第22話 謎に包まれし魔女、マフィ・アンデル
「アリス。紅茶の用意をしろ」
「人使いの荒い師匠ね。はいはい、分かりましたよ」
「それからルナ。お前は昼食の用意でもしてこい」
「分かりました」
師匠一人に弟子二人。
新生活は大体そんな感じで幕を上げた。
ここに来てすでに三日経つけど、ようやくマフィの人柄もつかめてきた。この人、基本的にクズだ。
というのも自分では家事を一切しようとしない。掃除、洗濯、料理。この辺は基本にして、集金や電話対応までやらせようとするのだから性質が悪い。
黒電話が鳴る度に私はアリスに涙目で頼っている。
だって知らない人といきなり話せって言われても無理だし……引きこもりにコミュニケーション能力を求めないでください。
でもそんなクズ師匠だけど、魔術の腕だけは確かみたい。
説明の仕方も理路整然としていて、教えるのが専門じゃないみたいなこと言っていたけどそれなりに良い教師だった。
「良いか。魔術、魔法には六の系統がある。すなわち火、水、風、土、光、闇の六種類だ。そんでこの前アリスに見てもらったところ、どうやらお前は闇系統、ついで風系統の魔法に適性があるらしい」
本当なら魔術について詳しく学んだ上で、魔法について解釈するみたいだけど私の場合はその部分をすっ飛ばしていきなり魔法を使っちゃったもんだから説明が大変そうだった。
「ええっと……波長変動やら、魔法粒子の術式変換機能と無意識領域の意識的稼動とかの理論的なところについては……飛ばす。ここから始めてたんじゃ時間がかかりすぎるからな。まずは突貫工事的にお前には魔力の扱い方を覚えてもらう。要は習うより慣れろってことだな」
師匠は確かに説明もうまいんだけど……どうもこの大雑把な性格だけは治らないらしい。
「ただこれだけは覚えておけ。それぞれの魔力系統には特徴がある」
そう言った師匠は私にこれまた大雑把な説明をしていく。
曰く、六つの系統にはそれぞれ独立した機能があり、それらを組み合わせることでひとつの魔術となる。つまり、自分に適性のない魔術はさっぱり使えないということだ。
六系統の特徴はそれぞれ全く違う。
火系統は『変質』に特化した変異属性。
水系統は『付与』に特化した付加属性。
風系統は『移動』に特化した転移属性。
土系統は『固定』に特化した維持属性。
光系統は『介入』に特化した干渉属性。
闇系統は『収束』に特化した収斂属性。
私の場合、風と闇に適性があるらしい。
以前、浮遊現象を起こしていたのは風の転移属性が働いていたからだと師匠は説明した。
「魔術ってのは詠唱やら魔法陣やらである程度力の方向性を決定できる。だが、魔法の場合はそれらの補助なしで一から十まで制御しなくちゃならねえ。そこが魔法の難しいところだな」
もしかしたら将来的には物に触れずとも動かせる念力使いになれるかもと一瞬期待しちゃったけど、どうもそれは難しいっぽい。
「お前があれだけの現象を起こせたのは睡眠中、無意識の内に術式を構成しちまってたからだ。要は半魔術みてえなもんだな。やろうと思ってできるようなもんじゃない。ま、訓練次第でいいとこまでいけるようにはなるだろうけどな」
「師匠、私は魔術師になれるでしょうか?」
「さあ、それはどうだろうな。魔術師になるにはセンスと努力が必要だ。お前の場合は魔力がアホみたいにあるんだから魔法使いを目指した方が早い。その分、できることは減っちまうだろうけどな」
簡単に言うけど、その魔法使いになるのだって相当難しいってのに。
はあ……魔力のコントロールか。難しいな。
「ま、焦ることはねえ。ゆっくり覚えていけばいいさ。俺とアリスがいる間は魔力が暴走したとしても白魔法でいつでもレジストしてやる」
「はい。ありがとうございます」
ちなみに白魔法とは光系統の魔法の総称だ。
特化魔法とか呼ばれている一系統のみの特性を持った魔法。
この場合、光だから『干渉』に特化した魔法ってことだね。
相手の魔力に『干渉』し、魔術や魔法を打ち消す魔法体系。
魔法無効化系能力なんてめっちゃ格好良いけど、私には適性がなくて使えないんだよねー。残念。これはもう風と闇の特化魔法に期待するしかないね。いつ使えるようになるかは分からないけど。
「よし、それじゃあ今日の講義はこれくらいにして……二階のトレーニングルームに行くぞ」
「え゛っ……今日もやるんですか?」
「当たり前だ。健全なる魔力は健全なる肉体に宿る、ってな」
師匠に無理やり連れられ二階へと向かう。
ああ……嫌だなあ、だって師匠ったら本気で容赦ないんだもん。こちとら五歳児だってのに。
「無理はさせねえって。ただお前らは女だからな。生きてりゃいろいろあるもんよ。俺みたいな大人を目指して頑張れ」
途中で拾ってきたアリスと共に師匠のシゴキに耐える。
師匠みたいな大人って……絶対なりたくないんですけど。
私はもっと落ち着いている知的なレディになりたい。師匠みたいなゴリラ女なんて真っ平ごめんだ。
………………はっ!? いやいや、違う! レディになってどうするんだ私! 男に戻るのが私の夢でしょ!?
