第255話 鉱山の街、クアトル
「なるほどな。そういうことなら私が同行しよう」
イーサン達と合流した後、私が父親の元へ向かう旨を告げるとまずオリヴィアさんがそう言った。
「良いんですか?」
「ああ。私もダレンとは知らない仲ではないからな。あまり大人数で押しかけても仕方がないし、そこの案内人と私を連れて行けば十分だろう」
そう言ってウィスパーに視線を送るオリヴィアさん。
つまり大人組で行動しようということか。アンナやイーサンには初旅の疲れも見えていたし、妥当な人選と言えるだろう。
そして、そのイーサン達はと言うと……
「へえ、お前がルナの言ってた奴か。思ったよりちっこいんだな」
「……大きさは関係ない。重要なのは何が出来るか」
「ははっ、そりゃそうだ。それで? お前は何が出来るって言うんだ?」
「……私はルナの剣。ルナが望むことなら何でも出来る」
「おお、言うねえ。だけどそういうの嫌いじゃないぜ」
いつものように自分のペースで接するイーサンとやや機嫌の悪そうなリン。
警戒するようにふらり、ふらりと揺れる尻尾を見るアンナはそぉっと手を伸ばしては引っ込めるを繰り返している。
あの三人は放っておいても良さそうだな。多分だけどそんなに相性も悪くないと思う。アンナは勿論、リンもなんだかんだで空気が読めるタイプだからね。
「分かりました。それでは行きましょう。時間をかけても良いことにはならないでしょうし」
「ああ。そうだな。案内してもらおう」
そうして私はオリヴィアさんとウィスパーを連れて向かうことにした。
お父様がいると言う……その場所に。
「……ところで肝心なことを聞き忘れてたんだけどさ、お父様は今どこにいるの?」
「場所って意味なら恐らく鉱山の中だろうな」
「鉱山? 何でまたそんなところに?」
「俺も詳しいことは知らない。だけど……まあ、予想は出来るな」
ここでもやはり歯切れの悪いウィスパー。
「父親に会う前に幾つか知っておいてもらいたいことがある。まずこの街のことなんだが、ここが鉱山に囲まれた街だってのは知ってるよな?」
「うん。来るときにも山脈が見えたからね」
ウィスパーの言葉にここに来る途中のことを思い出す。
「豊富な資源を持つ街ってのは経済的に強くなる。この街が王都から離れた僻地にあるのに活気があるのはそのせいだ。だが、逆に言えばこの街は王都の支配下にはないってことでもある」
「……えっと、つまり?」
「つまりこの街は地主が強い権力を持っているということだろう」
私の問いにウィスパーではなくオリヴィアさんが答える。
「この国の法制は主に司法局の人間が取り仕切っている。だが、これだけ田舎にあるとその影響力も及ばなくなるのだ。勿論、全くの無法地帯というわけではないがな」
「……そういうことだ。付け加えるならこの街で最も権力を持っているのは領主であるタイナー家なんだが、領主はこの街に住んではいないらしい。実質的な運営はとあるギルドに委託されている。だからこの街ではそのギルドが幅を利かせているわけなんだが……」
ちらりと私を見て、言いにくそうな表情を作るウィスパー。
だが、今回は誤魔化すことなく彼は最後まで言いきった。
「あまり良い噂を聞かないギルドだ。裏ではかなり汚いこともしているらしい。そして……どうやらお前の父親は現在、そのギルドに所属しているらしい」
「えっ……」
「本当に詳しいことは何も知らないんだがな。だからひとまずはそのギルドの支部へと向かってみようと思う。運が良ければすぐにでも会えるはずだ」
お父様とすぐに会えるってのは良いニュースだ。
だけど……お父様がギルドに所属しているって?
なぜだ。ますますお父様のしようとしていることが分からなくなってきた。
「そのギルドの話は私も聞いたことがある。確か元は金融業を生業としていたギルドだったな。最近は手広く商いを続けているようだが……ダレンは金銭面で苦労していたのか?」
「いえ……そういう話は一度も聞いたことがないです」
私が一緒に暮らしていた頃も金銭面で苦労したことはない。
いつだって綺麗な服とお腹一杯食べられるだけの食事が私には与えられていた。もしも金銭的に厳しい状況にあったならもっと切迫していたはずだ。
つまり……
「ルナがいなくなってから何かしらの理由で金銭が必要になった、か? だがルナが無事であることはもう伝わっているのだろう? 捜索費用を稼ぐつもりならもう切り上げているはずだ」
「……それは今考えても分かりませんね」
「ああ。続きは直接本人から聞くとしよう」
話ながら歩いていると、突然ウィスパーが立ち止まった。
何事かと思っていたら、ウィスパーはすっと視線を横に向け、告げる。
「ここだ」
それは周囲に比べても随分と立派な建物だった。
まるで王族や貴族が住んでいるのかと疑いたくなるような外観。警備の人間が入り口に立っており、そこが重要な施設であることを伺わせる。
「……そういえばまだそのギルドの名前を聞いてなかったね。なんて名前?」
その外見に圧倒される私に、二人は口を揃えて言う。
「「──『太陽の園』」」
その後、更にウィスパーが付け加える。
「だがそれは改名後の名前だ。前身は別の名称の組織だった。どちらかと言うとそっちの方が有名だろうな。そっちの名前は……『毒林檎』」
吐き捨てるように呟くウィスパーの表情はいつになく険しかった。
「ギフトには贈り物って意味があるが、西方語では『毒』を意味する単語にもなる。気をつけろよ、ルナ。ここの人間は一筋縄ではいかねえだろうからな」
「……分かった」
なぜお父様がそんな物騒なギルドに入っているのかは分からない。
だけど彼がそこにいるのなら私は進まなければならない。
「行こう」
全てを知るために。
そして……全てを元に戻すために。




