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吸血少女は男に戻りたい!  作者: 秋野 錦
第4章 王都学園篇

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第233話 黄金の光

 ──『術式複数展開(エル・オーダー)』。

 それは魔術の同時発動不可という大原則を覆す技術の一つ。


 脳内で構築される魔法術式を並行処理することで複数の術式を起動、展開することが出来る。だが、それはつまり頭の中で複数の演算を同時に処理するということ。


 例えるならそれは両手で別々の絵を同時に描くようなものだ。

 縦列ではなく、並列に。常人には単純な四則計算であっても不可能である。

 それを複雑な魔術式でやってのけるというのだから常識の埒外。しかもノアの場合はそれが五つだ。一体どういう脳の構造をしていればそんな複雑な情報処理が可能になるのか……私には想像すらつかない。


 たった一つ、分かることは……


 ──ノア・グレイはまさしく本物の天才だということだけ。


 そして、同時に私の指せる最善手が潰されたことも意味している。


(『五重展開術師(クィーン・ウィザード)』だと……? つまり、ノアは『ノアの箱舟』を五回連続で発動出来るってことか? そんなの……無茶苦茶すぎるだろ)


 だが、目の前で五つの魔法陣を展開するノアの言葉に嘘は見受けられない。

 そもそも魔法陣を展開するということはつまり術式を脳内で構築済みであるということ。同時に五つの術式を展開出来なければ魔法陣も現れることはない。

 つまり……


(マジで五つの魔術を同時に使えるみたいだね……これは、流石にまずいか)


 『ノアの箱舟』により空中を漂うノア。どうやら術式を展開し続けることでそういう使い方も出来るらしい。常時魔力を垂れ流すことになるが……恐らく、この瞬間に勝負を決めるつもりなのだろう。

 そうノアの意図を読んだ瞬間、


「《炎精よ・我が呼び声に応え・燃え盛れ──【フレイミー】》!」


 ノアの魔法陣の一つが紅に輝くと、真っ赤な炎を吐き出した。

 一直線に襲い来る炎の奔流に、私は咄嗟に『月影』を広げ防御した。

 だが……恐らく、ここは回避するべきだったのだ。炎により、視界が埋め尽くされる中、


「《創造せよ・形ある物・その身を以って・敵を切り裂け──【アルケミー】》!」


 私の足元、校庭の土がまるで意思を持ったかのように蠢き、私の『影槍』のようにその鋭利な切っ先をぶつけてくる。


「ちぃっ!」


 上空からの炎幕、下からの剣山。

 これでもまだ、たったの二つ。

 上下からの挟撃をバックステップで回避すると、そこに……


「《望むは白刃・一瞬の閃光・天を裂く・紫電の咆哮・放て──【エル・ドンナー】》!」


 ノアの正面に配置された魔法陣から紫色の閃光が迸る。

 恐らくこれがノアの本命。


 火系統と風系統の混合魔術に分類される雷魔法。

 当たれば神経をやられる。きっとノアは私を物理攻撃で攻めきれないと判断したのだろう。だからこそ雷魔法によって私の動きを阻害することに重点を置いてきた。


(だけど、これなら……っ!)


 かわせないことはない。

 攻撃範囲こそ広いが、速度は『ソーラ』よりもやや遅い。

 後退を続けながら効果範囲を抜けようとする私。その耳元に……


「『ノアの箱舟(ノアズ・アーク)』──起動」


「…………え?」


 唐突に、ノアの声が届く。

 驚き、振り返ろうとするその寸前に、とん……と誰かの手が背中に触れた。

 そして……


「ぐっ……あああああああああああああああああああッ!」


 突然、全身に切り裂くような痛みが襲い掛かった。

 視界が紫電に覆われる。

 これは……まさか……っ!


(私に『ノアの箱舟』を使ったのか!?)


 ノアは私を雷撃の中心に転移するように調整したのだろう。

 確かにこれなら確実に攻撃を当てられる。だが、当てられるとは言え……


(今の私に触れられる距離まで近づくだと!?)


