第272話 二人の将
「メイ! 先行し過ぎるな! 視野を広く持て!」
「リン! こっちに意識を集中させる! 回避の準備を!」
私とアポロの声が洞窟に響き渡る。視界さえも満足に働かないここでは口頭での的確な指示が何より重要な意味を持つ。将としての役目を預かったのは私とアポロの二人。
元々一週間程度の連携しか経験のない急増チームだ。役割を分担してそれぞれに仕事をこなすのは合理的と言えた。
だが……
「ちっ、何だってんだ! こいつの硬さはよぉっ!」
ほとんどが刃物の類を武器とする私達のメンバーでは有効な攻撃を与えることは出来ていなかった。特に高い攻撃力を持っていたイーサンとベラの二人ですら攻めあぐねている様子。
この怪物を倒すことは恐らく不可能だ。
だが……
「倒す必要はないんだ! 深追いは必要ない! 攻撃も最小限で良い!」
私達の目的はこいつを倒すことではない。
象に群がる蟻の如く周囲に散開した私達にジュエルトータスはどう反撃したものかと困惑している様子だった。
「それで良い! メイ! ベラ! タイミングを見て上ってくれ!」
指示を飛ばすアポロに合わせ、メイとベラのコンビが動き始める。
となると私達の仕事も変わってくる。
「リン! 前に出るよ!」
「うんっ」
二人で共に最も危険な最前線へ。
敵の眼前に飛び出した私達に当然のように敵の視線が集まる。
これで良い。だが……
(っ! 魔力の流れがっ……!?)
私の持つ『魔力感知』のスキルが異常を告げる。これは体内の魔力を扱いこなすのに必要なスキルなのだが、熟練度が上がるにつれ周囲の魔力にも反応することが出来るようになってきた。つまり……
「魔法が来る! リンっ! 回避をっ!」
言うが早いか、ジュエルトータスの口から暴風にも似た火炎が吹き出される。
火を噴く亀なんて聞いたことがないが、実際に目の辺りにして信じないわけにもいかない。この亀……真性の『魔獣』だ。
(ちっ! 『火適性』のスキルがあったから嫌な予感はしてたんだ!)
私より更に前に出ていたリンの姿を探す。
どうやら亀のメインの標的はリンだったようで、私はぎりぎりながらその攻撃圏内から脱することが出来たのだが……
「リンっ! どこだっ! リンっ!?」
リンの姿が見えない。焦る私の前に……
「……危なかった」
すとんっ、と軽やかに着地するリンの姿が。
見ればその服の裾が焼け焦げていた。どうやら本当に間一髪のところだったらしい。瞬間的に逃げ場がないと悟ったのだろう。上空へ退路を求めたリンの判断は流石の一言だ。
「怪我はない?」
「大丈夫。まだいける」
今まさに死に掛けたというのにリンの瞳には衰えぬ闘志が見えた。
だがこれだけ危険ならやはり私も……
「リン、血を……」
「……待って。私はまだやれる」
催促する私にリンが首を横に振る。
「私が何とかするから。ルナはもう少し待ってて」
陽動を担当することになってもリンは私に血を吸わせようとはしなかった。ぎりぎりのラインまでは自分が踏ん張る腹積もりらしい。私の体質を気にしてくれるリンの心遣いは嬉しい。だけど……
「だけど、このままだとリンが……」
「…………」
手遅れになってからでは遅い。
そう告げるのだが……
「……止まってる暇はない」
相談する時間を敵が与えてくれるはずもなかった。
「ルナ、下がって!」
吹き荒れる火炎を掻い潜りながらリンが陽動の任務を続行する。
私はそれを見ているしかなかった。今の私の身体能力ではリンと同等の働きが出来るかどうかは正直怪しいところだ。下手に怪我をして味方の負担を増やしたくはない。
どうするか私が逡巡していると……
「……っ、また魔法が来るよ!」
ジュエルトータスの背中に宿る魔鉱石が鈍い光を放ち始め、周囲の地面が脈動し始めるのだった。地震にも似た振動の中、ゆっくりとジュエルトータスの口元が狙いを定める。
今まさに敵に迫りかけていたメイとベラ、二人の方向へ。
「ッ、下がれっ!」
アポロの声が響く。
だが、その指示に二人が従う前に……
──ゴォォォォォウウッ!
離れたこちらまではっきりと感じられる熱量の熱風が吐き出される。
「メイっ!」
それに飲み込まれる寸前、ベラは持っていた大剣をくるりと横に向け、メイの足元に皿のように差し出した。その意図を瞬時に読み取ったらしいメイは足裏を大剣の腹の部分に合わせ……ブンッ! と二人分の力でその窮地を脱するのだった。
だがその場に取り残されたベラに回避する方法などあるはずもなく……
「逃げろぉぉぉっ、ベラぁぁッ!」
アポロの声と共に、真紅に燃える紅蓮の中へと包み込まれていくのだった。




