第222話 ノアストップ
「ごめんね。折角集まってもらったのに」
「人が増えればこういうこともある。顔合わせが出来ただけでも十分だ。今後の方針も大体決まったしな」
アリスが出て行った後、私たちは微妙な空気のまま会議を続けた。
そして、程なく解散と相成ったわけだが、主催者というかみんなを集めた立場の私からしたらこの終わり方は申し訳がなかった。
私の微妙な表情を読んでか、セスも気を利かしてくれているし。
「そういえば、セス達はこれからどうするの?」
「ひとまずはお嬢の判断待ちだな。今のところフリーに動けるのは俺たちだけだし、情報集めやらいろいろやっておくつもりだが……そっちはあまり期待しないでくれ」
「ああ、うん。その辺は分かってるから」
カレンもクレアと同じく新興貴族の家の出だ。ほかの貴族との強いパイプは持っていないのだろう。
「だが、今回の件で少し考えが変わった」
「え? アリスのことで?」
「いや、そっちじゃなくてお前らがどんな立場にいるのかってことでだ。クレアお嬢様がいなけりゃもしかしたら、その立場にいたのはうちのお嬢だったのかもしれないと思ってな」
「それは……」
その可能性は正直高いと思う。
貴族になんてそう簡単になれるものでもないのだし、今のクラスを見てもクレアとカレン以外に新興の貴族家はほとんどいない。中堅貴族くらいならいくらでもいるけどね。
「特にうちの家名は悪い意味で知られすぎてる。お前からの協力要請だったが、俺も本腰を入れて取り組むことにするよ」
そう言ってセスは珍しく笑みを浮かべた。
「……お嬢に危害を加える奴は俺が全員ぶちのめす」
獰猛な肉食獣を思わせるようなその笑みを。
最後の一言は独り言だったのだろうが、吸血鬼の聴覚はしっかりとその言葉を聞き分けていた。どうやらセスにはセスでどうしても守りたいものがあるらしい。
まあ、そうでなければあの年でカレンお嬢様の側近なんて出来ないか。
私がセスの評価を内心で上方修正していると、くいくいと服の袖を引っ張られる感覚。振り向くと、そこにはいつものように眠たげな目つきで私を見るノアの姿があった。
「ルナ、少しいいか?」
「どうしたの? 何かあった?」
「確認しておきたいことがアル。誰もいないところでダ」
真面目な口調のノアに、私はセスに別れを告げて部室を後にする。そのまま校舎裏につれてこられた私にノアが尋ねる。
「ルナは吸血鬼であることを他の人間には言っているのカ?」
「え? ……いや、知ってるのはノアとアリスだけだよ」
「そうか……分かった」
私の答えにノアは複雑な表情を見せた。
私が吸血鬼であることを知る数少ない人物であるノア。彼女にはいろいろな面で負担をかけてしまうだろう。
「あれから吸血鬼に関してノアなりに調べたことがアル。例えば……そうだな。吸血鬼と呼ばれる種族は全て闇系統に特化した魔術は使えるらしい。ルナは知っていたか?」
「いや……知らなかった」
吸血鬼という種族はとてつもなく希少だ。だから、他の吸血鬼の情報を集めることがなかったのだが……そうか。そういうところでも吸血鬼の特徴ってのはあるのか。
「他にも特異な魔法を幾つか持っているらしい。体を変化させる魔法。自分の傷を瞬時に癒す魔法。他人を操る魔法。それと……眷属を生み出す魔法とか、ナ」
ノアの上げた魔法には幾つか心当たりがあった。
私がスキルと読んでいるあれらは詠唱を必要としないため、周囲から見れば魔法のように見えるのだろう。魔力を使って発動しているため、全くの的外れというわけでもない。だが……
「眷属を作る魔法?」
ノアが挙げた最後の魔法だけは心当たりがなかった。
「ああ。その様子だとルナは知らないようだナ。だが、その方が良い。眷属を作るにはかなりの体力を消耗するらしいからナ。それより知っておいたほうが良いのは吸血鬼の弱点ダ。太陽光が苦手というのは体感しているだろうが、吸血鬼を殺す方法は他にもある」
「それは血を吸う前なら幾らでもあると思うけど……」
「血を吸った後にも、ダ。傷を治す魔法があったとしても、吸血鬼には最大の弱点がある。首を落とされても、四肢を千切られても死なナイ吸血鬼だが……唯一、心臓だけは例外ダ。そこは潰されると魔力の循環が停止して死に至る」
「なっ……!?」
「流石に驚いたか。不死身と呼ばれる吸血鬼にもやはり弱点は……」
「私……首を落とされても死なないんだ……」
「あ、そっちカ」
以前、魔物に首を落とされそうになったことがある。
あの時は流石にまずいと思って必死に回避したものだが……そうか。私は首を切られても死なないのか。はは、やばいな。いよいよ人間離れしてきやがった。
……いや、もともと人間じゃないんだけどさ。何と言うかこう、感覚的に?
