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吸血少女は男に戻りたい!  作者: 秋野 錦
第5章 縁者血統篇

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第248話 父親へと続く道

 曇天が広がる空。

 太陽光が差し込む隙間さえないそれは言うなれば暗黒の天幕。

 普通なら嫌気が差すかもしれないその光景を前に、私のテンションはかつてないほどに上昇していた。


「いやー、今日は本当に天気が良いねぇ。いつもこれぐらいなら素敵なのに」


「流石にずっとは嫌だぜ、俺は」


 馬車の御者席に並んで座るイーサンは空を見上げてしかめっ面を浮かべていた。大丈夫なんだとは思うけど、運転中は前を見てほしい。


「そういや白い子は昔から夏が苦手だったよな。単純に肌が弱いだけだと思ってたけど、まさかあんな理由があったとは」


「……ちょっと。あんまり口にしないでよね。そういうことは」


「あ。そうか。すまん」


 本当に分かっているのか、こいつは。

 街中で私のことをうっかり口に出しやしないかと今から心配だ。


「けど、今日は涼しいし確かに過ごしやすくはあるな。このまま雨が降らなかったら良いけど」


「道がぬかるんでると車輪が嵌っちゃうかもしれないからね」


 数日前にも雨が振って一度車輪が泥に埋まってしまったことがあったが、あそこから脱出するのはなかなか骨が折れたものだ。


「結構遠くまで来たね。クアトルの街まであとどれくらいになるかな?」


「んー……そうだな。速度にもよるが後一週間くらいあれば着くと思うぞ」


 一週間か。本当にあと少しのところまで来たんだな。

 もう少しで……お父様に会える。


「楽しみなのか?」


「楽しみ……ってのとはちょっと違うかな。久しぶりにお父様に会えるのは嬉しくはあるんだけどね。でも今は不安の方が大きいかも」


 なぜお父様が旅に出たのか。

 そして、なぜ帰ってこないのか。

 その理由を聞くことを私は恐れていた。


「父親って感覚が俺には分からないけどよ。白い子にとって大切なことなら俺は応援するぜ」


「……ありがとね。イーサン」


 イーサンは孤児だ。小さな頃に親から捨てられ自分の本当の名前すら知らなかったと言う。だから家族という存在に対して実感が沸かないのだろう。

 私たちはイーサンの友達にはなれる。

 だけど、どうしたって本当の家族にはなれないのだから。


「これぐらい何でもないっての」


 私の感謝を軽く笑って流すイーサン。

 これを本心で言っているのだからこの男は侮れない。


「学園に休学届けまで出して付き合ってくれてるのに、何でもないってことはないでしょうよ」


「学園に入ったのは剣の腕を磨く為だ。そんで剣の腕を磨くのは大切な誰かを守るためだ。白い子が困ってるのにそれを放っておいたらそれこそ何の為に学園に通っているんだって話だろ?」


 そう言ってにっと笑みを浮かべるイーサンは今回の決断に対して塵ほどの後悔もしていない様子だった。

 いつもはただの馬鹿のくせに、こういう時だけ格好つけやがって。

 私が女だったら惚れてたぞ。いや、体的には女だけどさ。


 というか今の文脈的に私=大切な人ってことだよね。

 うわ。なんかめちゃくちゃ恥ずかしいんだけど、これ。


「? どうした? 顔が赤いぞ」


「な、なんでもない……」


 くそう。イーサンのくせに。


「風邪とかじゃないよな? 熱は……」


「だ、大丈夫! 本当に大丈夫だから!」


 にゅっ、と私の額に伸びてきたイーサンの手を払いのける。

 だが、イーサンはこうと決めたら頑固な奴だった。


「本当に風邪だったらどうすんだよ。顔だってどんどん赤くなってるし。じっとしてろ」


「ちょっ、や、やめっ……!」


 どこまでも真面目な顔で手を伸ばしてくるイーサンと攻防を繰り広げる。

 別に額に手を当てられるくらい何でもないはずなのに、妙に恥ずかしく感じる自分がいた。意地になっていたと言っても良い。そして、そんなことをしていたせいで……私たちは気付くのが遅れてしまった。


「っ! ちょっと! イーサン! 前、前!」


「え? ……うぉぉぉっ!?」


 イーサンの焦った声にぐんと引っ張られる感覚。

 馬車が横に急カーブを切ったせいで私はイーサンの方向に倒れこむ形で引っ張られたのだ。荷台の方からはアンナの悲鳴も聞こえてくる。

 地震のような衝撃が続き、ようやく荷馬車が止まったところで……


「……どうやら熱はないみたいだな」


 私を支えるイーサンの手が額に触れていた。

 というか、


「今はそんな場合じゃないでしょっ!」


 軽く跳躍して御者席から地面に降りた私は先ほどの場所まで駆け戻る。

 するとそこには地面にうつ伏せで倒れている人がいた。

 車輪の跡がそのぎりぎり横を通過している。どうやら轢かずには済んだらしい。


「……行き倒れか」


 荷台から降りてきたオリヴィアさんが地面に倒れている人を見て一言呟いた。

 旅の途中で息絶える人は少なくない。旅には危険がつきものだから。


「丁重に弔ってやろう。身元が分かるものがあればギルドにも報告しなければな」


「……ですね」


 私は頷き、その人物へと歩み寄る。

 体格はそれほど大きくない。男……それも20を超える年齢だとは思うが、かなり華奢な体型だ。フードの端から覗く黒髪はこの国ではそれなりに珍しかったりする。もしかしたら浮浪者なのだろうか? 一人で旅をしていたとするなら山賊からしても格好の獲物だったことだろう。


「……安らかにお眠りください」


 私は手を合わせ青年の冥福を祈った。

 それから持ち物を確認しようと手を伸ばした……次の瞬間、突然男の右手が蛇のように動き私の足首を掴み上げた。


「ひぃうぇっ!?」


 いきなりのことに私はみっともない悲鳴を上げてしまう。

 何事かと青年を見ると……


「み、水を……く、くださ、い……」


 眉をハの字にして今にも泣きそうな顔で懇願する、童顔の青年の姿がそこにはあった。

 というか……生きてたんですね、貴方。

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