第267話 集う仲間達
人が今の世の中で生きていくにはどうしたってお金が必要になる。それは元の世界も今の世界も変わらない。私みたいな世間知らずがまとまったお金を稼ぐにはどうしたって無理をする必要が出てくる。
そんな私に選択肢なんて存在しなかった。
「勿論これは私個人の問題で本来なら私が一人で解決するべきなんだと思う」
そして私は私自身の弱さを良く分かっている。
吸血鬼という種族は確かに優秀なスキルを持ち、高い身体能力を誇る。しかしそれはあくまで『吸血』という根幹にあるスキルを発動させることが出来ればの話だ。
「だから……お願いします」
つまり私は、私達吸血鬼という種族は力を貸してくれる誰かがいなければその真価が発揮できない不完全な種族なのだ。
「私に力を貸してください」
部屋に集まった皆を前に私は深く頭を下げる。私の問題に皆の力を貸せというのだから当然だ。
イーサン、アンナ、リン、ウィスパー、オリヴィアさん。
私の頼みに対する皆の反応は様々だった。
「……私はルナの剣になると誓った」
まず初めに私に歩み寄ってくれたのは共にあの地獄を生き抜いたリンだった。
「私の力を必要としてくれるなら、私は嬉しい」
あの場所を誰よりも深く理解しているリンだ。私の頼みがどういう意味を持ち、どれほどの危険を孕んでいるのか分からないはずがない。それでも真っ先に私に力を貸してくれると言う。
「ありがとう……リン」
溢れそうになる想いを感じながら私はリンの手を取った。
最も信用出来る相棒の手を。
「あ、アンナもお姉様の味方ですっ!」
そしてなぜか慌てた様子の声でアンナが私の腕に飛びつくようにやってくる。
「お姉様の力になるためにここまで来たのです! アンナは何でもしますよ!」
「あ、ありがとう。アンナ」
あまりの勢いに私のほうが仰け反ってしまいそうだった。元々情熱派のアンナだけど今回は特にやる気に満ちている。それだけ私のことを思ってくれているのだとしたら素直に嬉しい。
「ま、そうだよな。ここで無理ですなんて言ってたら俺達は何しにここまで来たんだよって話だ」
そして軽い足取りでそれに続く男が一人。
「俺には難しいことは良く分からん。だから俺のことは一本の剣だと思って白い子が使ってくれ」
「イーサン……助かるよ」
「ま、何とかなるだろ」
いまいち緊張感が足りないがイーサンの実力は折り紙つきだ。
これほど頼りになる仲間もいない。
「……ルナの剣は私」
「お? 何だ俺と張り合うのか? ちびっ子」
「……私が先に言った。取らないで欲しい」
「別にお前の役割を奪いたいわけじゃねえよ。それに手は二本あるんだぜ? 剣も二本あって良いだろ」
「……確かに」
「だろ?」
「……でも右手は私」
「分かった分かった。お前が一番剣な」
知らぬ前に私は双剣使いになっていた。
というか一番剣ってなんだよ。二人は納得してるみたいだけど……まあいいか。
「悪いな、ルナ」
「……え?」
順調に仲間を集えたタイミングで急にウィスパーが謝り始めた。
もしかして、と脳裏に以前の記憶が蘇る。しかし……
「この街にはファウストの支店がなかった。俺の預金も引き落とせそうにない」
「ああ、悪いなってそっちか……」
「? どういう意味だと思ったんだ?」
「いや、あはは」
ウィスパーの追求に私は誤魔化すしかなかった。
また私達の前から去ってしまうのではないかと一瞬でも思ってしまったのだ。あれだけ信頼を寄せてくれているウィスパーに対してそれは失礼すぎる。現に今も力を貸すかどうかという大前提の問題すら頭にないようだし。
「でもどの道そのお金は受け取れないよ。それはウィスパー自身のものなんだから」
「別に俺は金なんか必要ない。それでルナが助かるなら幾らでも出そう」
「…………」
う、嬉しいような愛が重いような……ネトゲしてた頃なら幾らでも受け取ってたのにいざリアルとなると抵抗感が凄いね、これ。ウィスパーが将来悪い女に捕まらないか心配だよ。
「俺はルナの力になりたいんだ」
「あ、ありがとう」
