第238話 繋がる過去
「私が頼みたいことは一つだけです。家の方針もあるだろうから多くは望みません。ただ……皆がこの学園にいる間だけ待っていて欲しい。出来ますか、キーラお嬢様?」
私の真摯な頼みに、キーラお嬢様は、
「はい。勿論ですわ♪」
私の腕に抱きつくようにして、あっさりと了承する。
さっきまでの頑なな態度もどこへやら。貴族の誇りが見る影もない。
「私に出来ることは少ないですが、それでも学園内の風紀を保つことには全力を捧げましょう」
「うん。頼みます。キーラお嬢様」
「もう、さっきから様付けはやめてくださいと何度も言っていますのに。いけずなお方ですわね」
「…………」
うん……責任は取るよ?
責任は取るんだけどさ……相変わらず凄いっすね、『魅了』スキルさん。数ある私の中でも実は一番ヤバイ効果を持っているのではなかろうか。使う機会がなかなか訪れなかったから影に隠れていたけどさ。
「でもよろしいのですか? 劣等血種……新興貴族側の動きを抑えるのを一任してしまって。私達にも関係のある話ですから協力は惜しみませんのに」
「ああ、それは良いんだ。元々私が何とかするって話だったし。当てがないわけでもないしね。ただ、それに関して……」
隙あらば頬ずりしてくるキーラを何とかいなしがら、私は改めてその少女と向き合う。
「ノア。貴方の力を借りたい。良いかな?」
視線の先、引きつった表情でキーラの豹変っぷりを見ていたノアは私の言葉に、
「ああ。構わナイ。ルナには迷惑をかけた。ノアに出来ることならなんでもする」
確かな口調でそう言うと、小さく笑みを浮かべてみせた。
きっと彼女も今回の一件で何かが吹っ切れたのだと思う。そんな晴々とした表情だった。
「心強いよ。ありがとう、ノア」
「別に良い。だってノア達は……その……」
「?」
「と、とと……友達! だからな!」
噛み噛みになりながら顔を真っ赤にして叫ぶノア。
なんだ? 今、どこか恥ずかしがるような要素があったか?
それを見て、キーラも何だかにまにまと笑みを浮かべているし……というか二人の関係って具体的に聞いてないな。
一度腹を割って話した後だ。キーラの人となりもある程度は理解している。だからこそ、キーラとノアの関係が分からなくてその部分をなんとはなしに聞いてみたのだが……
「ノアは貴族家の生まれなんダ。血統的には半分だけだが」
「そして、その貴族家の嫡子が私というわけですわ。私の母がノアの母親の姉に当たりますの。つまり私とノアは従姉妹ということになりますわね」
「従姉妹……なるほど、そういう繋がりだったんだ」
これでようやく納得がいった。
ノアが純血派と繋がっていた理由にもきっとそのあたりの事情が関わっているのだろう。こうなると、もう誰が悪いという話でもなくなってくるな。キーラも話した限り、ただ自分の信じる道に沿って生きていただけのようだし。
(誰かを傷つけてでも大切なものを守る。やってることは結局、私と全く同じだ。だから……私には誰かを糾弾する権利なんてない)
それが分かれば、きっと今後もこの二人と仲良くすることは出来るだろう。
まだまだ課題は多く残っているけど……きっと私達になら出来る。今はそんな気がした。
「ああ、それとルナ。貴方には伝えておかなければならないことがありましたわ」
「え? 私に?」
「はいですわ。以前、ルナに聞かれたマリン・イーガーという人物に関してなのですが……私達の親戚だったということが分かりましたの」
「え……」
マリン先生が……キーラの親戚だった?
「というより、その……」
そこで気まずそうにちらり、とノアに視線を送るキーラ。
その視線を受けて、ノアがゆっくりと口を開く。
「……マリン・イーガーはノアのママ……母親の名ダ」
「…………へ?」
「ノアとしてはお前の口からその名前が出たことが驚きダ。ルナ、どうしてお前はママのことをキーラに聞いたりしたのダ?」
「え、いや、だって……それは……」
え……ちょっと待って。
ノアが……マリン先生の子供だって?
「ノアの母親はその……我が家ではあまり良い扱いをされていませんでしたの。私もその名を家の家系図を辿って始めて知りましたし」
「…………」
マリン先生がイーガー家で良い扱いをされていなかった?
……そうか。そういえばマリン先生がいつか言っていた。自分には才能がなかったと。そのおかげで私はマリン先生に会えたわけだけど本人はそのことをとても悲しげに語っていた。
「ルナ? どうした? どこか痛いのか?」
「……え?」
「何と言うか、その……とても悲しそうダ」
私の顔を覗きこむノアが心配そうに私の手を取る。
その仕草にどこか見覚えがあった私は……
「あ……」
そこで、ようやく気付くのだった。
髪と瞳の色は若干違うけど……この目元なんて、そっくりじゃないか。
(そうか……そうだったんだ……)
ずっと探していた大切な人の影。
ノアがもう一度会いたいと言っていた大切な人は……私と一緒だったんだ。
それが分かった瞬間、私は我慢できずにノアの小さな体を抱き締めていた。
「る、ルナっ!? と、突然どうしたっ!?」
慌てた様子でノアが叫ぶ。
彼女は知らないのだろう。
私がどれほどマリン先生に感謝しているのかを。
「ずっと……探してた……どうやったらマリン先生に恩が返せるのかって……私にとってマリン先生はとても大切な人だったから」
「る、ルナ?」
「やっと……見つけたよ」
そっと体を離し、ノアの頬に手を添える。
狙ってやったことではないのだろうけど、それでも私は感謝せずにはいられなかった。
マリン先生……ありがとう。
私達を引き合わせてくれて、ありがとう。
「? ? ?」
私の言っている言葉の意味が分からず混乱しているノアを前に、私は一筋の涙を零しながら笑みを浮かべる。
この奇跡とも言える出会いに、感謝しながら。




