表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
吸血少女は男に戻りたい!  作者: 秋野 錦
第5章 縁者血統篇

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

247/424

第243話 旅立ちは突然に

「んー! 夏っ!!」


 ガンガンと照りつける太陽光を前にやたらテンションの高いクレアお嬢様。

 その隣で日傘を慎重に傾けながら歩く私は内心冷や冷やものだった。


「やはり夏休みとなるとテンションが上がりますか? お嬢様」


「ええ、勿論。ここのところ試験とかギルドの報告会で忙しかったからね。折角の休暇なのだからビーチにでも行こうかしら。ルナ、皆にも予定を確認しておいてもらえる?」


「畏まりました」


 恭しく一礼……すると私の背中がえらいことになりそうだったので、微笑むことで代えさせてもらう。

 最近は友達も増えてお嬢様はとても楽しそうだ。以前よりよほど年頃の女の子らしく見える。うん。良い傾向だ。


「課題もすぐに終わる簡単なものだったし、何週間か避暑地に向かうのも良いかもしれないわね。ルナもここにいるよりは幾らか楽でしょうし」


「あ……」


 楽しげに夏休みの予定を話すお嬢様に、私は申し訳ない気持ちにさせられた。

 その表情を見てクレアも思い出したらしい。さっと顔色が曇るのが分かった。


「そう……だったわね。ルナは明後日には旅に出るのだったわね」


「……はい」


 二週間ほど前、ルカが私の元に訪れて言った言葉。

 それは私の父親……つまりはダレン・レストンが発見されたという報告だった。

 どうやらグラハムさんはかなりの広範囲に渡って調査をしてくれていたようで、時間こそかかったがお父様がどこにいるのかを突き止めてくれたのだ。


「長い旅になる……のだったわよね?」


「はい。恐らく夏休み中に帰還することも難しいかと」


 お父様が発見されたのはここから遥か西方の地、クアトルという都市だ。

 単純に行って帰るだけでも一ヶ月近くはかかる道のり。向こうでどれだけの時間が取られるかは分からないが、夏休み中の帰還は絶望的な日数だ。


「お嬢様の大切な時期にお傍にいられない私の不義理をどうかお許しください」


「い、良いのよ。ルナにはルナのやるべきことがあるのだから仕方がないわ。それに……家族は大切にするべきだもの」


 歯切れ悪く答えるクレア。彼女は両親とあまりうまくいっていないらしいことはメイド仲間やグラハムさんから聞いて知っていた。だから最後のは実感としてではなく、一般論としての台詞なのだろう。


「寛大な処置に感謝いたします、クレアお嬢様」


 何とかして上げたいと思ったが、人様の家庭事情に一介の使用人風情が口を出して良いものではない。それに今の私には他にやるべきことがある。後ろ髪を引かれる思いだが、今はクレアの厚意に甘えるしかないのが現状だ。


「必ず帰ってきますので、どうかそれまでお待ちください。親愛なる我が主よ」


 そのせめてもの償いとして、この心だけは置いて行こう。

 私の居場所は貴方の隣なのだと、ここが私の帰る場所なのだと宣言しておこう。


「ええ。まだ貴方との契約期間は残っているのだから、きちんと帰ってきなさい。これは命令だからね?」


 私の真摯な言葉に、お嬢様は悪戯っ子のような笑み浮かべてそう言った。


「はい。必ず……再び貴方の元へ」


 そうして私達は一つの約束を交わした。

 それは再会の約束。

 何があっても破るわけにはいかない、最愛の主人との約束だった。



---



「でもよお、何もお前が直接行く必要はねえんじゃねえか?」


 場所は変わって師匠の家でのこと。

 旅の準備を進める私を見て、師匠はそう言った。


「それについては何度も話したじゃないですか。本当にその人物がお父様なのかの確認は実際にお父様を知っている人にしか出来ません」


「発見自体は出来ているんだろ? だったら強引にでも連れ帰ればいいじゃねえか」


「私もそうするのが一番手っ取り早いとは思うんですけどね。でもそうすると人攫いになっちゃいます。こればっかりは赤の他人には任せられませんし」


 ぎゅっと荷物袋を締めて準備完了。

 これでいつでも旅立てる。


「……調査してくれた人の話ではお父様はどうやらその街を離れるつもりがないようなんです。それがどういった理由からなのかは分かりませんが……私は確かめなくてはならないんです。お父様が今、何をしているのか。どういうつもりで私達の前から去ったのかを」


「…………」


 私の言葉に師匠は難しい表情を浮かべていた。

 私が見つかったことはすでに調査員からお父様にも伝わっていることだろう。それでもなおその街に拘るということはつまりお父様は私を見つけるのとは別の目的で動いていたっていうことだ。