 『ノアの箱舟』が転移させられる対象は術者か術者が触れている物体に限定されている。つまり、私を転移させるには私に触れるしかないということだ。


(ノアの奴……本気で勝負を決めに来てやがる……)


 このまま私の『再生』スキルが働く暇も与えず、勝負を決めるつもりなのだろう。確かに、幾ら『再生』スキルがあるとはいえこれだけの密度の魔術攻撃を食らい続ければいつかは『再生』が追いつかず死に至る。そうでなくてもどこかで意識を失うことは免れないだろう。


「はあ……はあ……くそっ!」


 それが分かっているなら私は防御に徹すれば良い。

 ノアの猛攻を凌ぐだけ。無様でもなんでも逃げ回ればそれだけで良い。

 しかし……


「まだダ」


 ノアの魔法陣から放たれる光の弾丸。雷撃により体の自由を奪われた私は回避も満足に出来ず、右足にその直撃を受けてしまう。


「まだ……」


 続く攻撃はバランスボールほどの大きさの火の玉だった。火は光に続く吸血鬼の弱点の一つ。影を展開して何とか移動を試みるが、その際に掠った右腕が一瞬で炭化した。


「まだ……まだ……」


 ようやく体の自由が戻り始めたその瞬間、再び紫電の雷撃が迫る。

 広範囲に展開されたその攻撃に逃げ場など存在しなかった。『月影』で体を守るように包み込んだが、それでも攻撃の全ては防げない。


「まだ……まだ……まだ……まだ……」


 ダンゴムシのようにその場に丸まった私はノアにとって格好の獲物だ。

 キラキラと空中に光る物体は氷の槍。ノアはそれをまるでゲリラ豪雨のように私の頭上に降り注がせる。


「まだ、まだ、まだ、まだ、まだ、まだ、まだ、まだ、まだ、まだ、まだ、まだ、まだ、まだ、まだ、まだ、まだ、まだ、まだ、まだ、まだ、まだ、まだ、まだ、まだ、まだ、まだ……ノアの全力はまだまだこんなものじゃナイ!」


 ──ドドドドドドドドッッ!!!


 夜の校庭に重機音にも似た重苦しい振動が響き渡る。

 傘のように広げた『月影』に全ての魔術攻撃が集中しているのが分かる。

 全力で魔力を注いではいるが、それ以上にノアの魔力が強すぎる。少しずつ、少しずつこちらの装甲が剥がされていく。


(駄目だ……『影魔法』では防ぎきれないっ……)


 立っていることすら出来ず、その場に膝をつき必死に猛攻に耐える。

 そんな私の様子を見て、ノアが叫んだ。


「諦めろ! ルナ! お前ではノアに勝てナイ!」


 それはまるで悲鳴のように。


「世の中にはどうしようもないことがアル! 幾ら才能があっても、幾ら努力を重ねても届かないことがアル! それはもうどうしようもナイことなんだよ!」


 それはまるで懇願のように。


「だから……だから……」


 搾り出されるノアの言葉に、私はようやく気付いた。


「いい加減……諦めてくれよ……ルナ……」


 ノアの頬を流れる一筋の雫に。

 そうか……そうだったんだ。ノアがずっと私に言い続けた言葉。『諦めろ』。その言葉の本当の意味はきっと……


「ぐっ……」


 ──『もうこれ以上。私にルナを傷つけさせないでくれ』。


 彼女が本当に言いたかったのは……不器用なあの子が本当に伝えたかったのは……きっと……きっと……ッ!


「っ……ああああああああああああああああああッ!!!」


「────ッ!?」


 力を込めろ、魔力を込めろ、魂を込めろ!

 この程度の攻撃で立ち止まるな! この程度の傷で怯むな!


