第25話 普段怒らない人が怒ると怖いって言うけど、普段怖い人が怒っても相当怖い
師匠に内緒で抜け出した私達は大目玉を食らった。
いやもう、本当に死ぬかと思ったね。
その日の訓練は普段の10倍くらいキツくされて、最後に吐くまで走れって言われたときはそれだけで吐きそうな気分になったもんよ。
「いいか。お前らは確かに魔法が使える超すげー人種だ。だが、世の中には魔法なんか使えなくても強い奴はごまんといる。つか、さっきみたいな遭遇戦の場合魔法よりナイフ持ってるほうが強い」
訓練の間も延々と師匠の説教は続いた。
事実、私達は慢心していたんだと思う。
私達は普通の人とは違う。いざとなればどうとでも出来るって。
師匠はそんな私達の心の油断を見抜いていたのだ。見抜いていたなら言葉で言えよ、と思わないでもない。
「お前らは将来俺なんかよりずっと大物になるんだろうさ。だがその時までは俺がお前らの師匠だ。この家にいる間は従ってもらう。言っておくが恨むなよ? 俺は確かに言ったんだからな。勝手に街には出るなってよ。言っても分からない奴には肉体に直接教えてやるしかねえよな?」
そう言ってサディスティックな笑みを浮かべる師匠は本当に楽しそうだった。
絶対これがしたくて様子を見てたでしょ、あなた。
結局私達の動きなんて師匠にはお見通しだったわけだ。本当にこの人は何者なんだか。
でもまあ、私達のことを考えてのことだってのは分かった。
「俺も昔から苦労したもんよ。女ってだけで下に見られる世界だからな。お前らも絶対苦労するぜ。断言してやる。特にお前らは運悪くそんな可愛らしいナリをしてやがるからな。奴隷商人とか絶対マークしてるぜ。せいぜい気をつけるんだな」
師匠の語る話はとても大げさに聞こえたけど、たぶんそれが事実なんだろう。
私もアリスも世間知らずだから、その辺のことを考えていなかったのだ。
本当に……この人が私達の師匠で良かったと心から思った。
「あー、怒り疲れたから寝る。飯が出来たら起こしに来いよ」
こ、心から……うん。やっぱりないわ。
こんなぐーたら魔人なんかを尊敬してたら将来ろくな人間にならないよ。
休みもくれないし、訓練きついし、家事は手伝ってくれないし……その癖自分はカジノとかたまに行ってるんだから性質が悪い。
「マフィは昔からああなのよ。もう何か言うのは諦めたわ」
「そういえばアリスっていつから師匠と一緒なの?」
そろそろ3ヶ月くらいの付き合いになるけど、今まで聞いたことがなかった。
アリスはハーフエルフだけど、両親は? まさか師匠が母親ってことはないと思うけど……
「大体3年くらい前からかしら。物心ついた頃にはマフィがいたわ。両親の顔なんて覚えてないし、興味もないからマフィが親代わりってわけ」
「……寂しくないの?」
「全然。マフィと一緒にいれば分かるけど、あいつと住んでて寂しいなんて感じている暇はないわよ。本当に鬼だからね、マフィは」
そういえば私もホームシックになった記憶があんまりないな。
それだけ忙しかったってのもあると思うけど、一人の時間が短かったせいかもしれない。いつも師匠かアリスが一緒にいてくれたからね。
「本当の子供じゃないのに拾ってくれたマフィには感謝しているわ。いつかこの恩は返すつもり」
「確かアリスってマフィの魔術研究を手伝っているんだよね? マフィって何してる人なの?」
「あら、知らなかったの。マフィは魔力の源、発生源についての研究を行っているわ。当たり前にそこにあるものだけどどういう原理でそれが発生しているのかについてはあまり研究が進んでいない分野だからね。その世界でマフィは魔力分析の第一人者とか言われてるわよ」
「へえ……」
ただのぐうたらかと思ったらちゃんと働いていたらしい。
いっつも私達に訓練つけてくれてたからこの人無職なんじゃないかと疑ってたよ。
「最近は行き詰っているみたいだけどね。ルナが来てくれたのは良い気分転換になったと思うわ。私も妹が出来たみたいで嬉しいし」
アリス……嬉しいけど、最近だんだんツンデレですらなくなってきてない? 最早デレデレだよ。別にいいけどさ。
「ね、ねえルナ。試しに『アリスお姉ちゃん』って呼んでみt……」
「嫌」
「そ、そんな即答しなくても……」
だってアリスだもん。
お世話になった人だけど、感覚的には友達に近い。
たまーに色欲の発作で迷惑かけてるから一度呼ぶくらいなら別にいいかもしれないけど……
「ルナの意地悪……」
部屋の隅で膝を抱えるアリス。
なんだか最近、ティナに似てきたなーって思うことが増えた。
下手に媚売って、絡まれても嫌だからね。悪いけど、この距離感で行かせてもらうよ。ついでにアリスいじめるの楽しいし。
泣きそうな顔のアリス……可愛い。
…………あ。
「アリス……」
「なに? って、顔が赤いわよルナ。まさかまた……」
「頂きます」
「何を!? ちょ、まっ! ……ああんっ」
その後、いつもの衝動に駆られた私はアリスを襲って体の火照りを沈めましたとさ。




