第256話 性格は人それぞれ
建物の中は外観に劣らず豪華なものだった。
室内だと言うのにロビーの中央には噴水が設置されており、少なくない人数が忙しなく動き回っている。王都にいた頃は聞いたこともないギルドの名前だったが、かなり大規模なギルドのようだ。
周囲を見渡し、受付へ向かうと笑顔を浮かべた女性が話しかけてくる。
「ようこそ太陽の園へ。ご依頼は1番、融資の要望は2番、それ以外はこちらでお伺い致します」
とても丁寧な対応に思わずこちらまで恐縮してしまいそうになる。
どうにもこの手のやり取りが苦手な私の隣で全く物怖じしない様子のオリヴィアさんが用件を告げる。
「ここにダレン・レストンという人物がいると聞いてな。呼んでもらえるか?」
「誠に申し訳ありませんが個人へのご依頼は承っておりません。ご用件さえ伺わせてもらえればこちらで最善の方法をご提供させて頂きます」
「いや、依頼ではない。彼の親族が面会を希望しているんだ。せめて今どこにいるのか教えてくれ。そうしたら自分たちで会いに行く」
「……畏まりました。ではそちらで少々お待ちください」
受付のお姉さんはそう言うと手元の紙に何かをメモし、後ろの職員に手渡した。受け取った女性はどこかへ歩いて行ってしまい、私達は言われた通りに待つしかなかった。
近くに設置された待合室で待つこと十分近く。
いい加減焦れた頃に一人の男が私達の前に現れた。
「いやあ、お待たせして申し訳ない。担当の者が丁度席を外してましてねぇ。あ、ワタクシはテゾーロと申します。以後お見知りおきを」
その男はなんとも奇妙な格好をした男だった。
シルクハットを被った男は全身を真っ黒なスーツにも似た服装で覆い、手にも黒色の手袋を嵌めている。全身真っ黒なその男は右眼にモノクルをつけており、その奥の瞳はぎょろぎょろとこちらを舐めるように見渡してくる。
一言で言えば気持ちの悪い男だった。
「私はオリヴィア。こっちはルナとウィスパーだ」
だが、それでも折角現れた父親に繋がる人物。無下に扱うわけにもいかない。
「ところで私はダレン・レストンに会えるよう頼んだはずなのだがね。どうして貴方がこちらに?」
「ええ、ええ。そのことなんですよ。実はただ今彼は出張中でしてねぇ。何時頃戻るかも不明なものでして」
「出張中? どこへ?」
「それは業務内容にも関わりますので」
テゾーロと名乗った男はそこでへらへらと笑みを浮かべ、曖昧な言葉で追求を誤魔化した。なんともまた信用ならない男が出てきたものだ。
「……なら伝言を頼みたい。ダレンが戻ったらすぐにこの宿へ来るようにと」
そう言ってオリヴィアさんは一枚のメモ用紙を取り出し、テゾーロへと手渡す。なんとも用意の良いことだ。本当に頼りになるな、この人。さっきから会話をまかせっきりだし。
「畏まりました。この件はワタクシが責任を持って承りましょう」
「よろしく頼む。では……」
「ああ、少しお待ちを」
席を立ち上がりかけた私達をテゾーロが止める。
一体何かと思えば、そのモノクルの奥の瞳が真っ直ぐに私へと伸びてくる。
「親族の方がいらしていると聞いておりましたが、彼女がそうなのですかな?」
いきなり話題に上がりどきっとさせられたがここでまでオリヴィアさんに任せるわけにはいかない。
「はい。私はダレン・レストンの娘、ルナ・レストンと申します」
「おお。やはりそうでしたか。とても似ているのですぐに分かりましたよ。目元の辺りなんてそっくりですな。いやあ、実に可愛らしい」
「父を知っているんですか?」
「ええ、それはもう。だからこそこうしてワタクシが慣れぬ接客などをしているのですよ」
確かに接客をするような人物には見えないね。こんな奇抜な人がいきなり出てきたら警戒されるだろうし。
「あの……貴方は父がどうしてここで働いているのか知っていますか?」
「ええ。半分ほどですが」
「半分?」
