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吸血少女は男に戻りたい!  作者: 秋野 錦
第4章 王都学園篇

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第214話 師匠の覚悟

 負けた。

 完膚なきまでに敗北した。

 ノーマルモードの私には傷を癒すことも出来ず、ただ地面に転がるしか許されない。それでも何とか立ち向かおうと僅かに手を伸ばす私。そして、それを見下ろす師匠は静かにこう言った。


「お前の負けだ、ルナ。お前には俺を止める権利も、その力もないと分かっただろう」


「…………」


 確かに私では師匠に勝てない。

 それは分かった。だけど、それがイコールで全てを諦めることにはならない。

 少々ずるい感はあるが、この稽古に負けた場合のペナルティを私は何も設定されていないのだ。今回は駄目でも、まだ次がある。そんな不退転の決意を固める私に、師匠は、


「それでも俺の邪魔をするって言うなら……仕方ない」


 ため息をついて、その決定的な一言を告げるのだった。


「お前には……死んでもらう」


「…………え?」


 どこまでも冷たい無表情で私を殺すと、そう言った師匠。

 私はその時、師匠の真意が掴めなかった。一体どういう意図でその言葉を使ったのか理解できなかった。どこまで本気なのか、それが分からなかった。しかし……


「おいおい。何を驚いてんだよ。言っても駄目、ぶん殴っても駄目。それならもう、完全に排除するしかねえだろうよ」


 結論から言うと、師匠はどこまでも本気だった。

 本気の本気で私を殺すと、そう言ったのだ。


「まさかとは思うがお前、殺されるまではしないと思ってたのか? その程度の認識で俺を止めようと思っていたのか? 幾らなんでもそれは甘すぎるだろ。俺がどれだけの覚悟と準備を固めてこの地位まで登り詰めたと思ってる? ガキのおねだり一つでほいほい止められる訳がねえだろうが」


「そんな……だけど、師匠は……私の……」


「知り合いだから殺せないとでも? はっ、甘いな。甘すぎる。育ちの良さが滲み出てるぜ、お嬢ちゃん。お前がそんなだからアリスも相談できなかったんだろうよ」


 確かに私はアリスの過去も、師匠の過去も知らない。二人がどんな人生を歩いてきたのかなんて知らない。私の記憶の中にある二人は、あの家で一緒に暮らしていた二年半程度のものしかないのだから。


「師匠は……なんで、そこまで……」


「なんでって? そんなの決まってんだろうが。俺には俺の目的がある。その為に切り捨てられるものは切り捨てると、そう決めてんだよ」


 師匠の目的と、その為に切り捨てるもの。その中に私が入っていることは明白だ。そして、恐らく師匠はずっと一緒にいたアリスさえも切り捨てるつもりなのだろう。

 アリスの独断専行を静観した師匠。

 その理由はなんてことはない。師匠は最初からアリスを助けるつもりなんてなかったのだ。自分の目的の為に、アリスが犠牲になることを良しとした。師匠が言っていた言葉の意味を、その時私はようやく実感した。


「そんな……嘘でしょ。アリスはずっと師匠と一緒にいたのに……」


「そんなことは関係ねえんだよ。俺の目的はこの世界に生まれたときからずっと変わらねえ。その為なら、この世界全てだって捨ててやる」


 本気の表情でそう言った師匠。

 そこでようやく、私はこれまでの情報全てが繋がったような気がした。


(転生者だった師匠。切り捨てるもの。生まれた時から。そして……師匠の研究してたこと……)


「まさか、師匠……貴方は……」


 思い出すのは以前、強引に付き合わされた師匠の研究のことだった。

 魔力の源。こことは違う世界を研究していた師匠。その本当の狙いがようやく私には分かった。


「向こうの世界に……私たちが元いた世界に行くつもりなんですか……?」


 私もまた転生者だったからこそ気付けた師匠の本当の狙い。

 ずっと疑問に思っていたのだ。師匠が研究を完成させるために資金を必要としていることは分かっていても、その研究により何がしたいのかが分からなかったから。

 そして、今。その疑問に対する答えが出た。


「ふん。流石に分かるか。そうだよ。俺は元いた世界に帰る。なんとしてでもな。帰らなくちゃ……いけねえんだよ」


 静かに、そして寂しげに瞳を伏せる師匠。

 その表情を見た瞬間に私は悟った。



 これは……もう駄目だと。



 どんな説得も意味を成さない。師匠はもうすでに自分の往くべき道を定めてしまっている。それを止めようとするなら、それこそもう殺すしかないと。そう悟ってしまった。

 そして……


「それを邪魔するってんなら……誰であろうと許さねえ」


「う……っ」


 師匠はすでに、目的の為に全てを排除する覚悟を決めてしまっていることも。

 認識が甘かった。言って聞かないであろうことは予想していたが、まさかここまで根が深いとは思わなかった。これはもう話し合いや賭けの勝負でどうこうなる次元の話ではない。これはもう……殺し合いの次元の話だ。


 お互いが自分の意見を通そうと思うなら、相手を殺すしかない。

 そのことが痛いほどに分かってしまった。


「お前には力と意思がある。俺の障害として立ち塞がるには十分すぎる資質だ。だから……悪いな、ルナ」


 ゆっくりと手刀を固める師匠。


「お前と過ごした日々は、楽しかったぜ」


 そして……その手はゆっくりと振り下ろされた。

 あまりにも唐突に。

 あまりにもあっさりと。


 その瞬間、私は自分が殺されることを悟った。

 自分の力を過信し、相手の覚悟を見誤った私への報いは、『死』という取り返しのつかないものだった。

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