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吸血少女は男に戻りたい!  作者: 秋野 錦
第5章 縁者血統篇

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第246話 一流は一流を知る

「ルナ。少し良いか?」


「はい? 何でしょう、オリヴィアさん」


 それは旅が始まって数日が経った頃。

 ろくに整備もされていない道を、木々を背景に進んでいた時だった。


「この時期になると山賊や魔物が多く姿を現すことは知っているだろう? だからいざと言う時に君がどれだけ戦えるかを把握しておきたい。君は優秀な魔術師だとマフィから聞いているが、自分の目で見ないことには落ち着かなくてね」


「なるほど……」


 確かに私達を護衛する立場にあるオリヴィアさんからしたら重要な点だったのだろう。イーサンの実力は良く知っているだろうし、そもそもアンナは非戦闘員だ。実力を把握出来ていないのは私だけということになる。


「ではどうしましょうか。良く使う魔術ならすぐにお見せ出来ますけど」


「いや、それはいい。どんな魔術が使えるかは必ずしもその人物の実力には直結しないものだからな。どんな名剣だろうとも使い手次第でなまくらへと成り下がるように。私はルナ個人の実力を知りたいのだ」


 きっちりとした口調で自分の意思を告げるオリヴィア。

 戦いに関してはかなりの場数を踏んでいるようだ。


「最も簡単な方法になるが、君には一度私と手合わせしてもらいたい。そこで君の実力を測ることにする」


「え? オリヴィアさんと……ですか?」


「ああ。そろそろ太陽も落ちて来る頃だ。今日は早めに切り上げることにしよう。どの道、魔物が多く住んでいる地域だ。早めに拠点を作る必要もある」


 人の手が入っていない地域にはそれだけ多くの野生生物が住み着く。

 周囲を木々に覆われた森林地帯は確かに魔物達にとっては絶好の棲家だろう。


「分かりました。すぐにやりますか?」


「ああ。こういうのは早い方がいい」


 それからオリヴィアさんは御者役をしていたイーサン(今のところ8割はイーサンがさせられている)に声をかけ、馬車を止めると一本の模擬剣を軽く私に差し出してきた。


「使うか?」


「あ、いえ。大丈夫です」


 軽く手を振って断った私はそのまま魔力を右腕に集中。

 影法師の生成に入る。


「……ほう?」


 その様子を見ていたオリヴィアさんは興味深げにこちらを見ていた。

 まだ腰の剣も抜いていない。一体、いつ始めるのかと思っていると……


「さあ来い。いつでもいいぞ」


「え……? あの、剣は使わないのですか?」


「ん? ああ、これは騎士の剣だからな。私的な理由で抜くわけにはいかないのだ。なに、心配はいらない。剣を振るしか能がないわけでもないからな」


 そう言って軽く拳を握るオリヴィアさん。

 だが、その構えは明らかに彼女が素手での戦いを本職としていないことを見受けさせた。

 師匠がメインにしていた北方にあるグレン帝国の軍式格闘術とはまた違う。右手は腰溜めに硬く握り締め、左手は開いたまま掌がこちらに見えるように突き出している。これは俗に死手とも呼ばれる防御をメインとした形だ。


(魔術師は魔術を使うからの魔術師。騎士もまた剣を使うから騎士のはずだけど……)


 オリヴィアさんの取った構えを分析する私は同時に師匠の言葉も思い出していた。


「騎士っつーのは基本的に頭のおかしい奴がなるもんだ。国にその身を捧げるあいつらは自分のことを王国の剣そのものだと思ってやがるんだろうよ」


 基本的に物事を斜めに捉える師匠らしい評価だとその時の私は思ったものだ。


「現代の戦力評価において最強は間違いなく魔術師だ。広範囲で高火力。そもそもの出力が違う。だが、一対一となると話は変わってくる。もしも一流の剣士と戦う羽目になったなら……」


 そして、同時に意外にも思った。


「──脇目も振らずに逃げろ」


 あの師匠にあそこまで言わせる実力がただの剣士にあるという事実が。


(普通に考えてただの剣が私の『ツバキ』に性能で勝てるわけがない。まともにぶつかれば一瞬で切り飛ばせるはずだ。しかも、今回はその剣すら抜いていないんだぞ?)


 一体オリヴィアさんはどうやって私と戦うつもりなのか。

 それが私には分からなかった。


「……来ないのか? 来ないのなら……」


 素手の彼女を傷つけてしまう躊躇から出遅れた私に……


「──こちらから行くぞ?」


 まるで突風のような衝撃が走り抜けた。


「…………ッ!?」


 低い姿勢でこちらに向けて駆け出してくるオリヴィア。

 以前に受けた『威圧』スキルにも似た感覚。

 一気に距離を詰め、踏み込んでくるオリヴィアに私は咄嗟に剣を振るっていた。

 それは反射にも似た防衛本能の現れだったのかもしれない。ろくにイメージもせず出鱈目に振るった剣筋が本職相手に見抜けないはずもなく……


「ふっ!」


 まさしく紙一重のところで『ツバキ』をかわしたオリヴィアの左手が私の胸を打つ。

 押されるようにバランスを崩した私はそのまま後ろに倒れこみ、そして……見た。


 居合いにも似た構えを取るオリヴィアを。

 その右手が腰の剣に触れた瞬間……


 ──恐怖にも似た寒気が背筋を駆け抜けた。


 そして……


「グオオォォォォォォォッッ!!」


 私の背後から獣の雄叫びが聞こえてきた。

 それと同時にちんっ、という軽い金属音も。


「ふう……危なかったな、ルナ」


 見れば私の背後に腹部を抉られ、血だらけになった熊にも似た魔物が倒れこんでいた。


「この辺もまだまだ危ないようだ。手合わせはこれくらいにしておこう。丁度良い夕食もできた事だしな。調理を頼んで良いか?」


「…………」


「ルナ?」


「え? ……あ、ああ。はい。分かりました」


「うん。頼むぞ」


 オリヴィアさんはそう言って馬車に戻っていった。

 だが、今の私は正直料理のことなんて考えられないくらいに動揺してしまっていた。それもそのはず。


(……剣筋が全く見えなかった)


 私はオリヴィアさんの放った剣閃を捉える事ができなかった。

 吸血鬼の動体視力でも捉えられない速度の剣。それは一体どれほどの技術なのか。


(確かにこれは……常識外れだ)


 先ほど見せられた神速の剣を前に、私は師匠の語っていた言葉の意味を実感せざるにはいられないのだった。

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