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吸血少女は男に戻りたい!  作者: 秋野 錦
第4章 王都学園篇

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第223話 炎に包まれて

 これまで私は吸血鬼としての自分について深く考えたことはなかった。

 さも当たり前のように"彼女"はそこにいて、私の一部になっていたからだ。吸血モードになることで新しい自分を見つけたような気分に浸っていたことは紛れもない事実。


 だけど、私はそのことを特段おかしいとは思わなかった。

 性格が変わり、普段の私では絶対に出来ないようなことをしてくれる"彼女"。きっと私は"彼女"に縋っていたのだと思う。そうしなければ生き残れなかったにしても、私はもっと注意深く接するべきだったのだ。

 もう一人の自分とも言うべき"彼女"……吸血モードの自分に対して。



---



「クレアお嬢様。支度は整いましたか? そろそろ学園に向かいましょう」


 太陽が本格的に活動を始める時間帯。私はクレアの私室の前でいつものように登校時間の到来を主人へと伝えていた。


「ふわあ……眠い……ねえ、ルナ。何も毎日毎日、登校する必要はないと思わない? たまには休まないと太陽だって沈んじゃうわ」


「太陽が沈んだら人類は終わります。お嬢様も将来この国を引っ張っていかれるお方なのですから、泣き言は私の前だけにしてくださいね」


「ふふ、ルナは私をやる気にさせるのが上手ね」


 朝にとことん弱いクレアお嬢様はきっちりと着こなされた制服姿で通学用の鞄を持って現れた。無言のまま鞄を受け取り歩き出す私達。


「今日の最初の授業は何だったかしら」


「確か魔法工学だったかと」


「ああ。あの眠たくなる奴ね」


「先に言っておきます。もし寝たらしっぺですからね」


「ぼ、暴力反対っ!」


 真面目なクレアが居眠りなんてするとは思わないが一応念のため。

 このお嬢様は時たまとんでもないポカをやらかすからなあ。目が離せない。


「……っと、お嬢様。もう少しこちらに」


「?」


 きょとんとした顔のお嬢様の体を軽く引っ張り、私の後ろ側に回す。

 通学途中、私は周囲に全力で注意を注いでいるのだが、先に見える路地から誰かが走ってくる音が聞こえたのだ。一応の警戒としてクレアを下がらせたのだが……


「……あれ? デヴィット?」


 息を切って私達の前に現れたのは私の幼馴染の一人、デヴィットだった。


「どうしたのよ。そんなに急いで。何かあった?」


「はあっ……はぁっ……よかった。見つかった……」


 深刻な表情でこちらに向かってくるデヴィットにただでもない様子を感じ取る。何か……よくないことでもあったのか?


「ルナ、大変なことになった。急いで月夜同盟の部室に向かってくれっ」


「ちょっと落ち着いてデヴィット。一体何があったの?」


「説明してる時間も惜しい。行けば分かるからとにかく急いで!」


「……お嬢様」


「ええ。分かってるわ。ただ事ではなさそうだし……走るわよ、ルナ」


「はいっ!」


 主人の合図と共に、私達は駆け出した。

 クレアは最近習得しつつある纏魔によって、私は纏魔を利用して……と思わせた吸血鬼の素の身体能力で大地を蹴る。


 魔術師の身体能力は常人のそれを超越している。

 普段なら20分近くかけて歩く道をあっという間に走破した私達はそのまま部室棟へと向かうことにした。そして……


「なに……これ……」


 私達は、見た。


「何だよ……これはッ!」


 登校途中の生徒達が集まった部室棟で、私達が過ごした月夜同盟の部室が今、まさに……赤々と、燃え盛っていた。

 天まで届きそうな黒々とした煙はその火の勢いを物語っている。咄嗟に周囲を見渡した私は見覚えのある赤髪を見つけると、咄嗟に詰め寄っていた。


「師匠っ!」


「……ルナか」


「これは何ですかっ! なんで、こんな……っ!」


「落ち着け。俺も今来たところなんだ。ま、何が起きてるのかなんて見れば分かるがな」


 そう言って暢気にも煙草に火をつけ始める師匠。

 この人はっ……くそっ!


「何をぼけっと見てるっ! 手の空いてる奴は手伝えっ! すぐに消火するんだっ!」


 この世界には消防などという組織は存在しない。火消しと呼ばれる職業の者がいると言うことは聞いたことがあるが、そんなものを待っていたらどんどん火が大きくなることは明らかだ。

 周囲の人間に呼びかけながら私自身も消火の方法を探す。

 だが……


「くそっ……グラハムさんがいれば何とかなったかもしれないのに……っ」


 ここまで大きくなってしまった火の手を止める手段を私は持っていなかった。

 それは特段思い入れのある場所ではない。足を運んだのだって数回程度のものだ。だけど、そこは……その場所は……っ


(皆が集まる場所だったんだっ! 皆が笑って過ごしていた場所だったんだっ!)


「ぐっ……誰かっ! 魔術で消せないのかっ!? 誰もでも良いっ! 誰かっ……」


 必死の思いで助力を請う。

 だけど……私の声に応えてくれる人物は誰もいなかった。

 それも当然と言えば当然。魔術は何でも願いを叶えてくれる奇跡の技ではない。都合良く、火を消すためだけの魔術を持っている学生なんているわけがない。


 だから……


 私にはただ眺めていることしか出来なかった。

 灰に、墨に、無に変えられていく月夜同名の部室を。

 眺めていることしか、出来ないのだった。

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