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吸血少女は男に戻りたい!  作者: 秋野 錦
第4章 王都学園篇

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第215話 緋色の剣士

 彼女にはかつて家族がいた。

 愛すべき夫がいて、愛らしい娘がいて、愛しい息子がいた。


 しかし……その全ては彼女の"怠惰"によって失われてしまった。

 大切なものを天秤にかけられ、彼女は決断できなかったのだ。


 どちらも愛していたが故に、彼女は全てを失った。それを怠惰と呼ぶのはあまりにも非情だろう。救いがなく、慈悲もない。だが、彼女は許せなかったのだ。


 己の無力さゆえに全てを失った。

 己の怠惰ゆえに全てを奪われた。

 彼女にとって、それは許されざる大罪だったのだ。


 だから……彼女は誓った。

 今度こそ大切な人を守るのだと。


 しかし、その望みすらも彼女には叶えることが出来なかった。道半ばで死に逝く彼女が何を思ったのか、それは本人にしか分からない。ただ一つ言えることは……


 ──彼女の悲願は、生まれ変わってなお変わることはないということだけだ。



---



 鋭く振り下ろされる手刀を前に、私が出来るのはただ呆然とその一撃を眺めることだけだった。すでに体には深くダメージが刻まれており、その一撃を回避することはおろか防御することさえも不可能な状態だった。

 だから……


「てめえ……誰だ?」


 その一撃を受け止めたのは私ではない。

 背後から飛び出してきたその人物は外套をなびかせながら、師匠の一撃を確かに受け止めていた。


「俺が誰かなんて、そんなことはどうでもいいんだよ」


 その人物の声に、後姿に、私は見覚えがあった。

 高く伸びた身長に、細く鍛えられていることが分かる体躯。腰の鞘から抜き放ったのであろう剣の腹で師匠の手を受け止めるその人物は……


「てめえ……俺のダチに何してくれてんだッ!」


 私を守るように前に立つイーサンはそのまま、勢い任せに剣を振り、強引に師匠を下がらせると剣を正眼に構えなおした。その構えは鋭く、チャンバラごっこに興じていた昔とは明らかに違うことが見て取れた。

 そして、師匠から決して目を離すことなくイーサンは、

 

「悪いな、白い子。事情が分かんなかったから助けに入るのが遅れた」


 前を向いたまま、私に向けてそう言った。


「イーサン……貴方、なんでこんなところに……」


第三訓練場(ここ)は俺がいつも自主練に使ってるとこなんだよ。だから正直言うと結構前から二人の戦いは見てた。見てたが……アレは何なんだ?」


 そう言って訝しげに師匠を見るイーサン。

 彼の疑問も当然だろう。スキルを知らないこっちの人間からしたら、師匠のあの堅さは常識の埒外。人外と言うに相応しい存在だ。

 そして、突然の乱入者に師匠もまた警戒を払っていた。


「その剣……そうか。お前がイーサン・イーガーか」


「なんだ、俺のこと知ってんじゃねえか」


「そりゃ別の科の人間だろうと、当代主席の名前くらいは覚えているさ。特にお前の通り名は覚えが良いからな」


 当代主席……って、イーサンのことか?

 主席ってことはつまり、その代で一番優秀な剣士ってことだ。魔導科で言うならノアレベルの腕前を持っている生徒ということになる。それがイーサンって……こいつ、そんなに強かったのかよ。


「はっ、それなら話が早いぜ。どこの誰かは知らねえがさっさと帰りな。ルナの知り合いみたいだが、それ以上やるってんなら俺も容赦はしねえぞ」


「……面白い」


 そこで師匠の口元に笑みが浮かぶのを私は見た。

 師匠はこの状況を楽しんでいるのだ。


「来いよ。"緋色の剣士"」


「……仕方ねえ」


 緋色の剣士。そう呼ばれたイーサンは静かに剣を下ろすと、そのまま師匠に向けて一直線に駆け出した。その速度は確かに洗練されたものだったが、人外級の戦いに慣れた私にしてみればあまりにも遅すぎた。

 そして、それはきっと師匠にとっても同じこと。


「駄目だっ! イーサンっ!」


 これから訪れるであろう旧友の敗北に背筋に寒いものが走る。師匠は誰であろうとも容赦しない。それが、良く知りもしない相手となればなおさらだ。


「シッ!」


 イーサンが剣を横薙ぎに振るう。剣の腹で叩き、致命傷を与えないようにと言う配慮だろうが……


「くそっ、なんだこれ。マジで堅いじゃねえか」


 師匠にはどちらであろうとも変わりはしない。

 物理攻撃のほとんどを無力化する師匠にとって、剣士なんてそれこそ絶好の敵。イーサンが勝てる要素なんて私以上に存在しない。

 そう……思っていた。


「うおっ!?」


 驚きの声と共に、イーサンが後方に飛び退る。

 師匠の拳を受けながら、その剣が折れていないことが驚きだった。


「うまく威力を逃すじゃねえか。流石は主席。剣捌きはそれなりのようだな」


「俺にとって剣は手足も同然だ。そう感単に折らせてたまるかよ」


 そう言って片手を剣から離し、その刀身に指先を当てるイーサン。


「これを人に対して使うのは始めてだが……仕方ない、か」


 まるで居合い抜きでもするかのような姿勢を取ったイーサンはそのままゆっくりと……


「《散ると知りぬる夜桜よ・せめて一夜の夢と散らん──》」


 静かに、しかし確かに魔術の詠唱を行った。

 そして……


「《燃えよ──【紅桜】》」


 私は知った。

 なぜ、彼が緋色の剣士と呼ばれているのか。その由縁を。

 イーサンの持つ長剣。その刀身が今……


「さあ……こっからだぜ」


 ──赤々と、紅に燃え盛っていた。

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