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吸血少女は男に戻りたい!  作者: 秋野 錦
第4章 王都学園篇

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第218話 黙っていればの典型

 まずは状況を整理しよう。

 アリスとクレアが純血派の連中に狙われている。これは確実だ。そして、その火種を師匠が吹かしていることも。


 今の私の実力では師匠を止めることは出来ない。そして、転生者である彼女を止められるような人間は学生レベルにはいないだろう。


 ということは、現状師匠に対して打てる手がないということになる。彼女が純血派との抗争を望んでおり、そのためにアリスが自分を犠牲にしようとしているのなら、それを止める方法は実質一つしかない。

 つまり……


(師匠達が仕掛ける前に……純血派との講和策を実現させること)


 片方が止まらないならもう片方を止めてしまえば良い。

 もちろん、その障害となる壁は多い。

 まず純血派と接触することが難しい上、彼らが講和に賛成してくれる保障がない。むしろ、師匠のように貴族を目指す人間なんて排除しようとするのが当然だろう。


(ニコラ達の力を借りれば純血派を見つけることは出来るかもしれない。だけど、そこから先がない。まずはここをどうするかを考えないと)


 私と同じ力を持っていた師匠。彼女を止める手立てがない以上、私に残された道はそれしかない。


(まあ、仮に私が師匠を止められるだけの力を持っていたとしても結果は変わらなかったと思うけど)


 いざとなれば師匠には強力な人質がいるのだ。現在、師匠の家で働いているティナ。厄介になっているルカとシアも同時に私にとって強力な切り札となる。


 師匠が直接手を下すまでもない。ただ三人を家から追い出すだけで私たちの立場は非常に厳しいものになる。まさか、師匠がそこまで考えて自宅に連れ込んだとは思わないけど……いざとなれば、師匠は彼女達を切るだろう。


 人質としての価値がある間はそんなことにはならないだろうけど、それは同時に私が師匠に対してこれ以上のアクションが行えなくなることを意味している。


(師匠には『鑑定』がある。だから、私が自分と同じ転生者であることにはずっと前から気付いていたはずだ。自分の目的の邪魔になるかもしれない私への対抗策としてティナ達を囲っていた可能性はある、か)


 師匠の性格的にティナ達を人質として扱う可能性は低いとは思う。実際、直接私を殺そうとしたくらいだしね。だけど、彼女にはそれが選択肢として許されている。

 今後は一切、迂闊な行動は取れなくなったってことだ。


 一体、どこまでが師匠の思惑通りだったのやら。結果的には師匠を止めようとするのは大悪手だったってわけだ。師匠が転生者だったことも含めて完全に予想外だったね。


 だけど……情報は集まった。

 グラハムさん、アリス、師匠。

 あの口の堅い三人からようやく本心を聞き出せたのだ。後は動くだけ。懸念点があるとすれば……やはり、ここにきて師匠の動きが読めなくなったことだろう。


(師匠の求めているだけの大金が用意できれば良かったんだけど……それは私には無理な相談か)


 たとえ私が今後の一生を捧げたところで賄えるような金額ではないだろう。もう一度奴隷になるのなんてのもごめんだしね。今の私にどれだけの値がつくのかは分からないけど。


「…………」


 それと懸念事項はもう一つある。

 師匠は知っていた。

 私が転生者であることを『鑑定』で知っていた。


 だけど……同時に師匠は他のことにも気付いていたはずだ。『鑑定』が使える師匠には唯一、出会ったときから私が吸血鬼であると、分かっていたはずなのだ。


(ずっと疑問だった。山賊に襲われた理由。一体、どこから私の情報が漏れたのか)