ふう……危うく本分を忘れるところだった。
最近、マジで自分のこと素で女だと思ってるフシがないか、私よ。
「オラオラ、腕が止まってんぞルナ! しゃかしゃか動けぇっ!」
「は、はいぃぃっ!」
と、とにかく今は訓練に集中しよう! でないと殺される!
「る、ルナ……私はどうやらここまでみたい……」
「アリス……そ、そんなこと言わないで……もう少しで終わりだから……一緒に生きて帰ろう?」
「……ルナ」
「……アリス」
そして、奇妙な友情が芽生え始めていた。
どうやらアリスはアリスで新しく仲間が増えて嬉しいみたい。
「んじゃ、今日の訓練は終了。ルナはすぐに晩御飯作るようにな」
「え、また私ですか」
「うん。だってお前の飯が一番うめえんだもん。やっぱり飯屋のガキは違うな」
「たまには師匠も作ってくれたらいいのに……」
「あ? 何か言ったか?」
「……言ってないです」
絶対聞こえてるよ! 聞こえるように言ったもん!
なのに聞こえないフリまでして……くそう。いいよ。作ればいいんでしょ作れば。あー、腕が痛い。
「私、料理は下手だけど皮むきくらいなら手伝うわよ?」
「アリス……やっぱり私にはアリスしかいないよ」
「な、何よ。そんな嬉しそうな顔しちゃって。勘違いしないでよね、ただ私が早くご飯食べたいだけなんだから」
ツンデレ、っていうか最早デレツン? 思い出したかのようにツン成分を発揮するアリスは普通に良い子だ。
初登場のトゲトゲしい印象どこいったし。
まあ、付き合いやすい子で助かったけど。
「あー。できれば凝った料理とか食いてえよな、ほら、何だっけ。東の方で流行ってる……満漢全席?」
「んなもん作れる訳ないでしょう」
「んだよケチ」
「食べたいなら自分で作ってください。少なくとも私には無理です」
まったく。師匠はどこまで傍若無人なのやら。私も大概内弁慶の自覚あったけど、この人には負けるわ。この人の場合、外の人間にも容赦ないからね。
まあ、それだけの実力があるっていうことなんだろうけど。
あ、そうそう。実力といえば師匠について気になることが一個あるんだよね。
この人、鑑定してもなぜかステータスが表示されないのだ。
そのせいで年齢も得意魔法も何も分からない。まあ、それが普通なんだけど。今まで見えてたものが急に見えなくなるのはとても気持ちが悪い。
でも何で鑑定できないんですか、なんて聞けるわけもないし……うーん。謎だ。今までこんな人会ったことないからよく分からない。
何かの魔法で体を常にガードしてんのかな? 今度それとなく聞いてみよう。
とりあえず……私の師匠、マフィ・アンデルは謎に包まれた天才魔術師ってこと。今はそれだけ分かっていればいい。
「師匠、たまには遊びたいです」
「却下な」
……ついでに容赦がないを追加しておこう。




