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吸血少女は男に戻りたい!  作者: 秋野 錦
第5章 縁者血統篇

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第245話 心の重荷

「お姉様っ、見てください! 火が付きましたよっ!」


「おお。凄い。これは便利だ」


 旅の初日。太陽が完全に沈んだ頃合に私達は夕食を取るため、調理を始めていた。

 そこで初めてアンナが魔術を使うところを見たのだが……うん。これはとても便利な魔術だ。


「大気中の水分を集める魔術に発火魔術……どっちも重宝する魔術だね」


「えへへ……」


 私が褒めるとアンナは恥ずかしそうに微笑んだ。

 私も魔術師の端くれだが、アンナの使う魔術は使うどころか習ったことさえない。貴族クラスと平民クラスでは多分、カリキュラムが違うのだろう。


 思えば戦闘用の魔術ばかりが紹介されていた貴族クラスでの授業は戦うことを視野に入れた魔術師の育成をしていたのだと思う。


(貴族の責任……か。半年も同じクラスにいたのに全然見えていなかったな)


 それだけ自分が世間知らずだったということなのだろう。ただ通うだけだった日本の学校とは意識からして違う。


「あの……お姉様? もしかしてオリヴィアさんに聞かされた話、気にしてます?」


「え?」


「その……少し顔色が優れない様子だったので」


 心配そうな表情で覗きこんで来るアンナ。

 どうやら考え込んでいたせいで、心配をかけてしまったらしい。


「大丈夫。今考えてたのは別のことだから」


「……気にしてることは否定しないのですね」


「あー……まあ、そうだね」


 さっきオリヴィアさんから聞いたお父様の話。

 私のイメージと違って少しショックだったのは認めるよ。

 誤魔化すことも出来たけど、アンナには嘘を付きたくはないしね。


「私の知ってるお父様と違う話を聞かされたからさ……ちょっとびっくりしたってのが本音かな」


「お姉様……」


「でも気にしてるわけじゃないんだよ。本当に」


 どんな人間にも過去がある。

 だけど、それは現在のその人を示すものではない。


「過去のお父様がどんな人物だったかなんて私には大した問題じゃない。大事なのは今の私がお父様のことを大切に思っているってこと」


 私の記憶にあるお父様はいつも私達の為に働いてくれていた。

 仲良く一緒に遊んでくれるようなタイプの父親ではなかったけれど、それでも私はお父様のことを心から尊敬している。


「だから心配しないで。私はこのくらいでへこんだりしないから」


 そして、それは話を聞いた今も全く変わらない想いとして私の中に残っている。

 私にとってはそれこそが重要なことだった。


「ほら、さっさとご飯を作ろう。早くしないと二人に怒られちゃう」


 言葉だけでなく、態度でも安心させようとアンナの頭を軽く撫でつつ調理に戻る。すると……


「分かりました、お姉様。でも……」


「ん?」


「……本当に辛くなったときは、ちゃんと私達に話してくださいね?」


「…………」


 ああ、そうか。

 そういうことだったのか。

 アンナが不安に思っていたのは何も父親のことだけではない。私が全てを一人で抱え込んでしまうのが怖かったのだろう。


「大丈夫。そっちも心配いらないよ。もう隠し事はしたりしないから」


 今度は正面からアンナに向き合い、きちんと宣言する。

 それは旅が始まる前、純血派とのいざこざが落ち着いた頃の話だ。

 私が旅に出ると知ったアンナとイーサンは旅に同行することを強く主張した。私としては危険な旅路に二人を付き合わせるわけにもいかず、最初は拒否していたのだが……


「アンナは今度こそお姉様の力になりたいのですっ! もう二年前のような想いはしたくないのですっ! だから……だからっ……!」


 ぼろぼろと涙を流しながら懇願するアンナに、私は正直面食らっていた。

 妹分ではあるものの芯の強い彼女が私の前で涙を見せるのはそれが二度目のことだった。いつもにこにこと笑顔を絶やさない彼女が本気で頼み込む姿を見て、私はどうしても断ることが出来なかった。


 そして同時に、私は彼女達に隠し続けることが出来なくなっていた。

 自分の出生を。これまでひた隠しにしていた真実を。


「ねえ、皆。ちょっと良いかな。とても……そう、とても大事な話があるんだ」


 そして私は私の幼馴染達に全てを話した。

 自分が吸血鬼であること。そして、恐らくそれが原因で山賊に狙われた事。その情報を売り渡した誰かがいるということ。そして、それが誰なのかはまだ分かっていないと言うことも。


 話を聞いた四人は全員とても驚いていた。

 だけど、イーサンとアンナはすぐに私の身を案じてくれた。そして、これからは自分たちが力になると言ってくれたのだ。


 それが、私が彼らと旅をすることになった顛末。

 一つだけ心残りがあるとすれば……


「ごめん……ちょっと整理がつかないんだ。少しだけ考える時間が欲しい。誰にも言わないことだけは約束するよ」


 ずっと私達を支えてくれていた最年長のニコラがすぐには私を受け入れてはくれなかったことだ。幼馴染の中でも特に私に気をかけてくれていたニコラのその対応に私は少なからずショックを受けた。

 きっと私は心のどこかで彼らなら何の葛藤もなく受け入れてくれると思っていたのだ。だからそうならなかったときに衝撃を受けた。そんな簡単な話ではないと分かっていたはずなのに……


「俺はニコラほど頭が良くないからはっきりとしたことは分からないんだが……それは俺たちに言うべきではなかったことなのかもしれない。それでルナのことを嫌いになるとかって訳じゃないけどな」


 デヴィットもどちらかと言うとニコラに近い反応だった。

 受け入れられないわけではないが、聞きたくはなかったこと。知ればこれまでと同じ目では見られない。きっとデヴィットが言いたかったのはそういうことだ。


 私の種族を知った幼馴染達は大きく二分されてしまったように思う。

 これまで仲良くしていた分、私の一言でそれが大きく変わってしまった事が心苦しい。その修正に時間を取れないと言う状況も私にとっては歯がゆいものだ。


(……王都に帰ったらちゃんと話し合わないと)


 これからの私達の為に、それは必要なことだと思えた。

 そして……


「お姉様。アンナは何があろうとお姉様の味方ですからねっ!」


 そんな私の内心を知ってか知らずか、アンナは私の手を取って満面の笑みを向けてくる。その純粋な笑顔を前に思うのだ。きっと私はこの子に救われたのだと。

 もしもアンナまで私から遠ざかろうとしたなら……きっと私は耐え切れなかったと思う。そんな事態を想定すらしていなかった自分に今更ながら笑いがこみ上げてくる。


(吸血鬼は人の生き血を啜る怪物。それが一般的なイメージだ。それを忘れるなんて……どうやら私は大分、頭がお花畑になってたみたい)


 打ち明けるにしてももっと覚悟を持つべきだった。

 それは受け取る側にとっても重荷となる真実だということ。

 私が楽になりたいからなんて理由で軽々に話すべきではなかったのだ。

 だが、いやだからこそ、その重荷をあっさりと受け入れてくれたアンナとイーサンには感謝してもしきれない。


 特にアンナには昔から迷惑をかけてばかりだ。

 色欲のことだって、アンナが一番被害を受けている。


 この子のことだけは……絶対に守ってあげたい。

 旅の始まりに、私はそんな覚悟を固めるのだった。

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