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吸血少女は男に戻りたい!  作者: 秋野 錦
第1章 吸血幼女篇

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第24話 アリス・ウィズ・ノーマルランド

「ルナ……ルナ。起きなさい」


「……んぅ?」


 ベッドですやすや快眠していると、体をゆさゆさと揺すられる感覚。

 何だ? はっ!? もしや強盗!?


「ルナ、おはよう。さ、準備しなさい」


 と、思ったら目の前にはやけに上機嫌のアリスが。

 何しにきたのこの子。こっちはかなり眠いんですけど。

 私、夜はがっつり睡眠取るタイプの吸血鬼なんで。


「おやすみ……」


「ちょ、ちょっとルナ、寝ないでよ! 今日は一緒に街に遊びに行くって約束、もしかして忘れちゃったの?」


 約束?

 うーん……あ、そういえば。

 確か三日前くらいにアリスと遊びに行く約束をしたような気がする。


「んむう……でもだからってこんな時間から行かなくても……」


 外はまだ真っ暗だ。たぶん、太陽が出るにもまだまだ時間がかかる時間帯だろう。遊びに行くのはいいけど、今は眠いです。


「昼になったらね。おやすみぃ」


 私が吸血鬼にあるまじき発言をすると、途端にアリスは瞳に涙を溜めながら私の体を強く揺さぶった。


「夜に行こうって行ったのはルナでしょう? 起きて、起きてよぉ!」


 むう……そんなこと言ったっけ?

 朝はどうも弱い。思考がまとまらないや。


「ルナぁ……」


 でも、どっちでもいいか。

 この可哀想な子を無視して眠りにつくのは(いささ)か良心に堪える。

 泣きそうからちょっと泣いた、になってるし。仕方ない。起きるか。


「ふわぁ……おはよう。それじゃ、行こっか」


「……うん!」


 それから服を着替え、一応護身用の模擬剣を持ち家を出る。

 そうだった。完全に思い出した。

 王都に来ていまだ私は街を歩いたことがない。だから、アリスへ一緒に街を探検しようと誘ったのだった。お父様に案内されたのは移動だったからノーカンで。


「師匠には見つからないようにしないとね」


「マフィは絶対怒るでしょうね……日が完全に昇る前には帰りましょう」


 今回のお出かけは師匠には内緒だ。

 というより普段の訓練の鬱憤を晴らすためのちょっとした気分転換が目的だからね。勝手に外に出るなとか、師匠も厳しすぎるんだよ。


「何だかわくわくするわね」


「んー、確かに」


 あれだ。修学旅行なんかで先生の目を抜け出して自由行動する感覚に似ている。絶対に見つかってはいけないという緊張感。まるでアリスと二人、悪いことをしているかのようだ。

 まあ……実際悪いことっちゃ悪いことなんだけどね。

 師匠の言いつけ破るのなんて初めてのことだし。

 でも、そうしてでも私は一度王都というものを満喫してみたかったのだ。

 普段は人が多いし、太陽も出てるから難しいけどこの時間帯なら私でも大丈夫。何の気兼ねもなく歩けるってのはいいよね。


「ルナは肌が弱いからちょうど良いわね。私もあんまり人目にはつきたくないし、やっぱりこの時間がベストだわ」


 アリスはフードで長耳を隠している。

 誰かに見られて騒ぎになったら面倒だからだ。

 お互い日中自由に活動できないという意味では仲間だね。


「ルナっ! 見て見て、噴水があるわよ!」


「あんまり走ると危ないよ、アリス」


 そんな噴水なんて別に珍しくないだろうに。

 一体、何がそんなに面白いのやら。


「ほら、ルナもおいでよ。水冷たいわよ」


「やれやれ……」


 アリスに誘われ噴水の縁に腰かけ、指先をそっと水面に触れさせる。

 吸血鬼は水が苦手って聞いたことあるけど、今まで特に問題になったことはない。普通にお風呂にも入れてるしね。

 ニンニクも食べられるし、聖書も読める。鏡にも普通に映るし、伝説にあるような吸血鬼の弱点はほとんど私には関係ないようだ。


「ルナっ」


「ん? 何……って、わっ!?」


「あははっ! ルナ、びしょびしょね!」


「アリスがやったんでしょうが!」


 くそっ、このツンデレ娘め。夜のテンションになってやがる。

 仕方ない……私は怒らせると怖いということ、身をもって教えてやるぜ!


「きゃーっ」


「逃がさん!」


 ばちゃばちゃと噴水の周りで水をかけ合いながら走り回る。

 復讐の鬼となった私には容赦など微塵もないのだ!


「ちょ、ちょっとルナ待って! 私、ちょこっとかけただけじゃない!? なんでそんな大量の水……ああああっ!?」


「ふん。これで分かった? 私に逆らったらこうなるのよ」


 アリスにはかけられた10倍近い水をぶっかけてやった。

 やられたらやり返す。

 10倍返しだ!


「ぐすん……私の方がお姉さんなのに……」


「そう思うなら子供っぽいことは控えるのね」


「子供なんだからいいじゃない!」


 ……確かに。

 言われて見れば私達子供だった。

 うーん。ちょっとやりすぎちゃったかな?


