第244話 人は誰しも黒歴史を持っている
私の体質的に夏場の旅は過酷を極める。
春先に王都に戻るだけでも一苦労だったというのに、日差しの強くなるこの時期の長旅は私にとってまさしく地獄と言うに相応しいものである。
なので今回は以前にも利用していた馬車による旅を選ぶことにした。
お金はかかるが、屋根のついた場所であれば私の負担も最小限になるだろうという配慮だ。馬車の手配をしてくれたグラハムさんには頭が上がらないね。
だが、そうなると今度は別の問題も出てくる。
それは馬車に乗れる人数は限られているため、大人数での移動が出来ないということ。
前回は馬車に乗れない人は歩いて王都に向かっていたのだが、それでは幾らなんでも非効率だ。今回は速度も重視しているため、少数での移動を念頭に置かなければならなかった。
多くても5人程度。それが馬車に乗れる人数の限界だ。
そこで私が旅の道連れとして選んだのは……
「よう。遅かったな、白い子。もうこっちの準備は出来てるぜ」
「お姉様っ、おはようございます!」
なぜか三本もの剣を腰にぶら下げるイーサンと、元気良く片手を振って私に挨拶をしてくるアンナの二人だ。
今回の旅に幼馴染組が付いて来る事になったのには理由がある。
いや、理由と言うほどのものでもないのだが、単純に二人がそのことを強く希望していたのだ。
二人はずっと私を探す旅を計画していただけあって、下準備が完璧だったという理由もある。ニコラやデヴィットではなく、この二人が選ばれたのはアンナは便利な魔術、イーサンは単純な戦闘力として頼りになるだろうという判断からだ。
そして、今回の旅の仲間として選ばれたのはもう一人。
「お前がルナ・レストンか。始めまして、私はオリヴィア・グラウディス。王国騎士団第八分隊長を務めているものだ。君たちの護衛としての任をオスカー・グラハム氏より仰せつかっている。何かあれば私を頼ってくれて良い。よろしく頼むぞ」
やや早口で一気にそうまくし立てたのはイーサンの隣に立っていたオリヴィアという名前の女性だった。歳は大体師匠と同じくらいに見える。女性にしては背が高い部類だろう。綺麗な金髪を雑に後ろでまとめ上げている。師匠から聞いていた情報とも一致するし、この人が今回の旅仲間ということで間違いないだろう。
「ルナ・レストンです。よろしくお願いします」
挨拶は最初が肝心だと握手を求めて、手を差し出したのだが……
「あ……すまない。先ほどまで荷物の整理をしていたので手が汚れているのだ。返礼にて代えさせてもらうよ」
オリヴィアさんはぴしっとした姿勢のまま、右手を左肩に添えると小さくお辞儀して見せた。どうやらこれが騎士流の挨拶らしい。
「どうだ白い子。格好良い人だろ。これが俺の師匠なんだぜ」
「え? そうなの?」
「ああ」
なぜか自慢げな顔で語るイーサン。
こいつにも師匠がいるというのは聞いていたけど、それがオリヴィアさんだったのか。確かにいかにも騎士って感じの人だ。服装や立ち振舞いに乱れが一切ない。
腰に吊るしている剣も良く見ればエルフリーデン王国の紋章が刻まれている。
第八分隊長……と言っていたか? それがどれほど高い地位なのかは分からないけれど、肩書きがあるだけ凄い人なのだと思う。
私の中で若干株の上がったオリヴィアさんはと言うと、
「こらイーサン。師匠をこれとは何事だ」
「え? あ、悪い」
「悪い、ではない。そこはすみません、だ。全く。お前にはまず教養から身に付けさせるべきだったな」
しっかりと弟子の教育も行っていた。
どうやら責任感も強い人らしい。うちの師匠とは大違いだな。
「往来でだらだら話すものでもないな。準備が出来ているなら早速だが出発するとしよう。私は少しルナと話したい事がある。手綱はお前が握れ、イーサン」
「分かったぜ、師匠」
「だからそこは……いや、きりがないな。お前の教育は後回しにする」
私が太陽に弱いことを知ってか、オリヴィアさんはてきぱきと指示を出しながら旅の準備を進めてくれる。これは頼りになりそうな助っ人だぞ。
「さて……するならまずは私の話だろうな。私とマフィの関係については聞いているか?」
馬車に乗り込み、準備が出来るとオリヴィアさんはまず最初にその話をした。
「いえ、特には聞いてないです」
「そうか。私とマフィは所謂昔なじみというやつでな。過去にマフィが冒険者だった頃に同じチームを組んでいたのだ」
師匠が昔、冒険者だったことは聞いていた。
その頃の話をあまりしたがらないから、詳しくは知らないんだけど。
「そして……そのメンバーにはダレンもいた。つまり、私はダレンとも顔見知りということになる」
「え? お父様の、知り合い?」
オリヴィアさんの言葉でようやく私の中で話が繋がってくる。
そうか……それでお父様は師匠と知り合いだったのか。全員、同じ冒険者仲間という共通点。それがこの人達を繋げていたのだ。
「私の場合、ダレンと一緒にいた期間はそれほど長くはないがな。騎士団への入団試験を合格したのが丁度ダレンがメンバーに入った頃だった」
「そうだったんですか……その、昔のお父様の話を聞いてもいいですか? とても興味があるので」
「私も良くは知らないんだがな。印象程度の話をするなら……」
私の頼みにオリヴィアさんは昔を思い出すように視線を上に向け、そして……
「ダレンという男は、そうだな……一言で言うなら……」
ちらりと、一瞬私に遠慮するような視線を向けた後、
「──鬼のような男だったよ」
静かに語りだした。
私の知らない、お父様の過去を。