 防御を捨て、『月影』を強引に振り回した私はそのまま魔術の弾幕に突撃する。

 私の体を刃が抉る、炎が焦がす、電撃が突き刺す。

 それでも私は止まらなかった。


「なんでダ……なんで諦めナイ……ノアにはどうやっても勝てナイことが分かってるはずなのに、どうして……」


「どうして、かって? そんなもん……決まってるだろうがッ!」


 体中を襲う痛みすら振りほどき、私は叫ぶ。

 心の奥底から溢れ出すこの気持ちを。


「アリスが泣いていたんだ! マフィの為にって、自分を犠牲にしながらアリスは……泣いてたんだよッ!」


 純血派の人間による攻撃でアリスは傷ついていた。

 それが彼女自身の招いた結果なのだとしても、私はどうにかしてあげたかった。


「クレアは言ったんだ! 学園で良い成績を取ってお爺様に認めてもらうんだって……そう、言ってたんだよっ!」


 だが、それも純血派の妨害によりそれでどころではなくなってしまった。

 彼女の夢が、目標が踏み潰されようとしている。彼女のこれまでの努力が否定されようとしている。

 私にはそんなこと、断じて許容出来なかった。


「だから……私が守るんだ……ッ! 皆がもう一度笑って暮らせるように!」


 ズキズキと頭が痛む。

 それは私に生えた吸血鬼の角が送る痛みだった。

 これ以上進むなと、本能が警告を告げてくる。


「……お前はそんなことの為に、命を賭けるというのか」


「私が命を賭けるには十分すぎる理由だよ」


 私の行動原理なんて単純なものだ。

 もう誰にも悲しそうな顔なんてして欲しくない。これ以上、見ていられないんだよ。だからこれは自分勝手で自己満足な願い。


「だから私を止めるつもりなら、私を殺すしかないよ、ノア。こっちは命を賭けているんだ。ノアにも同じ覚悟を持ってもらう」


「…………そうか」


 私が決して退かないと悟ったのだろう。

 ノアは諦めたような表情で私を見ると……


「なら……殺すよ。どうせ『なかったことになる世界』ダ。ノアには何の未練もありはしナイ」


 五つの魔法陣を同時に展開し始めた。

 それぞれが金色に輝き始め、今日一番の出力で放たれることが分かった。


 それと反比例するかのように虹彩を失っていくノアの瞳。

 彼女はこの世界を完全に見限ったのだ。

 過去へと帰るため、今を捨て、未来を捨て、積み上げてきたもの全てを捨てる。その覚悟を決めたのだ。

 だが……


「甘く見るなよ、ノア。お前は私が絶対に勝てないと言ったな。だけど……」


 私にも私の覚悟がある。

 そう簡単に終わると思うなよ。


「私だって伊達に修羅場を潜ってきたわけじゃない。ノアの魔術に対抗する策はもう用意してあるんだよ」


「ふん。ブラフだな。その満足に動くことすら出来ナイ体で何をする? もうお前は詰んでいるんだよ、ルナ」


「はったりだと思うならそう思ってれば良い。だけど……後で後悔しても知らないからな」


 ゆっくりと体を低く構えた私は全神経を体内の魔力に回す。

 出来るかどうかは分からない。だが、ノアの魔術に対抗する策はきっとこれしかない。土壇場で思いついた私の起死回生の策。


「……どうやら本当に何か策がアルようだな。はっ、面白い。ならばノアはその策ごとお前を打ちぬいてやるさ」


 照準を合わせるように両手をこちらに向けてくるノア。


「これで終わりダ。ルナが死ぬにせよ、ノアが死ぬにせよ……」


 そして……

 私達の闘い、その最後の一撃が放たれる。


「《其は闇を払いし黄金(こがね)の光・照らし・映す・神秘の奔流──》」


 それはずっと私が苦しまされ続けた光系統の単一魔法。

 まずはこれを攻略しないことには始まらない。


「《道往く先に・光あれ──》」


 その為の秘策は用意した。後は……これが通用してくれることを祈るだけ。

 覚悟を決め、その瞬間を待つ。


「《──『グラン・レイ・ヴェル・ソーラ』》!」 


 私とノア、二人の夢のどちらかが潰えるその瞬間を。

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