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吸血少女は男に戻りたい!  作者: 秋野 錦
第5章 縁者血統篇

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第250話 隠された本音

 馬車から落ちてそのまま気絶したアポロと旅を続けることになって三日後。

 彼は確かに頼りないのだが、庇護欲をそそるというか「ああ、この人は私がいないと駄目なんだ」と思わせるような雰囲気と相まって自然と私たちのパーティに馴染んでいた。


 彼の目的地もクアトルだということもあり一緒に行動していたのだが、やはりというか何と言うか彼はあまり頼りにはならなかった。魔獣が出てもその処理はオリヴィアさんとイーサンに任せっきり。料理などの家事スキルもなかったため、彼は完全にゲストという扱いに落ち着いていた。


 元々それなりに余裕を持った旅だったから、彼一人が増えたくらい問題にもならないんだけどね。彼が本心では役に立ちたいと思っているのも分かっているし。手伝おうとしてむしろ邪魔になってるあたりが彼と言う人間を良く現していると思う。


「ふう……」


 そして私はと言うと、皆が寝静まった後、月明かりだけが照らす草原で一人瞑想を続けていた。

 昔からあまり睡眠が必要でない体質だったのだが、最近は特にその傾向が顕著になっている気がする。ただぼんやりと空を眺めているだけでは退屈なので、私はその時間を魔術の訓練に当てることにしている。そして、現在練習中なのが旅立ち前に師匠から教わったとある魔術だ。

 私にとっては得意でない系統の魔術だということもあり習得にはかなり時間がかかりそうだ。だけど師匠曰く、


「これからのお前には絶対に必要になる魔術だ」


 ということで、こうして訓練を続けている。

 あまり実用的でもない気がするんだけど、師匠の言い分は絶対なので従う他ない。王都に戻ったときにテストするとか言ってたしね。もしも練習をサボっていたらどんな折檻が待っているのか考えるだけで恐ろしい。

 そういう事情もあり黙々と訓練を続けていると……


 ──ガサッ!