「ええ。どうにもお金が必要らしいということだけ、という意味で御座います。何の為にそれが必要なのかは伺っておりませぬ故半分なのですよ」
「……なるほど」
お父様がお金を必要としている、か。
しかし、ここでもまたお金の話になるとはね。師匠の時もそうだったけど、こういう分野だと私は全くの無力だ。
「……一つ、質問をさせて頂いても良いですかな」
私が悩んでいるとにこにこと人懐っこい笑みを浮かべたままテゾーロが尋ねてくる。
私が「構いません」と了承すると、
「もしも大切なものが二つあって、そのどちらかを捨てなければならないとしたら……貴方はどうしますか?」
テゾーロはとても抽象的な、なんとも答えにくい質問をしてきた。
「出来ればお二方の答えもお聞きしてよろしいですかな? ああ、深く考えなくても結構ですので。ただの世間話と思ってお答えください」
しかも私だけでなくオリヴィアさんとウィスパーにも問いかける。
この質問にどんな意図があるのか分からない。私が相手の意図を疑っていると、
「それはより大切な方を残す他にないだろう」
ほとんど間髪置かずにオリヴィアさんが答える。
「ほほう。つまり優先順位をつけると?」
「ああ。その他に選択肢などないのだからな」
「なるほどなるほど。では貴方はどうですかな?」
オリヴィアさんの答えを聞いたテゾーロは次にウィスパーへと視線を向けた。
「……例えが抽象的過ぎる。それだけだと何とも言えん」
「では貴方の大切な人を二人思い浮かべてください。その二人が死にかけていて、どちらかしか助けられないとしたら貴方はどうします?」
「…………」
テゾーロの問いにウィスパーは答えなかった。
答えられなかったのかもしれない。ちらりとこちらに向けられた視線に、なんとなく彼の考えていることが分かるような気がした。もしも私が逆の立場なら……きっと私は選べない。そして、それこそがウィスパーの答えなのだろう。
「『選べない』。それもまた一つの答えなのですよ。というよりほとんどの人がそうでしょう。突然そんな事態に放り込まれれば誰だって躊躇するもの。実に自然な答えです」
答えないウィスパーにテゾーロは興味を失ったのか、次に私に視線を向けてきた。君はどうする? と、その瞳が問いかけてくる。
そして、それに対する私の答えは決まっていた。
「私なら……探します。そのどちらをも手に入れる方法を」
私もまた選べない側の人間だ。
そのことを私は良く分かっている。学園での出来事だってそうだった。あれほど苦労することになった原因は私が選べなかったからだ。クレアとアリス。二人のどちらも大切だったからこそ私はあそこまで苦戦した。
だけど、それはそれで良いとも思うのだ。
どちらかを失って得た結果に満足なんて出来るはずがない。だったらせめて自分の意思で私は選ばないことを選びたい。その結果に後悔しないように。
「……なるほど。実に面白い答えですね」
私の答えにテゾーロはとても優しい笑みを浮かべていた。
「『王道』と『覇道』。そのどちらかを選べる人間は非凡と呼べるでしょう。勿論『平凡』であることが悪いとは言いませんよ。ワタクシだって取るに足らない平凡な人間ですからね」
最後にそう締めくくったテゾーロは満足したように一つ頷き、
「貴方達のことが良く分かりました。お引止めして申し訳ありません。お帰りの際はどうかお気をつけて。この辺は治安も万全とは言い難いものですから」
恭しく一礼して私達を見送った。
実に奇妙な男だったけれど、最後の質問はなかなか面白かった。あの答えでその人の本質が全て見抜けるなんて思わないけれど、性格判断の一つとしたらなかなかどうして興味がある。
「……なんだったのだろうな、あの質問は。全く意味が分からない」
まるで時間の無駄とも言わんばかりの態度のオリヴィアさんはそうは思わなかったみたいだけどね。
ルナ「次回!ついに私とリンちゃんが一線を越えます!」
リン「ヒント。投稿日」