「あの、なんか……ごめん」


「ここで謝られても困るんだけど!? ……はあ、もういいわ。それより明るくなってきたからそろそろ戻りましょう」


 見れば遠くの空に薄っすらと朝焼けが広がりつつあった。


「それじゃあ行きましょうか……《熱よ・(おこ)れ》」


 アリスは火系統の魔術で熱を発生させ、服を乾かすと歩き始める。

 というか……


「そんな便利な魔法があるなら私にも使ってよ」


「べー、だ。意地悪さんには使ってあげませーん」


 そういうあんたも相当意地悪だよ。

 けどまあ、いいか。

 そんなに濡れてるわけじゃないし、反省の意味も込めてこのまま帰ろう。


「ッ……ルナっ!?」


 その時だ。アリスの切羽詰った声が鼓膜を揺らす。

 反射的に体を強張らせると唐突に視界が闇に覆われ、誰かに抱え上げられる感覚。誰か……いるっ!?

 まずい。これはあれだ。確実に犯罪系のまずいやつだ。


「待ちなさい!」


 アリスの鋭い声と同時に、風を切り裂く音が聞こえてくる。

 それからほとんど同時に男のうめき声。私を抱えていた人物をアリスが魔法で攻撃したのだ。

 だが、男は手傷を負いながらも私を離しはしなかった。

 そのままがくがくと揺れる衝撃に走り出したのだと理解する。


 ……ヤバいな。これたぶん誘拐目的の犯行だ。

 アリスとの始めての冒険があんまり楽しかったもんだから警戒が緩んでいた。ここは日本ほど治安の良い場所ではないと分かっていたのに。


「ルナぁっ!」


 アリスの悲鳴のような声が聞こえる。

 魔術師としてはすでに一流の地位にあるアリスも、身体能力的にはただの子供と変わらない。引き離されれば追いつけない。

 となると……私がなんとかするしかない。

 落ち着け。集中力を切らすな。

 こういう時のために師匠の目を盗んで魔法の研究を続けてきたんじゃないか。私なら出来る。


 魔法とは世界の再構築。

 起こる現象は術者の意思に反映される。

 今は焦りも、緊張も、恐怖も押し殺せ。


 イメージするのは槍。

 私の魔力特性は『移動』と『収束』にのみ特化している。

 鋭く研ぎ澄まされた最速の槍をイメージするんだ。


 私なら……出来る!

 躊躇したのは一瞬。魔力を右腕に集め、本当に槍を持っているかのような挙動で男の背を思い切り突く!

 そして……


「ぐっ、はッ!?」


 男が苦悶の声を上げ、ついに手を離した。

 途端に地面に激突するが、即座に起き上がり目隠しを剥ぎ取る。

 取り戻した視力で見るのは、起き上がりつつある男の姿。

 血は出ていない。

 くそっ……『収束』が足りなかったんだ。致命的なダメージにはなってない。

 私の魔法は棍棒で思いっきり殴りつけた程度の威力しか出てなかったらしい。

 でも……拘束は外した。後は逃げるだけ。


「ちっ……糞ガキが」


 男は私を睨み付けると懐から折りたたみ式のナイフを取り出した。

 私は騎士の持っている長剣を何度も目にしたことがある。そうでなくても毎日調理の際に刃物を使ってるのだ。だからナイフなんて今更驚くような武器ではない。見飽きたと言っても良い。

 だというのに……その白刃を突きつけられた瞬間に私の体は石像にでもなってしまったかのように硬直してしまった。


「……っ」


 知らず知らずの内に息が上がっていた。

 ゲームの中のものとは全然違う、本物の"悪意"。

 それに晒された私は平常心ではいられなかったのだ。

 男が私に迫る間も、ろくな回避行動すら取れず、私は……


「オイ。何、勝手にうちの弟子いじめてんだ?」


 ──視界を覆うように私の目の前に舞い降りた紅を見た。

 その紅は弾丸のような速度で石畳の上を駆け抜け、男の懐に飛び膝蹴りをぶち込むと反転、男の手を取り一本背負いにも似た技で軽々と男の体を宙に浮かせてしまったのだ。


「寝てろ、屑が」


 受身すら許されず男の体が地面に激突する。

 打ち所が悪かったのか、男は意識を失ったようでそれ以上立ち上がることはなかった。


「マ、マフィ!?」


 後ろからようやく追いついてきたアリスが驚きの声を上げる。

 うん……私もびっくりした。一体いつから私達を見ていたのか、師匠は私のピンチに颯爽と駆けつけてくれたのだ。

 あのままだとどうなっていたか分からない。

 真紅の髪を揺らしながらこちらに歩いてくる師匠がまるで勇者か何かのように見える。


「あの、師匠……ありがとうございました。師匠がいなかったらどうなっていたか……」


「……ああ、本当にな」


 師匠は短く言葉を漏らすと、


 ──パァンッ!


 容赦のない平手を私の頬にぶつけてきた。

 あまりに突然の平手に、私はものの見事にすっころんでしまう。

 だって師匠はいつも厳しいけど、こうやって手を出すことなんてなかったから……。


「てめえもだ、アリス」


「痛ぁぁぁっ!?」


 バチコーンと、アリスの脳天にチョップが走る。

 いや、ギャグみたいな反応してるけど滅茶苦茶痛そうだからね?

 というか私も痛い。

 頬がじんじんする。


「うわぁぁぁぁん、マフィがぶったぁぁぁぁっ!」


 誰に憚ることなく大声で泣き始めるアリス。

 そりゃこんだけ痛い思いしたら泣いちゃうよね。私もちょっと涙出てきたし。

 潤む視界の中、師匠を見ると……


「とりあえず帰るぞ。説教はそれからだ」


 勇者というか般若のような顔をしていらっしゃった。

 どうやら今回の無断外出、ビンタ一発では許してもらえないらしい。

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