第276話 話の通じない相手はどこにでもいる
太陽の園のギルドはいつ来ても変わらず、大勢の人達が忙しなく動き回っていた。以前にも見かけた受付のお姉さんに話しかけると、彼女は前回以上ににこやかに応対してくれた。というのも……
「やあやあ、ご健勝のほどは如何かな? 白銀の姫よ」
全身を黒スーツに染めた奇妙な男、テゾーロが私が訪れた場合に必ず自分の下へ通すようにと指示を出していたみたいなのだ。
「お姉様! このソファ、もっふもふですよ! もっふもふ!」
お得意様と思われるのは嫌だけど……アンナが嬉しそうにしてるし、まあいいか。
「というかテゾーロさん。何ですかその白銀の姫って」
無駄に豪奢な部屋に通された私はまず、気になったことを聞いてみる事にした。
「おや、ルナさんはご存知なかったのですか。最近噂になっているとある冒険者の話ですよ。まだ年端も行かぬ年齢だというのに、多くの冒険者を束ねる姫。しかしもジエール迷宮を攻略してきたという話。興味を引かないわけにはいきませんでしたよ」
ジエール迷宮を攻略?
って、それまさか……
「ふふ、その歳でこれだけの素質はなかなか見られるものではありません。純粋に尊敬致しますよ。白銀の姫」
やっぱり私のことかよ!
というか情報が回るのが早すぎる。私達が迷宮から帰ってきたのは三日前の話だぞ。それがもうテゾーロの耳に入っているなんて、どんな情報収集能力だ。
「人違いです」
「白銀の由来はその美しい髪によるものだそうです。チェックメイトですな」
こ、この男、確信してやがるな。その噂の相手が私だと。
「……前から思ってたんですけど、どうしてそこまで私を評価するのです? 私なんてどこにでもいる普通のおと……女の子ですよ?」
「ははは、普通なんてまたまたご冗談を」
私の言葉に腹を抱えて笑うテゾーロ。
なにわろてんねん。
「貴方が普通であれば、この世界はもっとずっと面白いものになっていたことでしょうね。それはそれで逆につまらない世界かもしれませんが」
足を組み替え、自然に口元に指先を運ぶテゾーロ。
「私は貴方に期待しているのです。他の誰にも出来ないことが出来るもの。それ即ち『覇者』です。貴方にはその素質がある」
「私が我侭だって言いたいんですか?」
「まさか!」
心底心外だといった様子で声を上げるテゾーロ。
「私が言いたいのはそれが貴重だということです。蓄えられた経験、考え方に志向、そして天性の素質。チープな言葉で表すなら超人です。私がそんな人達が好きなだけ。それ以上のそれ以下でもありません」
「……良く分かりません」
「理解は私の求めるところではありません。理解とは探求の対義語です。覇者はただ求めるだけで良いのです。私はそんな貴方を理解したい。あくまで主が貴方で、従が私なのです。ですので、私に対して敬語なども必要ありません。あるがままの貴方の言葉でお話ください」
「…………」
や、やりにくい……なんだこの男は。話せば話すほどに理解できない。
狂人か? いや、狂ってるにしては話の筋が通り過ぎている。なんというかこう、一貫性のようなものをこの男からは感じる。
「おっと。話に夢中で気付きませんでした。今日は用事があっていらっしゃったのでしたね。前置きが長くなりましたが、承りましょう」
私がやりにくそうにしたのを感じ取ったのか、テゾーロは水を向けてきた。
正直、あまり語り合いたいタイプの相手でもないから助かる。
私は父親に合いに来たことを告げ、そして……
「これでお父様の借金を返済として頂きたい」
ガチャン、とテーブルに金貨の入った袋を置く。
丁寧にしたつもりなのだが、やはりそれだけの重量。かなり重厚な音が部屋に響いた。
「ほう……なるほど。それで迷宮に挑まれたのですか」
「まあ、そうですね。それで? これでお父様を返してもらえるのですか?」
「返す、というのもまた違いますね。私共は貴方の父親を閉じ込めているわけではないのですから。あくまで彼は自分の意思でここにいるのですよ」
「その必要もこれでなくなるはずです。まずは父親に合わせてください」
「……ふむ」
絶対に折れないという姿勢を見せる私に、テゾーロは深く考え込む。
「貴方は父上を救いたいのですか?」
「当然です」
「なるほどなるほど。では……方法は一つしかないでしょう」
テゾーロはテーブルに置かれた一枚の紙にペンを走らせ、数字と『鴉の濡場』と書かれたその紙をこち
らに渡してきた。
「まずはそこに行くと良いでしょう」
「酒場、ですか? ここには一体何が?」
テゾーロが示す場所の意味が分からず聞き返す私に、テゾーロはにこりと笑みを浮かべる。
「行けば分かります」
善意も悪意も感じられない、ただ純粋なその笑みを。




