第252話 巨人族と獣人族
私の目の前で表示される二人のステータス。
獣人族の少女、メイ。
巨人族の女、ベラ。
(こいつら……只者じゃないっ!?)
この国において他人種というのは基本的に稀少だ。
ほとんどの街で見かけることはなく、いたとしてもそれは奴隷である場合がほとんどだ。こんな風に堂々と街中を歩く姿はまずお目にかかれない。
「んにゃ~?」
いつの間にかアポロの背中に抱き着いていたメイがくるりと首を傾げるようにしてこちらを見る。フードをしっかりと被った彼女は表情以外、具体的に言うならその耳元は確認することが出来なかったが、私の『鑑定』の結果を信じるならば……きっと彼女にはついているはずだ。
私の最も信頼する仲間であった彼女についていたものと同じ、獣人族の証が。
「ん? ん~? なんだか変な匂い」
くんくんと鼻を鳴らすメイがこちらを見る。
そして、
「これは、そう……『疑心』の匂いだ」
彼女の瞳がすっ、と細められた気がした。
その瞬間……
「……えっ」
音もなく、突然目の前にメイの姿が降り立った。
恐らくアポロの背中から跳躍したのだろう。だが、私はその動きを把握することが出来なかった。
普通筋肉というものは矢を放つ前に弓をしならせる必要があるように、その予備動作が存在するものだ。だが彼女にはそれがなかった。全くの無音。ゼロから突然最高速度に達したかのように私はこいつの『動き』を捉えることができなかった。
「そうだ。これは焦ってるヤツの匂いだ。お前、どうして焦っている?」
「…………っ」
まずいっ!
気付いたことに気付かれたっ!
「どうしてメイ達を見て焦る必要があるの? ねえ、教えて?」
しゅるり、と首の周りを何かが蠢く感触。
滑らかで、ふわふわしていて、とても心地良い肌触り。
私が答えに窮していると……
「メイっ! お前何やってんだ! さっきの話を聞いてなかったのか! この人たちは大将の恩人だと説明しただろう! 脅かすような真似をするんじゃないっ!」
巨人族の女性、ベラがずんずんとこちらに歩み寄るとメイの首根っこを引っ掴み強引に私から引き剥がした。
「あーっ! にゃにするんだよぉっ!」
「何するじゃないだろっ! 恩人様に無礼を働くつもりかっ!」
じたばたと暴れるメイを片手で宙に吊るすベラ。
今のやり取りでこの三人の関係がなんとなく分かった気がする。
基本的に序列はアポロ、ベラ、メイの順に高いのだろう。ベラがメイを止めてくれたおかげで助かった。
「僕の仲間がすまないね、ルナ」
いつの間にか私の隣に立っていたアポロが申し訳なさそうな顔で言う。
「……いや、大丈夫。それより合流出来たみたいで良かったね、アポロ」
背中に流れる冷や汗を誤魔化しながら何とか笑顔を浮かべてみせる。
きっと私は今、とてもぎこちない笑顔を浮かべていることだろう。
それが自分でも分かった。
「ああ。これも君たちのおかげだ。何とかして借りを返せたら良いのだけど……あ、そうだ。ベラ、今彼女達は宿を探しているところなんだけど、馬も泊められて美味しい料理にふかふかのベッドを提供している宿屋を知らないかな?」
「ん? ああ、それならアタシ達が今使ってる宿で良いと思うぜ。まだ空きはあったはずだからな。飯の美味さも保証するよ」
「それは良かった。ルナ、まずは落ち着ける場所に行こう。君には僕の仲間もゆっくり紹介したいからね」
「……分かった」
どの道宿は探す必要がある。ここはアポロの善意に助けてもらうとしよう。
「決まりみたいだな。宿はこっちだぜ」
それから私達はベラの案内でとある宿屋へと向かった。
隣り合わせになっている店がその宿屋の管轄にある食事処らしく、宿泊客なら安く料理が頼めるらしい。
手早く部屋を取り、荷物を置いてそのまま向かうとすでに席を取っていたアポロ達と合流する。
「ここは僕が払うから存分に頼んで欲しい」
どうやらこれもお返しの一環のようだ。
お金に困っている訳ではないが、借りを返してくれると言うのなら無下に断るのも失礼だろう。
それぞれが料理を注文して、目の前に運ばれてくるとまずメイががばっ、とフードを取り齧り付くように料理に手をつけた。文字通りに、手をつけた。
「こら、行儀が悪いぞ、メイ。ナイフとフォークを使いなさい」
「んにゃ~、だって使いにくいんだもん」
差し出された食器に嫌そうな顔をするメイ。
というかさっきのでフードが外れて、私の予想通り、ぴこぴこと動く可愛らしい獣耳があらわになってしまっている。彼女もそうだったけど、獣人族というのはあまり自分の種族を隠そうとしないのだろうか。
まあ吸血鬼と違って隠そうとしても隠し切れない部分があるのかもしれないけど。
「あー……紹介する前に見られてしまったね。そうなんだ。メイは見ての通り獣人族の人間でね。だけどきちんとこの国の法律も理解しているから無茶はしないよ。安心して欲しい」
頬を指先で掻きながら困ったような表情でそう言うアポロ。
私は『鑑定』をした時点で気付いていたが、他の皆はと言うと……
「へえ……獣人族は始めて見たぜ」
「思ったより人族に似ているんですね……あっ、すいません。変な意味ではないですからっ」
興味深そうにメイを見るイーサンとアンナ。
オリヴィアさんは特に反応を示さず、無言のまま料理に手を着け始めていた。もしかしたら彼女はすでに気付いていたのかもしれない。それぐらいに無反応だった。
「ちなみにアタシは巨人族なんだぜ。ほら、凄い背が高いだろう? これでも村だとチビって呼ばれてたんだけどな。それが嫌で村を飛び出したら今度はみーんなアタシを見上げるようになったぜ。最近になってようやくちっこいヤツをからかいたくなる気分が分かってきたところさ。あっはっは!」
「意味もなく叩くにゃ~っ!」
豪快に笑いながらメイの頭を叩くベラ。
そのやり取りになんとなく和んでしまう私がいた。なんていうのかな……彼女達のとても近い距離感がとても羨ましい。
(というか種族のこと隠してはないんだ。焦って損した気分だよ)
私が自分自身の種族をひた隠しにしているせいか、こういう部分に関して私はかなり過敏になっているらしい。さっきはメイに不審がられてしまったし、気をつけるべきだろう。
「彼女達は僕と同じ冒険者だ。何か会った時は遠慮なく頼って欲しい」
「主様、主様っ! 見て見て! 綺麗に骨が取れたよっ! これあげるっ!」
「こら、メイ。大将の話を邪魔するな。メシならアタシがもらってやるから」
「んにゃーっ! 主様に食べてもらいたいのぉっ!」
「……頼りになるようには見えないかもしれないけどね。あはは」
最後に困ったような笑顔を浮かべるアポロ。
最早見慣れてしまった彼の表情に、この人を取り巻く環境が少しだけ分かった気がした。きっとこの人も苦労してきた人間なのだろう。他人種と付き合うというのはそれだけでもきっと私達が想像する以上に重い意味を持っているのだと思う。
『君と僕はどこか似ている』
以前アポロに言われた言葉を思い出す。
メイやベラが彼を慕っているのを見て、なんとなく私にも感じる部分があった。
きっとアポロには私にはまだ見えない人を惹きつける魅力のようなものがあるのだろう。三人のまるで家族のようなやり取りを見ながら、私はそんなことを思うのだった。




