第221話 喧嘩するほど仲が良い……とは言っても例外はある
私が他人の手を借りることを決めて数日後。
月夜同盟の部室に、そのメンバーは集まっていた。
「良し。それじゃあ早速今後の方針について確認していこう」
私の言葉に頷くのはこのサークルの正規メンバーであるイーサン、ニコラ、デヴィット、アンナの幼馴染組に加え、アリス、クレア、カレン、セス、ノアの学園同期のメンバーだ。
私を含めて10人。
なんとも豪華な面子になったものだ。
「始めて会う人も多いと思うけど、この場にいる全員を私は信頼してる。変に意識しないで力を合わせて欲しい」
アリスとクレア、ノアとクレア、イーサンとクレアと相性が悪いことが発覚している組み合わせもある。そこは私が仲裁に入ってあげなければ。
というか改めて考えるとコミュニケーション下手すぎるでしょう、クレアお嬢様。この場のかなりの人間と一度は喧嘩しているじゃないか。
私やカレンからはとことん好かれる性格をしているのに……なぜだ?
あ、プライドが高すぎるからか。
「力を合わせるとは言うけど、具体的にどういう方針を取るつもりなのかしら?」
そして、その件のお嬢様は私の言葉に真っ先に声を上げていた。
今回の事件の中心的立ち位置なだけに、自然と持ち前のリーダーシップを発揮しているのだろう。
「まず、放っておけないのがマフィ・アンデル教授です。彼女が純血派の掃討に動き出せば私達の取れる手がなくなります。純血派との決裂も決定的なものになるでしょう」
まずは自分たちの状況を認識してもらうため、危機意識を持たせるような言い方をしたのだが、それに対し反論してきたのがアリスだった。
「マフィがすぐに動く可能性は低いと思うわ。殴ってどうにかなるような問題じゃないし。仕込には相当な時間がかかるはずよ」
アリスには今回、かなり無理を言ってこの場に来てもらった。
誰かの手を借りるのが嫌いなアリスにとって、この場の全員が信用ならない相手なのだと思う。それでもきちんと情報を隠したりしないあたりに、アリスはアリスで思うところがあるのだろう。
「マフィの家にはルナの家族もいるし、派手な行動は取れないわ。するにしても動向を監視するくらいが関の山でしょうね。誰か出来る人はいる?」
「そっちは僕がやるよ。この中で一番時間の融通が利くのは僕だろうしね」
「それならアンナも手伝いますっ」
アリスの言葉に、ニコラとアンナが続く。
幼馴染のメンバーにはすでにアリスのことは伝えてある。同時に、出来るだけフォローして欲しいということも。亜人に対して反感が全くないとは言えない様子だったけど、彼らは私の頼みを快諾してくれた。
これで少なくともアリスだけメンバーの中で浮くと言うことはないだろう。
しかし……
「ちょっと待って。それより先に確認するべきことがあるでしょう」
誰もがアリスに対して友好的なわけではない。
話を止めたクレアお嬢様は真っ直ぐにアリスへと疑いの視線を向けていた。
「そこのエルフはどうして我が物顔でこの場に居座っているのかしら? 今回の騒動の原因はほとんど貴方にあると言ってもいいはず。まずはきちんと謝ることからすべきじゃないの?」
「エルフじゃない。私はハーフエルフ」
「どっちでも同じよ。貴方がやらかしたことに違いはないのだしね。一体、どういうつもりで純血派との関係を悪化させるような真似をしたのか、まずはそこから説明しなさい」
鋭い口調でアリスを問い詰めるクレア。
確かに彼女の言いたいことは分かる。エレノアとアリスの決闘はその結果を含めて学園中の人間が知るところだ。純血派との関係の悪化。それをもたらしたアリスは純血派との講和を目指す私達のグループにいるのは確かに不自然。
「答えなさいよ、アリス・フィッシャー。でなければ私は貴方と行動を共にすることを決して認めはしない」
アリスの真意へと迫るクレア。
それに対するアリスの答えは実にあっさりとしたものだった。
「今回私がしたことに関して私は何一つ謝罪するつもりはないわ。そして、どうしてそれをしたのかを答える気もない」
「なっ……」
クレアの問いを一蹴したアリス。
「貴方……それはつまり、もう一度同じ状況になった時にまた同じ過ちを繰り返すということかしら?」
「過ちなんかじゃないわ。私はいつだってマフィのために行動している。それが正しいことだと私は信じているのよ」
「その結果がこの状況なんでしょうが! 周りの人間を危険に晒しておいて、知りませんなんて言わせないわよ!」
「それこそ知ったことじゃないわね。私の優先順位はすでに決まってる。私のせいで貴方が死んだとしても私は全く構わないもの」
「……っ」
先日にも似たような論調の言葉を聞いた。
アリスの考え方はどこか師匠と被るのだ。価値観というか、考え方というか、根本的な部分でアリスと師匠は良く似ているのだと思う。いや、似ていると言うよりは……寄せている、のか?
「どれだけ自分勝手なのよ、貴方」
「別に普通だと思うけど。誰だって選択を迫られればより大切なものを選ぶに決まっているもの」
おっと、今は性格分析なんてしている場合じゃなかった。このまま放っておけば喧嘩し始めそうな勢いだ。口喧嘩という意味ではもう手遅れだけど最初の顔合わせからいきなり騒動なんてのは流石にごめんだ。
「二人ともちょっと落ち着いて……」
「ルナはそれで良いの? 貴方が心を尽くした相手が貴方のことなんてどうでも良いと言ってるのよ? それで貴方は許せるの?」
「どうでも良いなんて言ってないでしょう。私の言葉を勝手に曲解しないで」
「だから結果は同じじゃない! 貴方はもっとルナのことを考えるべきよ!」
私が打ちひしがれたあの夜のことを知っているからだろうか。私のことを気遣ってくれるクレアの言葉は純粋に嬉しい。こういう風に誰かの為に怒れるクレアを私は本当に尊敬するよ。
だけど、それも結局は優先順位の問題なのだ。
「勿論、ルナのこともちゃんと考えているわ。だけどこの学園にやってきたのはルナの意思で、今回の問題に自分から首を突っ込んだのもルナ。それに対して私が負う責任なんてないと思うけど?」
客観的に考えればアリスの言うことは全くの正論だ。
恐らくこうなることを予想して私に学園のことを話さなかったのだろうし、学園で私との関わりをずっと避けていたのも今思えば妥当な対応だったと思う。
だけど……
「なら貴方にこの場所にいる資格はないわね。さっさと出て行ってくれるかしら?」
クレアにとってその思想は受け入れられるようなものではなかったようだ。侮蔑の視線をアリスに容赦なく向けている。
「……はあ」
それに対しアリスは深い溜息を漏らしてその腰を浮かした。
「アリスっ、ちょっと待って!」
「いいのよ、ルナ。私がここにいても話をややこしくするだけみたいだし。実際、方向性の違う私がここにいるのは変だもの」
何とか引き止めようと声をかけたが、それでもアリスは止まらなかった。
妙な気まずさが空気を重くする中、月夜同盟の部室から静かに退出して行くアリスをその場の誰もが黙って見送ることしか出来ないのだった。




