第217話 二人から五人へ
「……というのが今私が置かれてる状況よ」
「なるほどねえ」
場所は月夜同盟の部室にて。
師匠との決裂から数日後、イーサンの助力を受け入れることにした私はまず全ての事情を彼に話すことにした。その際に、誰にも邪魔されない場所ということでここに集まることにしたのだが……
「お姉様がそんな大変なことに巻き込まれているのに気付きもしなかったなんて……アンナ、一生の不覚ですっ!」
「つーか、白い子! そんな状況なら真っ先に俺達に相談しろよ!」
滂沱の勢いで涙を流しながら私に抱きついてくるアンナとしつこいくらいに肩を叩いてくるデヴィット。
確かに私はイーサンの助力を認めた。相性が良かったにしろ、あの師匠と互角に戦えていた彼なら戦力として申し分ないと思ったからだ。だけど、アンナ達まで巻き込む必要はあったのか?
私がそんな意味を込めた抗議の視線をイーサンへと送るのだが、当の本人はどこ吹く風で、
「ん? いやだって仕方ないだろ。仲間外れになんてできねーし。そもそも、俺は頭が悪い。こういう複雑な状況には他に適任がいるだろ」
そう言って、先日の格好良さもどこへやら完全に丸投げ状態だった。
そして、その丸投げがどこに向かうのかと言うと……
「と、言うわけで頼むぜ。我等が参謀っ!」
「またこういう役割なわけね。まあ、いいけど」
今も昔も変わらず、ニコラは苦労人だった。
だけど、こういうときに一番頼りになるのは確かにニコラだ。それも昔からずっと変わらない。
「なら、ひとまず情報を整理しようか。まずは目的と手段から。そこから決めよう」
「目的と手段?」
「要はルナがどういう状況にしたいのかってことだよ。話を聞いた限りでも今の睨み合ってる状態を解消する方法は幾つかある。一番手っ取り早いのはアリスさんやクレアさんに退学してもらうことだね。これなら二人の安全は確保されるし、手段に対するリスクが低い」
「確かにそうだけど、それは難しいと思う。アリスは師匠……アンデル教授の為にも学園に残るはずだし、向上心の高いクレアもそう簡単には退学してくれないと思う」
自尊心とは言わず、向上心と言ってあげるあたり、私も従者として成長したと思う。
「つまり、ルナは二人が退学しない状況が望ましいわけだ」
「うん。このままにはしておけないけど、それは最後の手段に取っておきたい。それよりはまず、純血派との講和を目指すべきだと思う」
「講和ね。了解。それならまずはそこを第一目標にしよう。なら次は具体的な手段だね。これからどう動くかだけど……真っ先に行うべきは純血派の人間を特定することだね。そっちに関して、ルナは何か情報は持ってないの?」
「ごめん。それがまだ分かってないんだ。お嬢様がなんとか情報を集めようとしてくれたんだけど、なかなかうまくいかなかったみたいで」
「そんなに簡単に尻尾を見せる相手でもない、か。かなり荒っぽいこともしてるみたいだしね。そういえば、クレアさんにはそれから何か被害とか出てないの?」
「小さいことだと色々あるよ。学園に置いてた私物がなくなったり、変な噂が流れたりとか。平気なフリしてるけど、本当は落ち込んでると思うから早く何とかしてあげたい」
「なるべく早く、友好的な解決を、か。条件は厳しそうだけど……うん。何とかやってみよう。まずは僕達も情報収集からかな。アンナとデヴィットは知り合いから貴族の人たちの関係とかについて聞いてきてくれるかな。主に、貴族社会の上下関係について」
「「分かった!」」
ニコラの指示に元気良く返事する二人。
二人は交友関係も広そうだし、頼りになりそうだ。
「なあ、それで俺は何をすればいいんだ?」
「イーサンは出来るだけルナの近くにいてあげて。この中で一番戦闘力が高いのはイーサンだからルナを守ってあげて欲しい」
「おっしゃ! 任せとけ!」
自分の得意分野だからか、自信満々に頷くイーサン。何だろう、すでに嫌な予感がしてるんですけど。
「ルナはもう少し詳しく情報を説明してくれるかな。僕もそれを参考に今後の方針を立てて見るから」
