第254話 やっぱり安定の組み合わせってあるよね
地面を転がりながら騒ぐ男を置き去りに、その場を立ち去る私達。
だけど私はどうにも気になることがあった。
「ねえ、ウィスパー。あれは放っておいて良いの?」
「ああ。時間が経てば元に戻る」
何でも無いように言うウィスパーだが、私は彼が何をしたのか、その正体がまだ理解できていなかった。
詠唱もない。魔力の輝きも見えなかった。まるで触っただけで相手を金縛りに遭わせたみたいだった。
「……何をどうやったのか、聞いても良い?」
「ああ。だが、聞いても多分意味はないぞ。ルナには出来ないだろうしな。それより今はもっと優先するべきことがあると思う」
「優先すること?」
「ああ。ほら、あそこだ」
ウィスパーが指差す先には一人の女の子が立っていた。
どうやら向こうもこちらに気付いたようで、振り返るようにしてこちらに向き直る。
綺麗な藍色の髪に、僅かに裾を揺らすコート。両方の腰に取り付けられた短剣は昔にはなかったものだ。しかし、それ以外のパーツに関しては私の記憶の中にある彼女のまま。だから一目見た瞬間に分かった。
「~~~~~~っ!」
そして同時に私は自分の中の感情が爆発するのが分かった。
わくわくともうきうきとも違う湧き上がる感情。
じっとしていられなくて私は気付けば彼女に向け駆け出していた。
「リンちゃんっ!」
そう、私にとって最も信頼できる彼女の元へと。
「ルナっ」
私が駆け寄るとリンも嬉しそうな表情を浮かべる。
それを見て、私はますますたまらなくなり……
「リンちゃぁぁぁぁぁぁんっっ!」
「え? ちょっ、る、ルナっ!?」
ほとんど押し倒すような勢いで目の前の少女に抱き着き、思う存分撫で回す。
「あああっ、可愛いっ! もふもふっ! もっふもふやでぇっ!」
「る、ルナっ、どこを触って……やんっ」
リンが嫌がることは分かっていた。
だけど自制なんて出来なかった。
私は……私のやりたいように生きる!
「……俺の時と随分テンションが違うな」
私が真っ赤になったリンちゃんの尻尾をくりくりしていると、ウィスパーがどことなく寂しそうな表情で呟いた。
だって、ねえ? ウィスパーはウィスパーで大切な仲間だけど、リンとはそもそものジャンルが違う。リンの存在を一言で言い表すなら……そう、『好き』だ。好きという感情そのものがリンなのだ。何を言ってるのか分からないと思う。私も良く分からない。
「けどそんなのどうでも良いっ! ああっ! 私は今生きているっ!」
「ど、どこで生きてる実感を……んんっ、か、感じてるの……」
どこか艶っぽいリンの声。
ああ……愛おしさが止まらない……。
「もちろんリンとの再会にだよ。よく私のところに帰ってきてくれたね。嬉しいよ、リンちゃん」
「……そういうところは変わらないのな、お前」
騒ぐ私達に、周囲の冒険者の視線が集まり始める。
名残惜しいけど続き後でするとしよう。これ以上ハッスルしちゃうと色欲が暴走しそうだし。
「さて、早速だけど話を聞かせて頂戴。お父様がこの街にいることは確認しているんだよね?」
私の問いにこくりと頷くウィスパー。
この二人がこの街にいる理由。それは私が彼らに父親の捜索の依頼を出していたからだ。
直接お父様を見つけたのは別の人なのだが、近くを旅していた二人がその人の任務を受け継ぐ形で私達の到着を待っていてくれていた。私としても気心の知れた二人になら絶対に信頼を置くことが出来るからね。
単純に会いたかったってのもあるけど。
「俺達は直接会ったことがないから絶対とは言えないが、ほぼ確実に本人だろうな。名前や年齢、出身地に外見まで情報通りだった」
「それ不思議だったんだけどさ、良くその情報を集められたよね。お父様に直接聞きにいったの?」
「いや。前任の冒険者が言うには聞きに行っても答えをはぐらかされたらしい」
「ならどうやって?」
私が聞き返すと、ウィスパーはその強面をにやりと歪ませた。
「金で買えないものはないのさ。多少手間がかかりはしたけどな」
「……前から思ってたけどウィスパーって笑うと殺人鬼みたいだよね」
「ほっとけ」
軽口を飛ばして調子を確かめる。
うん。やっぱりウィスパーはウィスパーだ。この距離感も懐かしい。
「なら案内してよ。私が直接見て確かめるから」
「ああ。それなんだが……」
「何? 言いにくいことでもあるの?」
「……いや、そうだよな。全ては一度会ってみてからだ」
歯切れの悪いウィスパーにどうにも悪い予感がしてしまう。
だけど、お父様が何らかの事情でこの街に留まっていることはすでに分かっていたことだ。ならば私はその事情とやらを知らなければならない。
父親の帰りを待つティナとルカの為にも。
『お父さんのこと、頼むわね、ルナ』
『見つけたらさっさと帰ってくるよう叱ってやってください、姉上』
出かける直前に言われた言葉を思い出す。
私は今彼女達の代表としてここに立っているのだ。
ならば臆する暇も、躊躇する暇もありはしない。
「お願い、ウィスパー。私を……お父様のところこまで案内して欲しい」
「……ああ。分かった」
私の真剣な頼みに、深く頷くウィスパー。
覚悟は決まった。
後は……進むだけだ。
「……ところでルナ、そろそろ離してやってくれないか? リンが可哀想なほど真っ赤になってしまっている」
「え? ……あ」
「う、うう……」
指摘されて見れば私の右手はリンの耳へ、左手は尻尾へと伸びていた。特に左手は結構際どい位置まで手が伸びていた。人間で言うならお尻を撫で回すようなイメージだろうか。純度100%のセクハラだった。やばいね、完全に無意識だったよ。
だけどリンはそれを気丈にも堪えていた。
瞳に涙を溜め、体を震わせながら。
久しぶりの再会だったから、我慢してくれたのだろう。リンちゃんマジかわ。
「……そういうところは変わって欲しかったぜ」
私達の絆を前にウィスパーが何か言っていたが、私は聞こえないフリをしましたとさ。




