第220話 孤高も孤独もボッチには変わらない
カレンとセスという強力な助っ人を得た私達は意気揚々と次の助力を求めて動くことにした。しかし……そこで私達は気付いた。この作戦における絶対的な落とし穴。どうしても目を逸らすことが出来ない、その残酷な真実に。
「頼れそうな人が……他に、いない」
そう。その残酷な真実とは、クレアお嬢様の絶望的な交友関係の狭さにあった。クラスでも休憩時間は基本的に自習、復習。他の生徒との交流なんて一切無視する唯我独尊なそのスタイルが今、完全に裏目に表れてしまっていた。
「そんな……友達なんて何の役にも立たないと思っていたのに……まさか、こんなことになるなんて……」
自分の過去を振り返り、orzのポーズで絶望するクレア。
そんな我が主人の醜態を私はどうしても放ってはおけなかった。
「お、落ち着いてください! お嬢様! まだ当てはあります! 私の知人に頼れそうな人がいますから、その人に頼んでみましょう!」
「ふふ……従者に交友関係の広さで負けるなんて……主人失格ね、私」
ああっ、更に落ち込んでしまった!
確かに私の方が知り合いは多いと思うけど!
「く、クレアお嬢様。友人は数ではありません。頼りにならない友人100人よりも、本当に困っているときに助けてくれる一人の親友を見つけるべきです。そういう意味ではすでに、お嬢様には力強い味方がいるではありませんか」
「っ、そ、そうね。そうよね。頼りにならない友人なんて必要ないわよね!」
「はいっ、その通りです!」
頼りにならない友人が必要ないというのはいくらなんでも極論だと思ったが、ボッチのお嬢様をこれ以上いたぶるわけにもいかない。というか、今までの反応で分かったけどやっぱり友達いないの気にしていたんじゃないか。妙なプライドさえ捨ててしまえば友人の一人や二人くらいすぐ出来たはずなのに。
「それで? ルナは誰に頼るつもりなの? 言っておくけど、誰が純血派の人間か分からない以上、下手な人間には頼めないわよ」
「ああ、それは大丈夫です。純血派の人間でないことは確定していますから」
純血派の人間は古くから続く貴族の家系に属している。そういう事情もあったからカレンのところに真っ先に向かったのだが、純血派の疑いをしなくていいと言う意味では他にももっと適任はいる。
「……ルナ。その人ってもしかして……」
私の物言いでクレアも察したらしい。とても形容しがたい表情を浮かべていた。それでも何とか表現するなら青汁を鼻から流し込まれたかのような表情、とでも言うべきだろうか。
「はい。ですから交渉には私一人で行きます。お嬢様はそれまで適当な場所で時間を潰して頂ければ……」
「それは駄目よ。伝言ならともかく、こんな重要な話を従者の貴方を通して伝えたのではこちらの信用に関わるわ。それに単純に失礼でしょう。こちらはお願いする立場なのだから、それなりの誠意を見せないと」
「……ですね。では、一緒に参りましょう」
なんていうのかな。やっぱり私はクレアのこういうところが大好きだ。
貴族としての体面があるとしても、やっぱりクレアの行動原理はどこまでも誠実なのだ。自分で正しいと思ったことを決して曲げない強さがある。
「それでルナは彼女がどこにいるのか知っているの?」
「この時間ならたぶん、あそこかと」
「あそこ?」
「はい」
きょとんと首を傾げるクレア。そういえば、彼女はまだ行った事がなかったんだっけか。それなら私が案内してあげないとね。今ばかりは、主人の前を私が歩くとしよう。
「ご案内します、お嬢様。学外に出ますので、周囲には十分ご注意くださいませ」
「ええ、分かったわ」
人通りも多いこんな時間帯にいきなり襲われるなんてことはないだろうけど、それでも注意しすぎるということはない。私自身も五感を研ぎ澄ませてお嬢様の護衛としての任務に従事する。
そうして辿り着いたのはこれまで何度か訪れたことのある小さな研究室だった。つまり……
「ふむ……なるほどナ。確かにノアは純血派とは関係がナイ。なにせただの平民だからナ。頼る人材としては適切だろう」
ノア・グレイ。
彼女こそが私が最も頼りになると判断した人物だった。
「個人的にもルナの助けにはなりたい。だが、得られる信用に対するリスクが大きすぎる。おいそれと頷くわけにはいかナイな」
う……やっぱりそうくるか。
ノアは頭が良い。私達の話をきちんと理解して、メリットデメリットを計算することができる。彼女の協力を得るなら、こちらも賭け金を上乗せする必要があるだろう。
「もしもノアが手伝ってくれたら私も貴方の研究に全力を尽くすよ」
「それは元々金銭契約で保障されていた内容のはずダ。今更、引き合いに出すのは筋違いというものだろう」
「な、ならその契約金を打ち切ってこっちの協力で再契約するってのはどうかな?」
「んー、別にノアは金に困っているわけではナイしなあ。特に魅力を感じる条件でもナイぞ」
ぐっ……一筋縄ではいかないと思っていたが、なかなかどうして交渉慣れしているな。雰囲気から余裕を感じる。さすがはすでにプロの魔巧技師として活躍しているだけのことはあるね。
「なら……どういう条件なら手伝ってもらえる?」
「ハハッ、白紙の契約書にサインするカ。それは交渉としては最悪手だぞ、ルナ」
「それだけこっちも切羽詰ってるんだ。もちろん、何でもってわけにはいかないけど要望には可能な限り答えるよ」
「ま、それはそうだろうナ。話を聞く限り、そこの貴族様の状況はかなり悪い。明日には死んでてもおかしくナイだろう。だが……」
ノアはそこでちらりと視線は私の隣に立つクレアへと向けると、
「さっきから黙りこくってる貴族様としてはどうなんダ? 説明も全部ルナに任せているし、本当に切羽詰っているようには見えないのだが?」
「うっ……」
クレアお嬢様……やっぱりノアのことは苦手なんですね。
来る前は立派に貴族としての立ち振る舞いを見せていたのに、ここに来た途端に顔が引きつっていたからなあ。
「人に頼み事があるなら、自分の口で言うべきなんじゃナイか? ん?」
そしてノアはノアでクレアが嫌いみたいだ。
前に喧嘩してから仲直りしていないのだろう。
含み笑いを表情に滲ませるノアに、私はようやく彼女の狙いを悟った。
「お、おねが……ます。私に……」
「よく聞こえナイぞ。もっと大きな声で言ってくれ」
ついににやにやと楽しげな表情を隠そうともしなくなったノア。
彼女はクレアを苛めて楽しんでいるのだ。助力の条件なんて本当はどうでも良いのかも知れない。大人気ないと思ったが、実際ノアはまだ子供だった。こちらはお願いする立場なのだし、ここはクレアに我慢してもらうしかないだろう。
「お嬢様、頑張ってください!」
プライドの高いお嬢様のこと。平民に、しかもあれだけ嫌悪していた相手に頭を下げるのは精神的に辛いはず。少しでも力になればと送った声援が決め手となったのか、クレアお嬢様は顔に真っ赤にしたまま、
「お願いします! 私に力を貸してください!」
仇敵とも言うべき相手に対し、頭を下げてそう言った。
「うむ。実に気分が良い。ノアに出来ることなら力を貸してやろう。だが、この借りはいずれルナに返してもらうからナ」
そして、私には私でなにやら怖い条件が出されていた。
だけどまあ、この少女の力を借りれるというのならそれも安い取引だろう。
こうして私達は一つの借りと、クレアの尊厳を犠牲に最強の助っ人の力を借りることに成功するのだった。