というかこれ、まだ私のこと諦めてないみたいだ。距離を置けばその狂想もいずれは消えてなくなると思ってたのに……難しい。これは非常に難しい問題だぞ。まるでいつか爆発する爆弾を背負わされた気分だ。
(とは言えこれで四人。後はオリヴィアさんだけど……)
この中で恐らく一番の実力者であるオリヴィアさん。彼女の助力が得られれば私達の迷宮攻略は随分と楽になることだろう。しかし……
「悪いが私は降りさせてもらう」
オリヴィアさんはこれまでの流れが無かったかのようにばっさりと私の頼みを切り捨てた。
「おい師匠なんでだよ。別に良いじゃねえか。力を貸してやれよ」
「馬鹿弟子は後で折檻な」
「なんで!?」
相変わらず口調が友達相手のイーサンは置いておいて……
「あの……理由を聞かせてもらっても良いですか? 正直オリヴィアさんの力は頼りにしてたし、これまでずっと力を貸してくれていたと思うんですけど」
「理由は簡単だ。私が受けた依頼は旅の間ルナを守ること。危険な迷宮の中に入ってまでルナを守る理由が私にはない」
……そうか。そうだった。ついオリヴィアさんも仲間みたいに扱っていたけど彼女は他の人達とは立場が違うのだった。
「悪いとは思う。だが私は国に仕える騎士なのだ。誰か個人に肩入れすることは出来ない」
「いえ……オリヴィアさんの立場ならそれが当然だと思います」
オリヴィアさんは特に高い地位にいるようだし、何かあれば国の損失となる。それだけのリスクをオリヴィアさんは負うことが出来ないようだった。
「……すまないな。また王都へ戻ることが決まったら教えてくれ。その時は全力で君を守ると誓おう」
そう言って部屋を後にするオリヴィアさん。
真面目な人だ。きっと自分はここにいるべきではないと思ったのだろう。別に誰も責めたりしないのに。
「ったく、師匠は相変わらずケチだぜ」
……と思ったらいたよ。責める人。
そんなんだから毎度毎度説教されるんだぞ? イーサン?
「となるとこのメンバーで迷宮を攻略することになるのか?」
「……五人は少ない」
「そうなのか?」
「そうだな。どれくらいの期間潜るかにもよるが後二人は欲しいところだ」
迷宮攻略経験のある二人がこれからのことを話し合う。私としてもそこに混ざりたいところなのだが、その前に一つだけ決定しておきたいことがあった。
「あのさ、アンナはこの街で待っていてくれないかな?」
「え?」
それはアンナの扱いに関することだった。
「ど、どうしてです? お姉様?」
「迷宮の中はとても危険だからだよ。リンやウィスパーは慣れてるし、イーサンも自分の身を守れる程度には強いことが分かってる。でもアンナはそうじゃない」
アンナは確かに便利な魔術を幾つも持っている。だがそれはウィスパーでも代用が出来るものがほとんどだ。
「迷宮の中では予想外のことが起こるものなんだ。その時にアンナを守りきれる絶対の自信が私にはない。だからアンナにはこの街で私達の帰りを待っていて欲しいんだ」
アンナのステータスはお世辞にも高いとは言えない。
珍しい治癒魔術を持っているわけでも、強い攻性魔術を持っているわけでもない。一言で言えばアンナは普通の女の子なのだ。そんな子を危険な迷宮の中に連れて行くわけにはいかない。
「で、でも……」
「アンナが待っていてくれるって思うだけで私は頑張れる。だから頼むよ、アンナ」
「うっ、うう……」
真剣な表情でアンナの瞳を見つめ、頼み込む。
私としてはなんとしてでもアンナをここに残したかった。
そんな私の想いが通じたのか、
「わ、分かりましたっ。でも絶対に帰ってきてくださいよ? 絶対ですからね!?」
「うん。約束ね」
最終的にアンナは折れてくれた。アンナには悪いと思ったけれどどうしたって連れて行くわけにはいかない。待っている人がいる、それだけで力が湧き出るのも確かだしね。
「だがそうするといよいよ人数が足りないな。どうする?」
「人数に関しては大丈夫。当てはあるから」
「あて?」
「うん」
私の言葉にぴんと来ない様子のウィスパー。
それを見て私は内心笑みを浮かべるのだった。




