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吸血少女は男に戻りたい!  作者: 秋野 錦
第5章 縁者血統篇

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第279話 クアトル攻防戦

「いたぞ! 向こうだ!」


 男の怒号が街中に響き渡る。

 本当にしつこい連中だ。私も全力で逃げ回っているのだが、さっきから撒ける様子が全然ない。と言うよりは、逃げた先にも誰かしらの追手がすでにいるという感じだろうか?


「こんな格好だし、目立ちすぎだな」


 私の容姿がすでに触れ回られているのか、逃走を始めて二時間程度が経過した今でも追手の数は減るどころか増える一方だ。

 早く日が沈んで欲しいものだね。このままだと干からびちゃいそうだよ。


「ふう……」


 体力的にはまだまだ余裕があるが、太陽光がキツイ。

 路地裏で一呼吸置いた私に……


「…………ッ!」


 バシュッ、と風を切る音が届く。

 咄嗟に身を掲げると、背後の壁に矢が突き刺さるのが見えた。

 狭い路地の向こう側には弓矢を掲げる女の姿。二本目の矢が発射されたが、その程度の速度、吸血鬼の動体視力を持ってすれば捉えきれないものではない。


(ツバキで弾くまでもないね)


 スローモーションのように写る視界の中、人差し指と中指で挟むように矢の胴体に触れる。そのまま軽く身を引きながら、矢の勢いを優しく殺してやる。

 僅かに擦過傷が指先に残るが、この程度の傷ならノーマルモードの私でも一瞬で治すことが出来る。


 向こうから見れば飛んできた矢を私が掴んで止めたように見えたのだろう。

 女は目を見開いて仰天していた。


「お返しだよ」


 女性へのお返しを忘れない紳士な私は、更に腰を捻って野球の投球フォームにも似た挙動で、直接女に向けて矢をぶん投げる。『舞風』の応用で十分に速度をつけながら。

 すると……


 ──バヒュンッッッ!!


 と、奇妙な音を上げながら矢は高速で路地裏を駆け抜けた。

 コントロール重視でもなかったため、矢は女に当たることもなく側面の壁に抉るように突き刺さってしまう。だが威嚇にはなったようだ。驚きの表情から一転、女は顔を真っ青にしてどこかへすっ飛んでいってしまった。


「ったく、それなら最初から突っかかってくるなっての」


 あっさりと逃げ出した女への落胆やら、女性と戦わなくてよくなったことに対する安堵に思わず愚痴が漏れてしまう。


「けど、ずっとここに隠れてるわけにもいかない、か。お父様がどこにいるのかを把握しないといけないし……」


 アステロを殴ったことを後悔してはいないが、先に情報を引き出すべきだったとは思う。

 後先考えずに行動するのはやっぱり良くないね!


「ま、後悔先に立たず。何とかするしかないね」


 お父様が今、どこにいるのか。その情報を集める手段にも、全く心当たりがないわけでもない。

 今の時間は果たしていてくれているだろうか……


「……ちっ、考える時間もくれないか」


 私が思案に暮れていると、新たな刺客が路地裏に駆け込んでくる。

 次から次へとまるでゴキブリのようだ。ナイフを手に、静かに駆け寄ってきた男の手を強く叩きナイフを取りこぼさせる。そのまま格闘に持ち込もうと踏み込んだ瞬間、後ろに回していた男の左手から二本目のナイフが飛び出してきた。


(くそっ、右手のナイフは囮かっ!)


 無言のまま空を切るナイフ。

 はらはらと散る前髪。まさしく間一髪のところでかわせたようだ。


「このっ……!」


 冷や汗を感じながら、再びナイフを叩き落してやろうと手刀を振るう。

 だが男は戦い慣れているのか、私の手を速度が乗る前にガードし再びナイフを振るってくる。


 近接戦において素手とナイフの違いは大きい。

 単純に射程が延びることに加えて、威力が段違いだからだ。

 つまり……


「影法師──ツバキッ!」


 この勝負は私の勝ちってこと。

 私が即座に生成した短めの黒刀は男のナイフをキンッ、という小気味良い音と共に切り飛ばし、あっさりと無力化する。そして……ドゴォッ! と私の飛び膝蹴りが顔面に綺麗に決まり、男は鼻血を吹きながらぶっ倒れていった。


「はあ……こういうのは()()()の私担当だってのに」


 なんだかんだで場慣れしてしまっている自分に嫌気を感じながら、念のため男の武装を解除しておく。気絶しているようだけど、また動き出されたら嫌だからね。


「……ん?」


 男の肩口にあったナイフ用のポケットを外す際に、私は男の首元に奇妙な紋章があることに気がついた。


「これは……奴隷紋か?」


 忘れるはずもない。かつて私を縛っていた呪いの紋章。

 それに非常に良く似た式を持つ魔法陣を私は男の肌に見つけていた。


「ってことはこいつ、奴隷なのか。そういえばこの街には奴隷が多いと聞いていたけど……」


 そこまで考え、嫌な予感が駆け抜ける。


(これだけの数、どうにも変だと思ってたら……そういうことか)


「あまり悠長にしてる時間はなさそうだね、これは」


 私は急ぎ足で目的地に向かうことにした。

 私が向かっている場所、それはサドラー達が寝床としているアパートだ。

 理由は二つある。一つは父親の場所を知っていそうなサドラーとの接触。そしてもう一つは戦力の増加だ。


(父親の件、太陽の園の件。二つの問題の解決は同じ手段で片がつく)


 つまりは単純な利害の一致。

 太陽の園を潰すために、私はネネとノノの力を借りようと思ったのだ。


「こっちにもいる、か……仕方ない。遠回りしよう」


 追いかけられている私がサドラー達に接触するには慎重に慎重を重ねる必要がある。最短ルートを諦めた私は、以前にも見た道を走り抜ける。


(ここは……確かネネとノノに初めて会った場所か)


 思えば二人は最初から私に友好的に接してくれていた。

 あの恩もまだ返していない。何とか二人に合流しないと……


「────ッ!」


 私が二人の友人を思い出している時のことだった。

 突然、頭上に異音が響いたのだ。何か固いものを強引に切ったような音、耳障りな音だった。そして……ゴゴゴゴッッ! と、まるで土砂崩れのように左右の建物が私めがけて崩れ落ちてくる。


「なんだ、これっ!」


 あまりにも大規模な破壊に、私は咄嗟に影法師を展開した。


(『影糸』で切り刻む!? 駄目だ、全てはどかせない! 『月影』……無理だ! この重量を支えきれるわけがないっ!)


 しかし、この窮地を脱する適切な型が思い浮かばなかった。

 逡巡している間にも瓦礫の山は私に迫って……


 ──ドドドドドドドドドドッッッ!!!


 私の体ごと、周囲の全てを押しつぶして行くのだった。

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