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吸血少女は男に戻りたい!  作者: 秋野 錦
第5章 縁者血統篇

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第270話 何事も期待通りには進まない

 正直ここまでとは思っていなかった。

 私自身が吸血鬼という特殊な種族をしているというのに、その事実が頭からすっかり抜け落ちていたのだ。人族とそれ以外には決定的な差があるという事実。その事実を今、私は目の当たりにしていた。


「おらおらおらぁッ! しゃらくせぇぜっ!」


 背中に吊るすように刺した大剣を抜き、力任せに振るうベラ。

 その先ではまさしく暴虐というに相応しい虐殺が行われていた。

 彼女が振るう一撃で周囲の魔獣がまとめてなぎ払われる。その威力は数メートル後方で待機しているこちらにまで届く勢いだった。


「もう撃ち漏らし多すぎぃ! もっと気をつけてよぉっ!」


 更にその傍らで暴風にも似た戦場を器用に走り回る影が一つ。

 ベラとは対照的に細く鋭いレイピアにも似た武器を振るうメイだった。


「はっはっはぁッ! そっちは任せたぜ!」


「もー!」


 言い合いながらも完璧な連携で全ての敵を屠る二人。

 数を武器に攻めてくる猿に良く似た魔物を次から次へと屠り続ける姿はまさしく歴戦の勇者と言うに相応しい。

 正直ここまでとは思っていなかった。

 頼りにしていたのは事実だが、まさか二人がここまで強かったとは……


「これは二人で十分そうだね」


 私の隣に立つアポロがその様子を見て呟く。

 私もそれに対し頷くしかなかった。

 いざとなれば吸血モードに入って何とかするつもりだったが、その必要性が全く感じられない。それほどに安定した迷宮攻略だった。


「ふー……こんなものかねえ」


「主様っ! みてみて! メイがんばったよぉ!」


 気付けば敵の姿も完全になくなっていた。

 仕事が早い。本当に優秀な冒険者達だ。


「良し、それなら安全地帯を見つけて休憩するとしよう。ルナもそれで良いかな?」


「うん。問題ないよ」


 いつしか場の進行もアポロに奪われつつあるし。

 まあ、リーダーなんて柄じゃないから別に良いけどね。


「さて……結構奥まで来たと思うけど」


 周囲に魔物の類がないことを確認し地図を広げるアポロ。


「今のところ目立った収穫がないね。このレベルの魔鉱石なら他でも採れるだろうし」


 そう言って今までの道中で入手した魔鉱石を手に取るアポロ。

 私達が迷宮に挑んでからすでに一週間。だというのに私達は未だ明確な成果をあげられていなかった。


「そうだな。これなら他の鉱山でも手に入るだろう」


 この中で一番魔鉱石に関する知識のあるウィスパーが頷く。


「ここの魔物もそれほど強力ではないようだし、魔力の純度が低いのかもしれん。だとしたらあまりここに期待は出来ないが……」


 ちらり、とウィスパーの視線がこちらに向けられる。

 彼は問うているのだ。このまま攻略を続けるか否かを。

 それに対する私の答えは決まっていた。


「もう少しだけ続けよう。まだ何かあるかもしれない」


「……分かった」


 疲労もあるのだと思う。最近は目に見えて士気が下がってきている。

 ここは提案者である私が何とかしなければならないと思うのだが、その方法が分からない。つくづく私は統率者向きではないらしい。


「それにしてもここは妙な場所だね。迷宮に入るのは初めてだけど、色々と勉強になるよ」


 その微妙な空気を察してか、アポロが口を開く。

 彼の言わんとしていることは分かる。確かにここは妙な場所だ。


「洞窟にも似てるけどこれだけ綺麗な道が自然に出来てるってのはちょっと不自然だよね」


「そう、そこなんだよ。僕もそれが妙だと思ってね。自然物でしかありえない規模のはずなのにどこか人工物の匂いがする」


「そうか? 迷宮ってのはそういうものだろ?」


 私達の疑問にウィスパーが首を捻る。

 確かにそういうものと言われてしまえばそれでおしまいだけどさ。


「……どちらにしても今議論することじゃなかったね。今後の方針をまとめなおそう」


「だね」


「ああ」


 私、アポロ、ウィスパーの三人でチームの方針をまとめる。

 具体的にはどの方向へ向けて動くかということを話していた。

 そんな時だった。


「……ルナ」


 ぐいっ、と袖が引っ張られる感覚。

 見れば真剣な表情をしたリンがそこにいた。


「リン? どうかした?」


「……匂いがする」


「え?」


「……強い魔獣。前にも似たような匂いがした。そう、これは……」


 その視線は真っ直ぐに一本の道に注がれていた。


「──土蜘蛛に似た匂い」


「…………ッ」


 リンの口から漏れた魔物の名前に背筋が一瞬にして凍りつく。


「アポロ、すぐにここを離れよう」


 前もそうだった。土蜘蛛の接近に一番に気付いたのはリンだった。

 リンからその情報を受け取った私はすぐにアポロへ避難するよう告げた。

 すると、彼は……


「なるほど。それは丁度良いね」


「え?」


「魔物から採れる素材が高く売れることもある。その魔物を倒しに行こう」


 あっけらかんとした表情でなんとも暢気なことを言い出したのだった。


「待って待って。それはダメだ。アポロは知らないから言えるんだよ。迷宮にいる魔物は本当に危険なんだ。もしかしたら誰かが死ぬかもしれない。そんな危険は……」


「死ぬことを恐れてたら冒険者家業なんて出来ないよ。僕も、そしてベラもメイもとっくの昔に覚悟してる。どちらにしろこのままだと大した稼ぎにはなりそうもないんだ。だったらここらで一つ博打を打とうじゃないか」


 私が警告を飛ばしても何のその。

 アポロは全く引く様子がなかった。


「でも……」


「大丈夫だよ。僕らが一番前で戦うから。何なら見殺しにして逃げてくれてもいい。提案したのは僕だからね。文句は言わないよ」


 そういうことではない。そういうことを言っているのではない。

 ここまで手伝ってくれたのだ。アポロ達はすでに私にとって仲間も同然。

 見捨てて逃げるなんて出来るわけもない。だからやるとすれば総力戦だ。


(リンには土蜘蛛と戦った経験がある。だけどウィスパーとイーサンは……)


 仲間を危険に晒すこと。

 それがどうしても出来ない私に、アポロが告げる。


「大丈夫だよ」


 何の確証もないその言葉を。


「いざとなったら、僕が何とかするから」


 生きるか死ぬかの博打の前に、微笑を浮かべながら。

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