 私は誰にも自分が吸血鬼であることを明かしていない。だから、それは私しか知らないはずの情報なのだ。ずっとそう思っていた。だが……例外がいた。


 自分の研究のためにお金を必要としていた師匠。

 山賊に捕まり、高値で売られた私。

 どうしても無視出来ない状況がそこにはあった。もしも……もしも、私を売ったのが師匠だったとしたら……私は……


「ルナ……おい、ルナ!」


「……え?」


 呼ばれる声に視線を上げると、そこには心配そうにこちらを見るイーサンの顔があった。


「大丈夫かよ、お前。顔色悪いぞ」


「えっと……うん。大丈夫。ちょっと考え事してただけだから」


 手を振りながら無事をアピールする私。

 そうだ。それは今考えることじゃない。今は他に優先すべきことがある。


「大丈夫ならいいけどよ……何かあったらすぐに言えよ? また前みたいに運んでやるから」


 前みたいに? ……ああ、イーサンと始めて会った時のことか。懐かしいな。


「あの頃から変わらないね。イーサンは」


「そうか?」


「うん。あ、でもさっき私のこと名前で呼んでくれたね。今までずっと白い子白い子言ってたのに。てっきり私の名前を覚えてないのかと思ってたよ」


「んなわけあるか。ただ、お前はなんつーか……うん。白い子なんだよ」


「なにそれ」


 理由になってないイーサンの言葉に思わず笑みが漏れる。

 ああ、そうだ。名前と言えばイーサンに聞いておきたいことがあったんだった。


「そういえば、イーサン。貴方、名前を変えたの?」


「ん? 何のことだ?」


 私の問いに、きょとんとした表情を返すイーサン。うん、今のは私の言い方が悪かったか。もっとイーサンにも分かるように話してやらねば。


「師匠からイーサン・イーガーって呼ばれていたでしょ? 孤児院にいた頃は苗字なんて持っていなかったと思うのだけど」


「ああ。そのことか。いやな、入学する時に苗字を持っていた方が何かと便利だからって言われて付けたんだよ。俺とニコラとデヴィット。今は全員イーガー姓を名乗ってる」


「アンナは?」


「あいつは元のミューラーの姓に戻したぞ。ちょっと迷っていたみたいだけど、戻せる名前があるならそっちの方が良いってニコラが言ってな。それで決心したらしい」


 なるほど。

 確かに学園だと苗字で呼ばれることも多いし、一発で孤児院の人間だと分かる名前のみってのは避けるべきなのかもしれない。だけど……


「それ、マリン先生は許可してたの?」


「してねーよ。俺らが後で勝手につけただけだからな。でも、マリン先生ならこれくらい許してくれるだろ。俺達もどうせなら愛着の持てる名前が良かったしな」


 まあ、確かにマリン先生なら否とは言わないだろうね。

 あの人は優しいから。むしろ、自分と同じ苗字にしてくれたことで喜ぶかもしれない。


「あ、でも苗字で俺達のこと呼ぶなよ。誰のこと言ってんのか分からなくなるからな」


「呼ばないけど、そんなに不便なら別々の苗字にすればよかったのに」


「学園での通りを良くするためだけにつけた苗字だからな。実用性はそこまで求めちゃいねーんだよ」


「通りねえ……そういえばイーサン。貴方、他にも随分と格好良い名前で呼ばれていたじゃない?」


 私にとって初耳だったイーサンの通り名。

 優秀な生徒に渾名が付くのは分かるが、それにしたって格好付けすぎだと思う。名が売れるってのは良いことなんだろうけどね。


「ははっ、格好良いだろ。俺も有名になったってことだな」


 しかし、当の本人は緋色の剣士なんて言う大仰な通り名に大変満足している様子だ。私だったら恥ずかしくて引きこもるまであるってのに。


「とは言ってもまだまだ名前負けしてるんだけどな。名は体を表すって言うだろ? だから俺もその名前に恥じない男にならねーとな」


「それならもうなってるでしょ。緋色の剣士」


 赤々と燃えるあの剣を掲げるイーサンは確かに緋色の剣士と呼ぶに相応しい姿だった。目立つという意味でもあれほどの剣はなかなかない。


「いや、まだまだだ」


 しかし、本人はそれでもまだ足りないと言う。


「そうなの?」


「ああ。俺にはまだ実績がないからな」


 ほう……なかなか謙虚なことを言う。当代主席となれば、それだけで天狗になってもおかしくないと思うのに。

 どうやらイーサンは見た目だけでなく、内面も成長しているらしい。


「それなら私のこともきちんと守ってね。頼りにしてるから」


「おう。任せとけ。ヒーローの名に恥じない活躍を見せてやるぜ!」


「はは、それは頼もしい……ん?」


 ヒーローの名に恥じない? なんかそれ会話の流れ的におかしくないか?


「ねえ、イーサン。貴方もしかして……」


「ん? なんだよ?」


「……貴方、自分がなんて呼ばれているか、言ってみなさい」


「え? なんでだよ。お前もさっき言ってたじゃねえか」


「いいから」


「自分で言うのは恥ずかしいんだが……まあいい。ヒーローの剣士、だろ?」


「…………」


 こいつ……本物の馬鹿か。


「誰もそんなくそダサい名前でなんか呼んでないわよ」


「なっ!? だ、ダサいだと!? お前、この名前の格好良さが分からねえのか!?」


 前言撤回。こいつ、内面もガキの頃から全く変わってないわ。


「少しは頭の勉強もしなさいよね、ったく」


「?? 何で俺は呆れられているんだ?」


 腕は立つはずなんだけど……こいつに護衛してもらうの、嫌だなあ。

 私も脳筋の自覚があるから強くは言えないけどさ。

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