それが出来ちゃったら人間離れ人間みたいなところあるじゃん?
「だから守るなら脳ではなく心臓だナ」
「分かった。肝に銘じておくよ」
ノアの持ってきてくれた情報は私にとって目新しいものばかりだ。それだけ私が自分の出生、吸血鬼という種族に対して無頓着だったということなのだろう。
「それと……これは言うべきかどうか迷ったんだが……」
視線を逸らし、歯切れ悪く言葉を紡ぐノア。
なんだよ。そこまで言ったなら言ってくれよ。気になって夜しか眠れなくなるじゃないか。
「うん。やはり危機意識は持つべきだナ。ルナ、いいか。よく聞け」
私の祈りが通じたのか、どうやらノアは打ち明ける気になってくれたようだ。
だが……
「お前はもう……二度と血を吸うな」
「…………え?」
ノアが私に告げたその言葉は、予想だにしていなかったものだった。
「血を吸うなって……え? ど、どうして?」
「吸血鬼は動物の血を吸うことでその性能を極限にまで高める。その時に脳内に発生する快楽物質は人の身には想像も出来ないものらしい。一言で言えば中毒性、依存性があるのダ。言ってしまえば吸血鬼にとっての血液は人間でいうところの麻薬のようなものらしい」
「それは……っ」
ノアの言葉を咄嗟に否定しようとして、言葉に詰まる。
これまで何度も吸血モードになってきた私には分かる。分かってしまうのだ。確かに吸血モードになった時はとてつもない全能感に支配されている。中毒性があるとまで言われると首を捻るが……確かにあの状態が危険であることは分かる。
「血を吸い続けた吸血鬼はやがて血に支配され、鬼となる。つまり……人の姿に戻ることが出来なくなる、ということらしい」
「…………ッ」
人の姿に戻れなくなる、だって?
そんなことになったらもう終わりだ。吸血鬼は長耳族や獣人族以上に危険視されている種族。この国には最早いられなくなってしまうだろう。
「血を吸うことの危険性が分かったか? 分かったならお前はもう二度と血を吸うナ。そうすれば少なくとも鬼になることはナイ」
突然言い渡された血の恐怖に、私は何も言葉を返すことが出来なかった。
それだけ頭の中が混乱していたのだ。吸血衝動や、血に狂った私の記憶。もしかしたら自分はもう手遅れなのではないかと言う不安。
その時、私は初めて自分の中に住む鬼を"怖い"と思った。
これまで何度も助けてもらった吸血モードの自分が、まるで全く別の存在にでもなったかのような感覚。不安感が私の中に生まれていた。
「……心配するナ。ルナは友達ダ。何かあったらノアが守る。だから……ルナはもう、戦わなくていい」
私の手を取り、真っ直ぐに私の瞳を見つめてそう言ったノア。
それに対し、私は……
「ありがとう……ノア」
まるでテーブルから落ちたナイフに咄嗟に手を伸ばすかのように、ノアの手を握り返すのだった。




