第259話 それが運命と言うものなのだよ
彼女達が住んでいる部屋はボロボロのアパートの一角だった。
外から見たときはうわっ……と、思ったものだが中に入れば予想以上に綺麗で清潔感のある部屋だった。流石は女の子の部屋って感じの。
数少ない家具であるテーブルを囲むように三人で椅子に座り、しばらくはお互いのことを語り合った。
「へえ、ルナは王都から来たのね」
「……王都の話、聞きたいのです」
私が王都から来たことを告げるとネネは興味深そうに、そしてノノは上目遣いに両者それぞれの反応で食いついてくれた。
「と言ってもそれほど長くいた訳でもないんだけどね。あんまり風習とか歴史にも詳しくないし」
「……それでも構わないのです」
「私達はこの街から出たことがないのよ。だから外の世界の話はとても興味があるの」
言葉少ないノノの言葉をネネが補完する。
ネネは最初こそ敬語混じりだったが、私が普通に接していたこともありすぐに砕けた口調になった。
「分かった。それなら私の知ってる範囲で話すね」
そんな二人に釣られてか、私も自然と笑みを浮かべながら話していた。さっきまであんなに疲れていたのが嘘のように。
「だから王都には常に騎士団の人たちが歩き回ってるんだ。治安維持の為にね」
「それはとても安全そうね。こっちには自警団と言う名の酒盛りギルドがあるだけだから正直羨ましいわ」
「確かに犯罪は少ないかもね。だけど油断できないのはどちらも一緒だよ。私だって一度、誘拐されかけたことがあるし」
「……恐ろしい話なのです」
あの頃はまだこちらの世界の危険性が分かっていなかった。夜にコンビニに出かける感覚で出歩くと厄介なことになる可能性が高い。そのことを皆分かっているから他に誰も見なかったわけだし。
「王都だとどういう風に犯罪者を裁いているの?」
「基本的には司法局って言う王国直営のギルドが裁定を行うことになってる。そして、その罪に対する罰を与えるのが執行官って呼ばれる人達だね」
「……それは騎士とは違うのです?」
「違うよ。騎士は国を守る為に戦う人達のことだからね。罰を与えるって言ってもただ殴って懲らしめれば良い訳でもないから」
この当たりの制度に関しては一度調べたことがある。
もしかしたら厄介になるかもしれない相手だからね。
「ルナの話はとても面白いわね」
「……(こくこく)」
「あはは」
話で人を楽しませられるなんて私も随分と成長したものだ。なんだか照れるね、こういうの。
良し、それなら二人が満足するまで語るとしよう。
「でももうすぐ時間になるわ。話は一旦お預けね」
え、ええ……そんなぁ……。
「ごめんね。でも早くしないと水が止まっちゃうから」
「水?」
「うん。ルナも疲れているでしょう? 一緒にシャワーを浴びましょう」
「………………え?」
シャワー? 一緒に浴びる? え? マジで?
「……ルナ、こっちなのです」
「ちょ、ちょっと待って! 一緒にって、私も!?」
「そうね。ここのシャワーは1日10分までしか使えないから時間短縮する必要があるのよ」
な、なんだってぇぇぇっ!?
使える時間が短い=一緒に入る。こんな素敵な方程式がこの世に存在していたとはッ! つまり……わ、わわ、私は彼女達の裸を……
(いやっ! 待て! 待つんだルナ・レストン! それで良いのか!? 本当にそれで良いのかルナ・レストン! 彼女達は私を『女』だと思って安心しているんだ! それなのに私が『男』として接して良いのか!? それはルール違反ではないのかっ!?)
クレアの時にはなんだか下心が見え隠れしていたから断固として断った。だけどこの二人は純度100%の善意で私に提案してくれている。クレアの望みを裏切ることは出来ても、この二人の信頼を裏切ることは……出来ないッ!
「どうしたの? 別に女の子同士なんだから構わないでしょう?」
「私は……」
断ろうとしてネネの方へ視線を向ける。
すると、そこには肌色の世界が広がっていた。
「なっ……!?」
「ほら、早くルナも脱いで」
早いっ! 早すぎるっ! 君達はどんだけ羞恥心がないんだ! そりゃ女の子相手だから当然かっ!
「ほら、おいで」
私がどうして良いか分からずうろたえていると、ネネが私の手を取った。
今、私の目の前には少女の裸体がある。
さて、ここで一つ問題がある。私はそれを見ていいのか? 見ては駄目なのか? 分からない。まさかこんな難問がまだこの世に残されていたとは。
「ち、長考……入ります!」
「駄目よ。時間が過ぎると水の供給自体が止まっちゃうんだから」
なんてことだっ! もはや私に逃げ場はない!
断るにしてもどんな言い訳をすれば……
(……いや、待て。逆に考えるんだ。言い訳が出来ないのなら、私は一緒に入るしかないのではないか? ……そうだ! これは仕方のないことなんだ! それ以外に取れる選択肢がないのなら仕方ない!)
急展開の連続にもはや頭の中はショート寸前だった。全く理屈の通らない言い訳は言い訳出来ないことを言い訳にするという言い訳だった。ややこしいなおい。
(私は最善を尽くした(尽くしてない)。これが天の思惑ならば是非もない。それが『運命』と言うのなら、それに従うぜっ!)
私が決意し、服に手をかけたその瞬間、
「……ネネ、シャワー室には三人も入れそうにないのです」
「え? ……あ、確かにちょっと狭いわね。三人で入ったことなんてないからうっかりしてたわ。ごめんね、ルナ。私達が短く済ませるから後からゆっくり入って頂戴」
そう言って二人はさっさとシャワー室に入り、ばたんと扉を閉めてしまった。私を置き去りにして。
「…………」
こういう時、人は何を思えばいいのだろう。
落胆、安堵、後悔? いや、違うね。だって元々私には一緒に入ることなんて出来なかったのだから。私の背中には今も奴隷だった証、奴隷紋が刻まれている。土台、一緒に入ることなど出来はしなかったのだ。
だから……だからこれは当然のことなのだ。
これが……『運命』だったのだ。だから……悔しくなんて……悔しくなんて全くないッ!
「────ッ!」
声にならない声で叫ぶ。
「ヘレナさんの馬鹿野郎ぉぉぉぉぉぉっ!!」、と。
その日、私は神を恨んだ。
神を恨むのはそれで二度目だった。
一度目より……二度目の方が悔しかった。