「うん。分かった」
ここまで手を借りたのだ。今更情報の出し惜しみはしない。
私の知っていること、貴族の現状、グラハムさんの意思と師匠やアリスの思惑。私はそう言った情報を話せる限りでニコラに伝えていった。
「なるほど……純血派の人数がそれほど多くないだろうってのは良い情報だね」
「でもその分、見つけるのが難しくなると思う」
「多いよりはいいさ。それならまずは数の有利を築くことにしよう」
「数の有利?」
「うん。簡単に言うと味方を増やそうってこと。クラスメイトで信用できる人に声をかけて、助けてもらうんだ」
「助けてもらうって……それって結構危ないんじゃない?」
「そうだね。だから断られたときにはそれで納得するしかない。だけど、最初から黙ったままだと助けてもらうことも出来ないじゃない」
助けてもらう……か。
思えばその発想は私にはなかったような気がする。
「それに友達が困ってる時に相談してもらえないってのは結構傷つくものだからね。それで危険な目に遭うと分かっていても、やっぱり僕はルナにもっと早く声をかけて欲しかった」
そう言って珍しく不機嫌そうな表情を浮かべるニコラ。
彼が怒っているところなんてはじめて見たかもしれない。
でも……そうか。そうだよね。
私だってアリスが頼ってくれなかったことに憤慨した。立場を変えれば私はそれと全く同じことをニコラ達にしていたのだ。
これではアリスのことを悪く言えないな。
「ルナはもっと周りを頼るべきだよ。きっとルナの力になりたいって人はたくさんいるはずだから」
「…………」
ニコラの言葉に、私は何も言えなくなった。
私はこれまでずっと周囲を警戒して生きてきたから。
自分の正体に気付かれないように気を張り続けてきたから。
あの地獄に落ちてからはなおさらその生き方が身に染みたように思う。
ウィル達から向けられた畏怖の視線が脳裏にこびりついて離れないのだ。
どうしたってその想像をしてしまう。私を慕ってくれる人達も、私の真実を知れば離れて行ってしまうのではないかと。
でも……きっと私はもっと大切に思うべきなのだろう。
私の真実を知ってなお、離れない人もいるのだということを。
それは私と一緒に戦ってくれたリンだったり、私を救ってくれたアリスだったり、それを知りながら私に血を与えてくれたノアだったり、私を尊敬していると言ってくれたウィスパーだったり……確かに言えるのはその人達は確実にいるということ。
何も無理に語る必要はない。
真実を明かす必要はない。
だけど……私はもっと頼っても良いのかもしれない。
真実を知られたときに、彼らならきっと笑って許してくれると、そう信じてみても良いのかもしれない。
「私は……」
僅かに逡巡する私は、かつてクレアから言われた言葉を思い出していた。
他人の心なんて分からない。だから自分の中にある相手への想いを信じるのだと。
静かにあの夜のことを思い出した私は……
「うん……そうだね」
ゆっくりと頷き、その言葉の通りに実践することにした。
「きっと断られるだろうけど……頼ってみるよ。皆を」
もしかしたら後悔することになるかもしれない。
だけど、それでもきっとこの選択は悪いことじゃないはずだ。
私一人に出来ることなんて高が知れている。それを師匠から教わった。文字通り思い知らされたと言っていい。だから、頼る。
自分の力不足も、未熟さも全てを曝け出して、助けを請うのだ。
その結果皆が危険に晒されることになったなら……その時は私が皆を守れば良い。この命を懸けて、守れば良い。
ただ、それだけのことだったんだ。
そのことに気付いた私はまず、改めて言っておくべきだと思った。
「皆、お願い。私を助けて欲しい。私に……皆の力を貸して欲しい」
頭を下げて頼みこむ私に、
「「「「おうっ! 任せとけっ!」」」」
皆は一斉に、親指を立て満面の笑みでそう言ってくれた。
その光景を見た瞬間、私はこの愉快で頼もしい仲間たちに出会えて良かったと、心の底から思うのだった。




