第20話 初めてのおでかけ!
「着いたぞ。ここが王都バレシウスだ」
「わあぁ……」
お父様の声に従い、馬車を降りるとそこには異世界が広がっていた。
私が住んでた街、アインズに比べて人の数が段違いに多い。荷馬車も行商人達なのだろう、ひっきりなしに外門を行き来している。
「お、お父様っ! ひ、人が多いですっ!」
「はは、やっぱり最初はびっくりするよな。はぐれないように気をつけるんだぞ」
うっ……人酔いしそう。
引きこもりにこの人数はきついって。
太陽も出てるし、休憩をこまめに入れながら行こう。
「この辺は市場になってるからな。特に人が多いんだ。大通りまで出ればずっと人は減るから頑張れ」
「は、はい……」
はぐれないようお父様の手を握り、歩く。
お父様は道中が危険だということと、また途中で魔力が暴走したらすぐに白魔術で暴走を止めるため、付きっ切りでここまで同行してくれたのだった。
ほんと、お父様ったら人間が出来てる。
でも申し訳ないのも確かだから、出来るだけ迷惑にならないように頑張ろう。
ひとまず、置いて行かれないように早足で。
ざっざっ、ざっざっ。
とことこ、とことこ。
いや、ちょっと早いっすお父様。もう少しペース落として……
「ん? ああ、悪い。ほら、掴まれ」
ぐぐっ、と体が宙に向け浮き上がる。
別に魔力が暴走したわけではない。お父様が抱き上げてくれたのだ。
そのまま肩車に切り替えたお父様は若干楽しそうな声を上げる。
「ルナとこうして街を歩くのってもしかしたら初めてかもしれないな。普段、仕事ばかりでお前には構ってやれなかった。この旅は良い思い出になるぞ」
おおう……なんだよお父様。また私を泣かせるつもりかよ。
その優しさが嬉しい……いや、嬉しいんだけど。
「お、とうさま……あづい……」
「え? あっ! ああ! そうだ、すまんルナ!」
肩車をすればもろに太陽が私に降り注ぐわけで、そうなると吸血鬼の我が身は溶けてしまうわけで。
「ご、ごめんなさい……」
「何でお前が謝る? お前の肌が弱いことを忘れていた俺が悪い」
慌てて近くの喫茶店に休憩しに入った私は申し訳なさで一杯だった。
「だけど……折角お父様が肩車してくれたのに……」
こんな体ではお父様に肩車をしてもらう事もできないのだ。ショック。
これほどお父様が私に構ってくれるなんて、とても珍しいことなのに。私は親不孝者なのです……。
「落ち込んでるルナ……かわ……げほごほっ! んん。ま、気にするなルナ。肩車くらいいつでもしてやるさ。そうだな。今度は夜にしてやろう。月夜の綺麗な晩に見る星空はきっと絶景だぞ」
「はい、ありがとうございます。お父様」
夜空か……こっちの世界の夜空って凄く綺麗なんだよね。
うん。ちょっと元気出てきた!
「お父様お父様、約束ですからね? 絶対ですからね?」
「ああ、約束で絶対だ」
こうして私は一つの約束をして、改めて目的地に向かうこととなった。
私に魔力の扱い方を教えてくれるというその人は元お父様の冒険者仲間で凄腕の魔術師らしい。今は王都で魔術研究を行っているとかで、それなりに期待が持てる。
一体どんな人なんだろう。
きっと知的で落ち着いていて、窓辺で紅茶を飲みながら新聞読んでいるような人だ。うん。そうに違いない。
……なんて、思っていた時期が私にもありました。
「マフィ。俺だダレン・レストンだ。前に手紙を送っただろう、その件で来た」
交差点の角に聳え立つ3階建てのホテルのような家。その1階で呼び鈴を鳴らしたお父様に待っていたのは……
「アアッ! ダレン!? てめえ、マジでこの糞忙しい時期に来やがったのか!」
罵声と共に放たれる鋭い蹴り……蹴り!?
──バシィィッ──
「……出会い頭に随分な挨拶だな。マフィ」
「けっ、しっかりガードしてやがるてめぇもてめぇだろうが。少しぐらいなまっとけや」
マフィ・アンデル。
件の凄腕魔術師は再会早々、お父様の顔面めがけて上段蹴りを放っていた。でもそこは流石のお父様。しっかり腕でガードしていらっしゃる。うん。化け物みたいな反射神経だ。
いったいお父様はなんで料理人なんてやってるの?
「それで。一体何のようだよダレン」
「さっき話しただろう。お前に魔力の使い方を教えてもらいたい奴がいるんだ」
「ん? んんー? それってそこのチビのことか?」
「チビじゃない。俺の天使だ」
「そっか。天使か………………え? 今何だって?」
「何でもない。口が滑っただけだ」
どうやらお父様は私がチビ扱いされたことでお気を害したらしい。
でも今は自分の発言に照れてしまって、真っ赤になってしまっている。
うん……なんかごめんね。お父様?
