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吸血少女は男に戻りたい!  作者: 秋野 錦
第5章 縁者血統篇

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第258話 世界の半分は優しさで出来ている

 太陽が完全に沈没し、夜の帳が降りた街をとぼとぼ歩く少女が一人。

 まるで買ったばかりの自転車を田んぼに突っ込ませてしまった小学生のように絶望した表情。下ばかりを見つめる瞳には後悔の二文字が浮かんでいた。


 もしもあそこで選択を間違えなければ、今頃美味しい食事を前に旧友と昔話なんぞに花を咲かせていたことだろう。だがすでにその未来は失われてしまった。

 暖かいその未来予想図とは裏腹に冷たく静かな路地裏。

 そこにはいい歳(精神年齢)して絶賛迷子中の少女がいた。


 というか私だった。


 いやね? 言い訳ぐらいはさせてほしい。私だって好きで迷子になったわけではないのだから。スリを捕まえてやろうという正義の心がたまたま今回悪いほうに転がっただけで。

 もちろん、そこらへんの人に道を尋ねるという方法はあった。だが私は肝心の地名や宿の名前すら把握していなかったのだ。これでは案内する側も案内しようがない。


 確かに分かっているのは『太陽の園』の支部なのだが、これもこの街には複数あるためどれが私の訪れた支部なのかは分からなかった。

 つまり完全なる八方塞。この年齢になって迷子になるなんて赤っ恥もいいところだ。帰ったら絶対に笑われる。ああ、でも笑われてもいいから今は早く帰りたい。


「……また同じ道に来てる気がする」


 というかこの街はどこも似たような風景すぎる。そのくせ無駄に曲がり角が多いせいで同じ方向に歩けている自信がない。まあ、どっちに行けば正解なのかも分からないんだけどさ。


「こんなことになるならスリを逃がさなきゃ良かったよ……」


 どれだけ後悔したところですでにアフターフェスティバル。とりあえず今はどうやってこの夜を乗り切るかを考えるべきだろう。人並み以上に体力のある私でも長旅の疲れはある。今はすぐにでも横になりたい気分だった。


(眠気のせいで判断力も下がってる気がするし……仕方ない。20分ほど仮眠を取ろう。それだけでもかなり違うはずだ)


 すでに限界だった私は近くを見渡し、屋根の代わりになりそうな軒先を見つけるとその下ですぐに横になった。万が一寝過ごしたときに太陽の直射日光を受けないようにという配慮だ。

 毛布すらないけれどこればかりは仕方ない。瞳を閉じるとすぐに眠気がやってきた。そのままその誘惑に身を預けようとして……


 ──トン、トン。


 誰かに体を叩かれる感触に私は跳ね起きた。


「……こんなところで寝ていると危ないのです」


 見ると私より少し年上、ニコラくらいの年齢に見える少女がこちらを見つめていた。珍しい碧色の髪が特徴的な少女だった。どことなくリンにも似た雰囲気を感じる。


 そして一番驚いたのはその少女が二人いたことだった。

 全く同じ顔。全く同じ髪色。全く同じ瞳。体格もほとんど同じに見える。

 つまりこの二人は……


「……双子?」


「はい。私たちは双子ですね」


 私の呟きに今度は違う口調の少女が答える。

 こちらははきはきした印象でどこかアリスに似ている気がする。


「……ここで寝ていると危ないとネネが言っていたのです」


「そうね。でもノノも心配そうに見ていたじゃない」


 二人のやり取りを聞いていると、どうやらこの二人がネネとノノという名前らしいことが分かった。

 ネネとノノ。その二人は本当に良く似ていた。


 違うのは髪形くらいだろうか。ネネと呼ばれた少女は地面に届きそうなほどに伸ばした碧色の髪をポニーテールに纏め上げており、ノノと呼ばれたもう一人はショートカットなのだが後ろ髪が長いネネとは逆に前髪を目元が隠れるほどに伸ばしていた。


 二人ともなんともバランスの悪い髪形に見えるが、ファッションと言うのは基本的に自由だ。それほど奇抜と言うわけでもないし、地が良いのでとても可愛らしい個性で済ますことができる範囲。


 私を注意しに来たのがむさいおっさんだったら蹴りを入れて追い返していたところだが、こんな可愛らしい女の子(しかも二人)に言われれば無視するわけにもいかない。


「あの、ありがとう。でもここが危ないってどういう意味?」


「そのままの意味ですね。この辺りは治安が良くないので宿を取ることをおすすめします」


 私が訪ねると、人当たりの良いネネがそうアドバイスしてくる。


「ああ、でも私は今お金を持っていなくて……」


「……貴方は浮浪者なのです?」


「えと、今日この街に着いたばかりなんだけど仲間とはぐれちゃって。道も分からないからひとまず朝を待とうかなって」


 自分が迷子であることを話すのは若干の気恥ずかしさがあったが、ホームレスと思われるよりはマシだ。若干誤魔化しはしたけど。


「それは大変でしたね。でもここで寝るのだけはやめた方がいいです。特に女性の場合は」


「あー……それもそう、だね」


 あまり認めたくはないけれど今の私は確かに女だ。

 夜に独りでこんなところにいるのは非常によろしくないというのは分かる。だが他に手段もないのだ。腕力で解決できない問題に関してはどうしようもない。

 いや、なんかこの言い方だと私が暴力女みたいだけどさ。実際そうなのだから仕方がない。


「なら私達の家に来ますか? お客様一人くらいなら十分に寝れるスペースもありますし。ノノもそれで良いよね?」


「…………(こくり)」


 私のヤバめな状況を理解してくれたのか、二人はそう提案してくれた。

 私としては願ってもない提案なのだけど……


「えと……良いのかな?」


「こちらに問題はないですね。ただ一つ断っておきたいのが私達の家には男の人が一人住んでいます。それさえ了承してもらえれば」


「こっちはお邪魔する立場だし文句は言わないよ」


 きちんとした場所で寝れるならそれぐらいは安い代償だ。

 もしも何かあったとしても私なら腕力で解決できるだろうしね。


「決まりですね。では早速案内します」


 両手を合わせて嬉しそうに笑顔を浮かべるネネ。

 そして私に向けてぺこりと頭を下げるノノ。

 一時はどうなるかと思ったけれど、やっぱり人の優しさってのは捨てたものじゃない。


「二人ともありがとう。本当に助かるよ」


 私が精一杯の感謝を伝えると二人は、


「良いのよ」


「……良いのです」


 それぞれに優しい笑みを浮かべて答えてくれた。

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