 何かが動く音を私は耳にした。

 咄嗟に振り向くとそこには……


「やあ。君は眠らないのかい?」


 片手を挙げ、人懐っこい笑みを浮かべるアポロの姿があった。

 この数日間でこの人が悪人でないことは分かっている。

 もしも何かするつもりならとっくの昔にやっているはずだからね。


「私はあまり眠くならない体質みたいでね。アポロさんこそ眠らなくていいの?」


 とはいえ、この男が完全に信用できるかというとまた別の話。

 適当に合わせた私は視線を上に向け、満点の星空を見上げる。


「僕も眠れなくてね。昼寝してしまったのが悪かったのかもしれない。君の仲間は皆頼りになるものだからつい気が緩んでしまったよ。あ、隣良いかい?」


「ええ。どうぞ」


「ありがとう」


 私が少し横にずれるとアポロは図々しくない程度の距離に腰を下ろした。


「僕もそれなりに長く冒険者家業を続けてきたけど、これだけ安定した旅は始めてかもしれない。君たちに拾ってもらって本当に助かったよ」


「……アポロさんはずっと冒険者家業を続けているんですか?」


「うん。そうだよ。あ、僕に対しては敬語なんて使わなくて良いから。敬われるような人間ではないからね。君もその方が楽だろう?」


 楽か楽でないかと言われれば敬語の方がいくらか楽なのだが……まあ、フランクに接して欲しい人もいるだろうしここは合わせるとするか。


「分かった。それなら普通に話す」


「うん。僕もその方が気が楽だ。相手が敬語で話しているとどうにも距離を感じてしまってね。君にはとても感謝しているし、良い関係を築きたいと思っているんだ」


「はあ……」


 なんて社交的、もといリア充な台詞を真顔で言うんだ。

 元引きこもりからすれば言われただけで赤面してしまいそうだぞ。


「ルナはどうして旅をしているんだい?」


 そしていきなり呼び捨てだし。まあいいけど。


「私は父に会いに。貴方は?」


「僕かい? 僕は……特に用事というものはないのだけどね。強いて言うならどこか知らない場所に行きたかったのさ」


「知らない場所? もしかしてアポロは旅人なの?」


「今ではそういう言い方をするみたいだね。僕は冒険者って響きの方が好きだけど」


 冒険者とは元々定住地を持たず、職を求めて各地を転々とする人を指す言葉だった。今では国が支援する冒険者ギルドで依頼を請け負う人をそう呼ぶことが多いが。


「へえ……どこか気に入りそうな街を探しているとか?」


「そういうわけでもないんだけどね。基本的にあちこち動き回るのが好きなのさ。そのせいで皆にはよく迷惑をかけているよ。まあ、そうする必要があったからでもあるんだけどね。後悔はしていないけど」


 そう言って最早見慣れてしまった苦笑いを浮かべるアポロ。


「君はどうなんだい?」


「え?」


「君にはそういう経験はないのかなって。自分ではどうしようもない、言うなら『運命』みたいなものさ。太陽が昇り、月が輝くように自分ではどうしようもないことってのはどうしたってあるだろう?」


「…………」


 アポロの言葉に私が思い出したのは地下迷宮のことだった。

 あれこそ私にとっての災難。自分ではどうしようもなかった災厄だ。

 だけど……


「……さあね。まだ私にはそういった経験はないかな」


 それをよく知りもしないこの人に伝える必要はない。

 適当に話を誤魔化した私にアポロは「それは良かった」と笑みを浮かべていた。


「やっぱり人生は平凡が一番だからね。無用な荒波には向かうべきじゃない」


「それは分かるかも」


「だよね。僕もそう思った」


「え?」


「ずっと思っていたんだ。君と僕はどこか似ているって」


「…………」


 う、うーん。何だろう。微妙に嬉しくない評価だ。

 私、そんなに間抜けっぽいかな?

 ちょっと心配になってきた。


「僕の勝手な思い込みかもしれないけれど……君との出会いにはそれこそ『運命』にも似た感覚を覚えているんだ。出来ればこれからも仲良くして欲しい」


「運命って……」


 あかん。ちょっと変な話の流れになってきたぞ。

 お父様から『運命』なんて言葉を女に向かって言い出す男には注意しろと言われている。ここはさっさと退散するべきだろう。


「ん、んん~。そろそろ眠くなってきた、かな? 私は馬車に戻るよ。おやすみ」


「うん。分かった。おやすみ、ルナ」


 悪い人ではないと思うんだけど……んー、どうにも苦手なタイプだ。

 こういうポジティブというか明るい人種は私の『人見知り』スキルが特に反応してしまう。人間的には良い人っぽいんだけど……うん。やっぱり苦手だ。



---



「…………」


 深夜の草原でルナを見送るアポロ。

 ルナが視界から消え、完全に一人になったその瞬間……


「……やっぱりそんなすぐには本心を語ってくれないか。残念だけど、こればっかりは仕方ないよね」


 誰にともなく虚空に向け語りだすアポロ。

 だが、それは独り言とは明らかに違い……


「君の目から見て彼女はどう写る? ──リリ?」


 特定の誰かへと向けた問いかけであった。


「ふむ……そうか。やっぱりルナは『見えている』のか。だったらこのまま姿を隠していた方が賢明かもしれないね」


 勿論、彼の周囲には彼以外の人影はない。


「仲良くなればその機会もあるさ。だから悪戯だけはやめておくれよ? 毎回誤魔化す羽目になるのは僕なんだから……え? ああ。うん。分かっているよ」


 まるで幽霊にでも話しかけるかのようにただ一人口を動かすアポロ。


「ははっ、大丈夫。心配は要らないさ。彼女はとても優しい人間だからね。この数日見ただけでもそれが分かるよ。それにもしも彼女が君を傷つけるような人間なら……」


 その瞳がすっ、と細められた瞬間。


「──その時は排除すれば良い。ただそれだけの話さ」


 まるで周囲の温度が一気に下がったかのように、底冷えのする空気が周囲に満ちた。

 笑みの消えた表情で馬車を見つめるアポロ。

 その姿を見るのは満天の星と、ただ一つの三日月だけだった。

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虚飾かなぁ
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