第273話 頼れる男達
弾き出されるように空中にその姿を見せるベラ。ちりちりと燃える炎は彼女の髪や服を焦がし始めていた。背中部分に当てた大剣を見るに、それを盾のように使ってダメージを防いでいたらしい。
だが……
「くそっ!」
あれだけの魔法の直撃を受けたのだ。無事であるはずがない。
フォローも含めてベラが倒れる場所に向かうと、先に到着していたアポロが容態を確認しているようだった。
「……すまん、大将。ミスっちまった」
「大丈夫。死ぬような傷じゃない。後はゆっくり休め」
毅然とした態度のままそう言ったアポロは次に私に視線を向け、
「ルナ。ベラを安全な場所まで避難させてやってくれ」
「私が? アポロはどうするの?」
「僕にはまだやるべきことがある」
そう言ってジュエルトータスへと鋭い視線を向けるアポロ。
「メイ! お前も下がれ! ルナの護衛につくんだ!」
ベラの離脱に加えて私、メイとこの場を離れればそれこそ奴を攻略する目処なんてなくなると思うのだが……
「アポロ、一体なにをするつもり?」
「言ったよね。いざとなったら僕が何とかするって」
後は信じてと言わんばかりに笑みを浮かべるアポロ。
彼が口だけの男だとは思わない。メイとベラがあれほど慕っているのだ。彼には何かがある。それは分かっている。だが、その肝心の『何か』が分からない。
(アポロを信じてリスクを負うのは私じゃない……戦場に残るリン達だ)
きっとこれが私だけの命なら預けることも出来ただろう。だが、彼が預かるのは私の仲間達の命なのだ。そうそう簡単には渡せない。
どうしたのものかと口を開きかけた私に……
「……大丈夫だぜ。大将はやる時はやる男だ」
ぎゅっ、と私の服を掴みながらそう言ったベラ。
彼女の瞳が語っていた。「信じてくれ」と。
「…………分かった」
どの道ここでうだうだと悩んでいる時間はない。
私は最終的にアポロの持つ『何か』に賭けることにした。
「だけどリン達に何かあったら許さないからね」
「分かってるよ。時間はかけない」
方針が固まると同時に、メイが私達の前にやってきた。
私がベラを運ぶ間のサポートをしてくれるらしい。
「怪我には気をつけてねっ、主様っ!」
ベラに引き続きメイまで戦線から下げるアポロの策に、彼女もまた従順に従っていた。メイの性格的に何がなんでもアポロの傍を離れないと思ったのに。
「アポロに任せて大丈夫なのよね?」
「もっちろん!」
私が問うと、メイは笑みを浮かべてそう言った。
アポロの勝利を100%疑っていない表情だった。
「メイ達がいると邪魔になるからね。なるべく早く避難しよ」
「?」
負傷したベラを庇いながら戦うのは難しいってことか?
疑問符が顔に浮かんでいたのだろう、メイはにゃははっ、と軽快な笑い声をあげると、
「すぐに分かるよっ」
と、何か含みのある笑みを浮かべながらそう言うのだった。
「……二人はアポロのことを信じているんだね」
そのあまりにも純粋な二人の信頼に、思わず嫉妬さえしてしまいそうになる。
ここまで誰かに慕われるというのはある種の才能だ。カリスマと言っても良い。
体格の違いから、肩に寄りかけるようにしてベラを運びながら二人が言う。
「大将はアタシ達の大将だ。何があってもそれだけは信じられる。あの人は何があっても裏切ったりしない。それが分かってるからアタシ達は大将の為に命を賭けられる」
「メイはもっと単純だよ。メイは主様のことが大好きだからねっ! それだけっ!」
「……そっか」
誰かを信じるというのは口で言うほど簡単ではない。
この世界ではあまりにも醜いものが多すぎるからだ。
二人のあまりにも純粋な在り方に、私の背中に刻まれた奴隷紋が疼くようだった。
(これは裏切りの証だ。お父様が私を売ったその証拠。それなのに私はこうして今もお父様を助けるために、色んな人達を危険に晒している)
私にとってそれは当然の選択だった。
父親を連れて王都に戻る。それはルナ・レストンにとっての至上命題だった。
だが……
(彼女達がアポロに向ける信頼のように、私もお父様のことを心から信じているか?)
自らに問いかける。
お前の道はそれで正しいのかと。
そして、その答えはすぐに出た。
「……迷うなんて私らしくない、か」
「え? 何か言った?」
「ああ、なんでもないよ。ごめんね。早く安全な場所に行こう」
何か深みに落ちてしまいそうだった思考を正し、改めて今、私のするべきことに従事する。
それが今の私に出来る最善のことだと信じて。
そして……私達の避難が完了して、十数分が経った頃だった。
こちらに駆け寄ってくる足音に振り向けば、そこにはアポロ達残りのパーティメンバーの姿があった。
「退却するよっ!」
しかも、その先頭を走るアポロの手には大型の魔鉱石の結晶が。
「さっすが主様ぁっ!」
駆け寄ってきたアポロの背中にぴょんと飛び乗るメイ。
「ほらほら、ルナも急いで! 最後の攻撃が来るよ! ベラのことも頼んだからね!」
「えっ、ええっ!?」
あまりの急展開についていけない私。だが、彼らが来たほうから迫りくる火炎の弾幕を見ればそうも言っていられなかった。
「背中の結晶を叩き折られてキレたんだ! ヤベェのが来るぞ!」
洞窟にも似た迷宮内を駆け出す私達に、イーサンが叫ぶ。そしてその背後から迫る火の津波。これは……逃げ切れるのか?
「……ここが使いどころだな」
私の額に嫌な汗が滲んだ頃、くるりと反転したウィスパーはローブの隙間から右手を前に掲げ、詠唱を開始する。
「《創造せよ・形ある物・その身を以って・我らを守り給わん──【アルケミー】》!」
パキンッ、と彼の右手に嵌められた指輪の先、黄土色の光を放つ魔鉱石が割れると同時にその魔術は完成した。
先ほどジュエルトータスの放った地震にも似た攻撃とは比べ物にもならないが、それに良く似た足元が蠢く感触に視線を向けると、ウィスパーの眼前には土で出来た巨大な壁が現れていた。
「伏せろっ!」
そして……ゴウッ! と炎の塊が私達の周囲に広がった。
丁度ウィスパーの作った盾を迂回するように。
その中心部にいた私達は炎の直撃を免れたのだ。
「……終わった、か?」
心配げなイーサンの声に視線を上げる。
熱量だけでも分かるとてつもない攻撃だった。その直撃を受けた土の壁なんて原型すら残ってないと思ったのだが……
「なんとか耐えたな」
そこには形一つ崩れていない土の壁がそのままの姿で私達の前に聳え立っていた。左手をその壁に触れさせるように伸ばすウィスパーと共に。




