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吸血少女は男に戻りたい!  作者: 秋野 錦
第4章 王都学園篇

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第216話 一人から二人へ

 イーサンが唱えたのは間違いなく魔術だった。

 剣術科に所属しているイーサンが魔術を使えると言うことにも驚いたが、それ以上に驚いたのはその剣を見た師匠の表情だ。


「……ちっ」


 小さく舌打ちを漏らした師匠はそこで、始めてイーサンを警戒するような姿勢を見せた。軽く半身に立ち、左手を前に、右手は腰溜めに構える。


 それは明らかに後の先を狙うカウンターの形だ。

 そして、それに対するイーサンもまた分かりやすい構えを見せている。


 軽く肩を突き出すような前傾姿勢。剣は低く、先ほどと同じく振り上げるつもりなのだろう。こちらは師匠とは真逆の明らかな特攻体勢。

 そして程なく……イーサンが仕掛けた。


「シッ!」


 一気に間合いを詰めて、剣を振り上げる。

 さっきより明らかに速度が上がっていた。一撃目は二撃目の布石のため、わざと速度を落としていたのだ。だが、それさえも師匠は読んでいたのかバックステップでその剣先を簡単にかわしていた。

 だが……


「ちぃっ!」


 師匠はイーサンの間合いを抜けてもまだそのまま後退を続けていた。

 イーサンの剣は確実にかわせている。十分に見切っている攻撃速度のはずなのに、なぜ師匠はそんなにも距離を取ろうとする?


(……違う。師匠が警戒しているのは剣じゃない)


 私とは距離があるから気付きにくかったが、師匠は明らかにイーサンの剣とは違う別のものを警戒しているようだった。


(師匠が警戒しているのは……あの緋色の炎だ)


 剣の間合いを避けたとしても、その熱は確かに師匠の肌を焦がしている。師匠の『怠惰』は確かに物理攻撃には圧倒的な防御能力を持つが、その逆に熱には弱いのだろう。


(吸血鬼の弱点が太陽だったように、師匠の『怠惰』にもまた弱点はあるってことか……それならイーサンと師匠の相性は最早逆転してるぞ)


 師匠の『怠惰』は確かに強い。ほとんどの攻撃を遮断できる最強の防御スキルと言っても良いだろう。だがそれは逆に"その装甲を貫ける攻撃"に対しては何の効果も見込めないということでもある。


 そして、その数少ないと思われていた攻撃の一つが熱。

 まさに今、イーサンが使っている魔術の恩恵に他ならない。


(いける……イーサンは師匠に対する切り札になりえるぞ!)


「……ふう」


 私の思考と同様に、師匠も同じ結論に至ったのか、おもむろにため息をつくと、


「やめだやめ。俺の負けだよ。お前とはもっと遊んでみたかったが……俺は今、万が一にも怪我をするわけにはいかねえんでな。ここは俺が退いてやるよ」


 ひらひらと手を振って、イーサンに白旗を表明した。

 そのあっさりとし過ぎている引き際に違和感を覚えたが、今はそれ以上に……


(助かった……の、か……?)


 かつてない窮地を脱したことに、安堵を覚えていた。


「だが勘違いするなよ。俺はそこの剣士に負けたんだ。ルナとの賭けに負けたわけじゃねえから、俺をどうこうしようなんて思うんじゃねえ」


「おい。待てよ。こっちは何が何だか分かってねーんだから、勝手に逃げるな。せめて事情を話してから行け」


「お前は事情も知らず割って入ったのかよ……まあいい。事情ならそこで伸びてる負け犬にでも聞いとけ。ま、聞かない方がお前の身の為かもしれねえがな」


 イーサンの静止の声も無視して、師匠は姿を消して行った。

 それに対してイーサンは追うかどうか迷っている様子だったので、私はこちらを呼び止めることにした。


「いいよ、イーサン。追わなくて良い」


「……分かった」


 私の言葉にイーサンはさっと剣を指でなぞると炎を消した。

 そして……


 ──パキィンッ!


