場合には役に立つ。


(この程度の攻撃で私を殺せると思うなよ)


 ──ドゴオオォォォォッ!!!


 爆音を響かせつつ、周囲の瓦礫を吹き飛ばす。

 原理は『舞風』と同じだ。時間さえかければ一部の瓦礫を動かすことも難しくはない。

 周囲の瓦礫がなくなったことで、私はようやく『黒櫓』を解除しながら周囲の探索を始めることが出来た。


(あの規模の攻撃……間違いなく相当の手練(てだれ)だ)


 油断無く周囲を見渡しながら、敵の姿を探す。

 こうして瓦礫の山にしてくれたおかげで視界こそ開けているものの……


(流石に潜伏してる、か。まずは相手を見つけないと話にならないぞ)


 敵は瓦礫の影に上手く隠れているようだった。あまり時間をかけすぎると、ここに人が集まってくるだろう。そこまで計算しての奇襲なら見事なものだ。


「……ふう」


 窮地の時にこそ冷静であれ。

 師匠の言葉を思い出しながら私は瞳を閉じ、全神経を『魔力感知』のスキルへと注いだ。ぞれほど広範囲へと展開できるわけではないが、並の人間に比べれば私の魔力感知能力は高い。

 それに賭けた形になったわけだが……


(……ッ!? そこかっ!)


 高速で飛来する魔力の塊を私は見逃さなかった。

 瞳を開きながら影法師を展開。

 ツバキの形に生成した黒刀でその攻撃を弾く。


 ──ギィィィンッ!


 甲高い音と共に火花が空中に舞う。

 飛んできた魔力の塊を弾きながら私は走り出し、飛んできた方向へと視線を向ける。

 するとそこには……


「………………え?」


 私にとって予想外の人物が立っていた。

 そいつは私に向け、再び高速の刃を振るってくる。

 動揺しながらも何とかそれを弾き返しながら後退する私。


(なんでだっ!? なんで彼女がここにっ!?)


 その斬撃は速度に特化したものだった。

 一撃、二撃、三撃と刃を交わすたびに僅かにだが、私が少しずつ出遅れてしまう。三十も刃を交わす頃には私の体はボロボロになっていた。


「くっ……そおぉぉぉぉぉぉッ!」


 このままでは押し切られる。

 そう判断した私は開いた左手に魔力を固め、超密度の『影槍』を襲撃者へと向けて放つ。


「────ッ!」


 まさか複数の魔術を同時に使えるとは思わなかったのだろう。

 厳密には『影法師』という一つの魔術から派生した二つの型であるため、同一の魔術なのだが……少なくとも、その反撃は奇襲として機能しているように見えた。

 だが……


「……させないのです」


 その攻撃も、新たに現れた三人目の乱入者によってかき消される。

 曲剣に似た形の黒刀。私の影法師に良く似た魔術を持つ彼女は、私の放った『影槍』を正面から受け止め、弾き返す。


「……っ!?」


 難なく私の『影槍』を叩き潰した彼女に、私は密かに戦慄していた。


(私の『影槍』が……力負けした、だと……っ!?)


 『影槍』は私の持つ魔術の中でも特に攻撃力の高い技だ。

 それを防ぐのは容易ではないはず。それなのに……


(殺すつもりはなかったにせよ、手加減したつもりはないってのにっ!)


 あっさりと私の攻撃を防いで見せた彼女。

 そして、元々いた彼女。とても良く似た容姿を持つ二人に向け、私は叫ぶ。


「どうして邪魔をするんだ……()()()()っ!」


「「…………」」


 私の問いに二人の少女は答えなかった。

 ネネは長いポニーテールを揺らしながら、ノノは俯き、私から目を逸らすようにしながら。


「私は……二人のことを仲間だって、そう思ってたのに……っ!」


 太陽の園を叩きのめす。その目的の為に私達は協力できると持っていた。

 だからこそ、サドラーの元を訪れることを決めたってのに……


「……私達の使命は命令に従うこと」


 歯噛みする私に、ぽつりとネネが呟く。


「それ以上でもそれ以下でもない。私達は……生きることに精一杯なだけよ」


 決意にも似た表情を見せるネネ。

 そのポニーテールが揺れた瞬間。


「────ッ!?」


 周囲の光景が、横に割れた。

 より正確に言うなら、ネネの視界にあったであろう全ての景色が上と下に向けて分かたれたのだ。それはつまり……


(超広範囲の高火力斬撃っ!?)