「だ、ダレンが天使? ……くふっ、ふふふっ、あーはっはっはっはっ! ひっ、ひひっ! こりゃ面白ぇ! あのダレンが随分丸くなったもんだなぁ! あれか? やっぱり嫁さん貰うと性格変わんのか? そういや子供も生まれたらしいし……ん? んん? もしかしてこいつがお前の子供なのか? まさかダレン、お前自分の娘のこと天使って言ったんじゃねえだろうなあ?」
「…………」
「ぶふっ! こ、こりゃ傑作……っ!」
「う、うるさい。それよりどうなんだ! 預かってくれるのか、くれないのか!?」
お父様お父様。預かってもらわないと困ります。ここまで来た意味がなくなってしまいますよ。恥ずかしいのは分かりましたから少し落ち着いて……
「あー? まあ、お前の頼みってんなら別に良いけどよ。面白いもん見れたし、お前の話が本当なら実に興味深い話だ」
マフィはそう言って私を紅色の瞳で見つめてくる。
身長はそれほど高くないけど、相手を威圧するような赤色の髪と相まってかなり怖い感じに見える人だ。口調も雑だし、これは予想と大分違う人物像だね。
ここは何か言われる前に自己紹介で機先を制してしまおう。
「始めまして。ダレン・レストンの一人娘。ルナ・レストンと申します。この度は突然の訪問、申し訳ありませんでした。ですが私は一刻も早く魔力を制御する術を身に着けなくてはならないのです。どうか、アンデル先生のお力をお貸しいただけれないでしょうか?」
早口にならないよう、礼儀正しく一礼して締めくくる。
それに対し、ぽかんと口を開けるのがマフィだ。
「……ん? んん? お前の娘って何歳? まだ6、7歳くらいにしか見えんのだがもしかして20歳越えてるのか?」
「そんな訳ないだろう。ルナは今5歳だ」
「……いや、随分ちゃんとした子だな。お前の娘とは思えん」
「おい。どういう意味だそれは」
「だってどうみてもお前より礼儀正しいぞ? このちっちゃいの」
「ふん。当たり前だ。俺の自慢の娘なんだからな」
「おい。また口が滑ってるぞ」
わいわい楽しそうに会話している二人。
これだけ口数の多いお父様も珍しい。やっぱり昔の友達に会えて嬉しいのかな。
「ま、立ち話もなんだしとりあえず入れよ。受け入れるかどうかはお前の言っていることが本当か確かめてからにする」
「ああ、それでいい。助かる」
ひとまず門前払いされることはないらしい。良かった。
マフィに案内され中に入ると、建物の中は主と違って落ち着いた雰囲気の内装だった。あまり家具を置くことが嫌いなのか、ぎっちりと中身の詰まった本棚と馬鹿みたいに大きな机。それに椅子が二脚だけ。
「あー、座るところがねえな。ほら、お前ら二人座っとけ」
お、案外優しい。マフィさん。ちょっと好感度上がりましたよ。
でも、お邪魔させてもらっている身でこの家の主を立たせるのも申し訳ないな……あ、そうだ。
「アンデル先生、私達は一つでいいです。一つは先生が使ってください」
「ん? いいのか?」
「はい。私は……」
先にお父様を座らせた椅子の上、つまりはお父様の膝の上に私はちょこんと腰掛ける。
「ここでいいですから」
お父様に抱っこしてもらうの、実は憧れだったんだよねー。
野望の一つが達成できて余は満足じゃ。
「……ふう。ダレンが骨抜きにされた理由の一端を見てしまった気がするぜ」
「……頼むからそれ以上何も言うな。マフィ」
二人はお互い気まずそうに視線を逸らしあってから、今後のことについて話し合った。私を預かるに当たっての養育費など、難しいことは良く分からなかったけどどうやらマフィさんもお父様の真面目な口調にまずい事態にあることを理解したらしい。
「魔力の暴走、ねえ。そんな事例は長耳族でも滅多にねえぞ。このチビどんだけ魔力保有量が多いんだよ」
「さてな。それこそ長耳族でもいれば測ってくれるだろうが」
「ふむ……それなら丁度良い。ちょっと待ってろ」
「……マフィ?」
突然席を立ったマフィにお父様は疑問の視線を向ける。
というか長耳族なら測れるってどういう意味だろ。
「ねえお父様。長耳族なら測ってくれるってどういう意味?」
気になったら即質問。マリン先生のところで二年間学んだ私はすっかり優等生になっていた。
「ああ。長耳族は魔力の扱いに長けた種族なんだが、彼らの目には魔力が実際に見えるらしいのだ。ぼんやりとしたオーラのようなものが色として見えるとか何とか……本当のところはどうか分からんがな」
「へー……」
……ん?
魔力って普通見えないの?
お父様が白魔術使ってるとき、普通に見えたんだけど?
……も、もしかして吸血鬼って長耳族と一緒で魔力が見える系?
うわっ! 危なっ! 知らずに話してたら人族じゃないのバレるところだった! ふぅ、まさかスキル以外にもこういう落とし穴があるとは。本当に危なかった。
「おう、待たせたな」
「どこ行ってたんだ?」
「ちょっと隣人を呼びにな。ほら、入って来いよ」
マフィは扉の辺りで後ろに向け、ちょいちょいと手を振っている。どうやら新しく誰かを連れてきたらしい。というか話の流れからして……
「こいつは今、うちで預かってるアリス・フィッシャーっつー、まあ愛想のないガキだ。ほら、挨拶ぐらいしろ。アリス」
アリスと呼ばれたその少女はめんどくさそうな表情を隠そうともせず部屋に入ってきた。入ってきたというか、半分以上マフィに引っ張られてようやくといった感じだが。
まず目に入ったのは腰の辺りまで伸ばされたブロンドヘアー。光を反射するその金色の髪はきらきらと輝いて見える。加えて瑠璃色の瞳もその髪に良く映える色合いで、その美しさを引き上げている。
まるでお人形のような姿。
別に対抗するわけじゃないけど、私とタメを張る可愛らしさだと思う。
そんな彼女だったが、ただ一点。異物というほど目立ちはしないが、気付けば違和感を覚えずにはいられない部位があった。
「おい、その子、まさか……」
それは耳。
人族のそれより随分と長い耳が彼女にはついていたのだ。