 と、甲高い音がしてイーサンの剣が粉々に砕け散った。


「イーサン、それ……」


「ん? ああ。これを使うといつもこうなるんだ。気にするな」


 柄だけが残った剣を紐でくくって、強引に腰に吊るすイーサン。


「というか……魔術、使えたんだね、イーサン」


「魔術、ってか俺らは魔法剣って呼んでるけどな。そういう技術があるんだよ。俺は師匠からこの技を教えてもらった」


 魔法剣……魔術師の纏魔をそのまま武器に使った感じなのかな。

 剣士には剣士で特異な戦い方があるらしい。


「それで? お前の方は何があったんだよ。さっきの女は誰だ?」


「あれは……私の師匠だよ」


「師匠? え? あれ? もしかして俺、余計なことしたか? あの女がマジの殺気だったから咄嗟に飛び出したけど……」


「いや、助かったよ。イーサン。あのままだと、本当に殺されてたと思うし」


「……なんか、色々面倒なことになってんだな。それで?」


「それで……って?」


「それで、お前はこれからどうするのかってことだよ」


「これから……」


 師匠の説得には失敗した。

 だけど、元からそれほど成功率は高いと思っていなかったから当然、他のプランもあるにはある。だけど、それをイーサンに話すのはつまり……


「もしかしてさ、手伝ってくれようとしてる?」


「当たり前だろ。俺たち仲間じゃねえか」


 私の問いに、にかっと笑みを浮かべるイーサン。

 あまりにも清々しいその返事に、思わず笑みさえ漏れそうになる。

 しかし……


「それは……駄目だよ。師匠も言ってたけど、もしかしたら死ぬことになるかもしれないし。イーサンには……頼れないよ」


 私はクレアまで巻き込んでしまったのだ。これ以上の被害は看過できない。

 助けてもらったのは本当にありがたいと思ってる。だけど、いや、だからこそ、私はイーサンに事情を話せない。話すわけにはいかないのだ。


「死ぬかもしれない、ね。なるほど。それは確かに大事だな」


「うん。だから……」


「でも、そんなの関係ねえな」


 何とか退きとめようとする私の言葉を、イーサンは真っ向から無視した。


「お前は死ぬかもしれないと分かっててやるつもりなんだろ? だったら俺にも手伝わせろ。それで死んだとしても文句は言わねえからよ」


「文句は言わないって……ちょっと、アンタ意味分かってんの? 本当に死ぬかもしれないんだよ? それなのに、なんでそんな簡単に……」


「簡単じゃねえよ」


 言葉の途中で手のひらを差し向け、言葉を止めるイーサン。


「簡単なんかじゃ……ねえよ」


 その表情は冗談ではなく、どこまでも真剣だった。


「……お前と再会したとき、俺は本当に嬉しかったんだ。なんでだか分かるか?」


「それは……久しぶりに会えたから、じゃないの?」


「違う。お前が生きていてくれたことが嬉しかったんだ」


「…………え?」


 生きていてくれたことが、嬉しかった?

 旧友と再会するときには使わないであろうその言葉に、私は強く違和感を覚えた。そして……続くイーサンの言葉で、その違和感は氷解した。


「俺は……俺達は知ってたんだよ。お前に何があったのかを。山賊に襲われて、連れて行かれたってことまでな」


 イーサン達は……知っていた?

 私に何があったのかを、知っていた?


「なんで……一体、誰からそれを……?」


「マリン先生が死んでからすぐだったか。お前が帰ってくるって聞いて、俺達は準備してたんだよ。それなのに、お前どころかお前のお袋さんまで帰ってこなかった。何かあったんだろうなってことくらい、俺でも分かった」


 だから調べたと、イーサンは申し訳なさそうにそう言った。


「お前を探して王都に来てから、俺達はお前のお袋さんに会ったんだ。そして……何があったのかを聞いた。最初は遊興の旅に出たとか言ってたけど、それが嘘だってのはすぐに分かったからな。お前はマリン先生の弔いもせずに遊び呆けるような奴じゃない」


 ティナ……ルカだけじゃなくて、皆にもそう言ってたのか。

 心配をかけないようにってことだろうけど、どうせならもう少し上手い嘘にして欲しかったな。バレバレじゃないか。


「すぐにでもお前を助けに行きたかった。だけど、俺達が動くには時間が経ちすぎていたし、その力もなかった。だから……いつかルナを探しに行こうって、そう言って俺達は強くなることにしたんだ」


 イーサンの言葉に、私は気付く。イーサンは剣を、アンナは魔術を、ニコラは経営を、デヴィットは料理をそれぞれに極めていた。それらは全て旅の準備において、欠かせない要素であることに。


「だからお前と再会したときは本当に嬉しかったんだ。一生忘れられそうにないって言葉は嘘じゃないんだぜ。それぐらいに嬉しかったんだ」


「でも、それならそうとすぐに言ってくれれば良かったのに」


「馬鹿。んなこと言えるかよ。どんなに綺麗事を並べたところで、俺達は一度お前を見捨ててるんだからよ」


 自嘲気味にそう呟いたイーサンに、咄嗟に私は叫んでいた。


「そんなことない! あの件でイーサン達が後ろめたく思う必要なんて何一つないよ!」


「かもな。だけど、こういうのは理屈じゃねえんだ。頭では仕方ないと分かっていても、ずっと思ってたんだ。俺達が美味い飯食ってる間にお前は一体何をしてるんだろうかってな。その埋め合わせってわけでもないんだが、お前の主人について色々調べたりもした。どうやら良いところのお嬢さんに拾ってもらったみたいでほっとしたぜ。必要なら強引にでもルナを奪い返す必要があるかと思ってたからな」


 主人について調べたって……そうか。前にイーサンが私を待ち構えていたのは、クレアを見定める意味もあったのか。

 それにどうやら、イーサンは私が山賊に連れ去られた後に売られたのだと予想していたみたいだ。それが直接クレアではなく、あの屑を経由してたことまでは想像できていないみたいだけど。

 わざわざ訂正するようなことでもないし、そのまま勘違いしておいてもらうとしよう。


「だから……えっと、何を言おうとしてたんだっけ? ああ、そうそう。今度こそ、俺はお前の力になりたい。お前が困ってるなら見過ごせないし、それが危険ならなおさらだ」


 そう言いながら慎重に肩を貸してくれるイーサン。

 かなり身長差が開いてしまっていたから、かなり腰を落とさなければいけなかったけれど、それでもイーサンは私に合わせてくれた。


「もうお前を独りにはしない。約束だ」


「…………」


 本当なら私は拒むべきなんだろう。

 イーサンを巻き込まない為に、私は彼を遠ざけなければいけない。クレアの時と同じ過ちを繰り返すわけにはいかないのだ。それなのに……


「……やっぱり馬鹿だよ……アンタ……」


「んなこと今更言われるまでもないだろ。ずっと昔からそうだったんだからよ」


 私はやっぱり……どうしようもなく弱いのだ。

 どれだけ力を手に入れても、その本質は変わらない。

 誰かの為に戦い続けた私はその日、初めて……


「ありがとう……イーサン」


 ──自らの弱さを認め、他人の手を借りることを許すのだった。

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