 私の視力でようやく見えた景色。

 それはネネのポニーテールから放たれた漆黒の斬撃だった。


「自分の魔力と最も魔力親和性の高い物体が何か知ってる?」


 一閃。

 まさしく神速というに相応しい斬撃が空を切る。

 私はぎりぎりのところで、その斬撃を見切りながら転がるようにしてその場を離脱していた。


「それは自分自身の肉体よ。鋭く、細く、邪魔にならない長さの物体」


 ネネの言葉に私は理解した。

 彼女がどうやってこれだけの高火力の魔術を実現しているのかを。


「つまりは私の髪、それ自体を媒体とした魔術──」


 一言で言うなら彼女は自分自身の頭髪、その一本一本を天然の刀身として利用していたのだ。


「死を(かな)でなさい──奏剣(メッザ・ルーナ)


 魔術名を唱えた瞬間、彼女の長い頭髪は魔力の輝きを見せた。

 そして……


 ──ザザザザザザザザザンッッッ!


 周囲の景色そのものが無残にも切り刻まれていく。

 超高速で振るわれる斬撃の波。精度はともかく、その手数は圧倒的の一言だった。


(これは……まずいっ!)


 死の匂いを敏感に感じ取った私は全力で後退する。

 あれが私と同じ影魔術をベースとしたものなら、私と同じく『射程距離』に限度があるはずだからだ。しかし……


「ぐっ……ああああっ!?」


 目測で20メートルは離れたはずだった。

 それなのに、ネネの攻撃は私の肩口を切り裂き、血を噴出させる。


(く、そっ、私は馬鹿かっ! この惨状を作ったのがネネなら……あの子はすでに影魔術の弱点である射程距離の問題をクリアしているっ)


 何とか二人の死角に入ろうと走り回りながら、私はそう分析した。

 となるとこの距離まで離れたのは失敗だった。

 この距離はネネの専売特許。このままでは向こうから一方的に切り刻まれるだけだ。


「…………」


 逃げよう。

 私は一瞬でそう決断した。


 理由は幾つもあるが、一番の理由は私にとってここで彼女達と戦うメリットが皆無ということだ。勝っても負けても私にとってプラスになることはない。


 加えて私は瓦礫の下に傘を置き忘れてしまっている。

 幾らか太陽も傾き、日陰が増えたとは言え、こんな見晴らしの良いところに長時間いたら溶けてしまうだろう。


(それはネネとノノも同じはず)


 私達は吸血鬼。

 太陽に背を向ける闇の眷属だ。

 お互いの為に退却を決断した私の前に……彼は現れた。


「…………っ」


 彼はガチャガチャと幾つもの器具を腰の部分に取り付け、その上からマントのようなものを羽織っていた。

 いつか見たノアの戦闘服にも似たその姿。

 それが戦闘用のものだというのはすぐに分かった。


「……よお」


 そいつは眉を歪めながら小さくそう呟いた。


「お前もか……お前もなのかよ……っ」


 ネネとノノが襲ってきた以上、その可能性はかなり高く見ていた。

 だが……私にとってほとんど唯一の情報源だった彼との対立は予想以上の動揺を私に与えていた。


「お前も邪魔をするっていうのかっ……サドラーッ!」


 かつて私を奴隷にした男。

 シュルツ・サドラー。

 父親へと繋がる手がかりは、ネネとノノという二振りの剣を持って私の前に立ち塞がるのだった。

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