 私達家族を置いてまで優先しなければならなかった用事とは一体何なのか……私はそれを確かめなければならない。


「それとも師匠が代わりに行ってくれますか? 条件だけ見れば師匠でも構わないわけですし」


「俺は自分の研究で忙しいんだよ。ダレンのアホなんかに構ってる暇はねえ」


 そう言うと思ったよ。

 昔からお父様のこと嫌いだからなー、この人。


「それにアイツと一緒に旅なんてごめんだ。俺は大人しく王都で報告が来るのを待っているとするさ」


「アイツ? ……ああ、師匠が紹介してくれた助っ人のことですか」


 今回の旅は長期になることが予想されたため、何人かの助っ人を呼ぶ事になっている。その一人が師匠とグラハムさんの紹介である人物なのだが……


「アイツは堅っ苦しい奴だからな。お前も気をつけろよ。何を言われるか分かったもんじゃねえ」


「こ、怖い事言わないでくださいよ」


 これから少なくとも数ヶ月は共にいる人物だ。

 不安になるような評価はしないでもらいたい。

 私が一体どんな人だろうと想像を巡らせていると……ガチャっ、と扉の開く音がして二人の少女が姿を見せた。


「だから魔術回路はなるべく無駄を省けと何度も言っているだろう。時間が経つほど魔力は消耗していく。最も効率的な配置でなければ最大の効果は発揮できナイ」


「そんなものは魔力量でカバーできる話じゃない。それより重要なのはいかに自由度の高い術式を構築出来るかでしょう?」


「魔術に自由度など必要ナイ。求められるのは高い機能性と、誰でも使えるという普遍性だ」


 あーだ、こーだと言い合いながらこちらに向かってくる二人。

 そして、同時に私に気付いたらしく私を見るなりぱっと顔を輝かせた。


「なんだ。来ていたのなら声をかけてくれれば良かったのに」


「良く来たわね、ルナ。今日はどうかしたの?」


 部屋から出てきた二人の少女、ノアとアリスはそれぞれに私を歓迎してくれる。


「ちょっと師匠と今後の相談も兼ねて荷造りをしにね」


「ああ、もうそんな時期だったのね」


「最近は時間が過ぎるのを早く感じるからな」


 先ほどまで何かの実験を行っていたのだろう。所々に汚れの見える作業着姿の二人はそこで同時に申し訳なさそうな顔をした。


「旅の手伝いが出来なくて済まナイ、ルナ」


「良いんだよ。ノアは師匠の手伝いがあるからね。元々私からお願いしたことなんだし、ノアが謝る必要なんてないよ」


「あの、ルナ……私……」


「アリスも。私に対して後ろめたく思う必要なんてないよ。これは私が自分で決めたことなんだから。ね?」


「「…………」」


 私が旅の同行人を探していたことは二人も知っている。

 だけど、二人には師匠の研究を手伝うという大切な用事がこの王都に残っていた。だから声をかけることさえしなかったのだが、二人は逆に気を使わせてしまったと思っているらしい。本当に良い子達だ。そこまで気にする必要なんてないのに。


「ああ、そうだ。私がいない間、二人に頼みたいことがあったんだった」


「え? 私達に?」


「何だ? なんでも言ってくれ」


 私の頼みに食い気味に反応する二人。

 私の頼みなら銀行強盗でも何でもやりそうな勢いだ。いやまあ、そんな頼みはしないけどさ。


「頼みたいことってのはルカとシアのことなんだ。私がいない間に出来るだけで良いから気をかけてあげて欲しい。頼めるかな?」


 今回の旅はそれなりの長旅になる。

 その間にまだ幼い二人を残すことに不安を覚えての提案だったのだが、


「分かったわ。任せて頂戴。二人のことは責任を持って私が見るわ」


「アリス一人だと心配だろうからノアも気をつける。だからお前は安心して行ってくると良い」


 二人は私の頼みを迷うことなく快諾してくれた。


「ありがとね、二人とも。帰りには何かお土産買ってくるから」


 そう言って荷物を手に立ち上がる。

 さあ……行くとしよう。

 父をたずねて三千里の始まりだ。


「ルナ」


「? 何です、師匠?」


 私が立ち上がったところで師匠から声がかかる。

 師匠はそこで他の二人に聞こえないようにか、私の耳元に口を寄せてこう言った。


「お前、『レギオン』を名乗る奴にあったことがあるか?」


「レギオン? いえ……記憶にはない名前ですが」


 師匠の問いに本当に心当たりのなかった私はそう答えるのだが、


「そうか。無いなら良いんだ。だが、今回の旅でもしもそいつに出会うことがあれば……」


 師匠は神妙な顔で、私に告げる。


「──絶対に近寄るな。いいか、絶対にだ」


 忠告と言うにはあまりにも力強い口調で。

 師匠がここまで深刻な顔をするのは珍しい。

 それだけ、そのレギオンという人物がヤバイということなのか?


「あの……一体誰なんです? その人」


「知らないなら知らない方が良い。変に先入観を持たせたくもないしな」


 いや、そんな言い方をされた時点で変な先入観を持ってしまうんですけど。

 き、気になる……だけど、師匠はそれ以上教えてくれるつもりはないらしい。こうなると絶対に口を割らないからな、この人。頑固さにかけては筋金入りだ。


「ま、他にも魔獣やら盗賊やらも頻繁に出る時期だ。せいぜい死なないように気をつけるんだな」


 最後に言いたいことだけ言って師匠はひらひらと手を振りながら部屋の奥へと引っ込んでしまった。

 本当に自由すぎるだろ……あの人。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