第206話 アリスの想い
「……師匠が、そんな……まさか……」
アリスから真実を聞いた私はその内容に驚愕していた。
昔から危なっかしい人だとは思っていたけど、まさかそんなことを考えていたとは……
「あ、アリスは自分から師匠の味方をすると決めたんだよね? まさか、手伝うように強要されてるなんてことは……」
「まさか。むしろその逆よ。マフィは私に何も要求したりしてこない。お前の好きにすれば良いって、放任するだけでね。だから私も好きにマフィの手伝いをする事に決めたの」
確かにあの師匠ならば言いそうだ。
だけど……
「でも、それだとエレノアを殺して純血派との亀裂を深めたのはアリスの独断ってことよね? それを師匠が望んでいなかった可能性もあるじゃない」
「確かにそうかもね。だけどあれは私にとって意思表明みたいなものだったのよ。何があろうともマフィの味方をするってね」
瞳を閉じたアリスは「それに……」と、言葉を続ける。
「純血派は最初から動き始めていた。それこそ私が入学した当初からね」
「えっ!?」
入学した当初から? そんなの一ヶ月以上も前のことじゃないか。
それだけ長い間、アリスが戦い続けていたとは思わなかった。あのエレノアとの決闘こそが全ての始まりだと。私はそう思っていたのだが……どうやら、一般の生徒には見えない水面下ですでに事態は動き出していたらしい。
「よほど私を退学にさせたいのでしょうね。最近はかなり露骨になってきたし、そろそろ手段を選んでこなくなるかも。さっきのこともあるしね」
「さっきの……そうだ。アリスはあの覆面達が誰だか知ってるの?」
「彼らが誰だったかまでは分からないけど、まず間違いなく純血派の刺客でしょうね。世の中には裏ギルド、つまりお金さえ積めばどんな荒事でも請け負うっていう荒っぽいギルドも存在するらしいし、その辺りに依頼を持ち込んだんじゃないかしら。お金だけはあるからね、彼ら」
「…………」
エレノアに手をかけたアリスに報復が来るのは当然と言えば当然の成り行きだ。だから私もアリスに同情しにくいのだが……すでに何人もの人間を殺してきた私がそれを言えた義理ではないだろう。
「でも……一体、師匠は何をしてるの? このやり方だとアリスにばかり負担がかかるじゃない」
「……マフィに荒事は向いてないのよ。マフィには致命的な弱点があるから」
師匠が荒事に向いていない、の所で果てしない違和感を覚えた私だったが続く言葉がどうにも気になった。
「致命的な弱点?」
「ええ。頼れるパートナーと一緒ならそれほど気にならない欠点なのかもしれないけど……マフィが単独で行動するのはとても危険なのよ」
アリスは私にそれを言うべきかどうか、少し迷っている様子だった。
だが、やがて何かを決意した表情でゆっくりとアリスは師匠のその"病気"について語った。
「突発性過眠症って、ルナは聞いた事がある?」
「えっと……確か、いきなり眠くなるとかって病気だっけ? まさか、師匠……」
「ええ。マフィは昔からずっとその病を患っているのよ。マフィの場合はまだ軽度の症状みたいだけど突発的にマフィは脱力発作に見舞われるの。もしも、それが戦闘中に起きたら……ね? 危ないでしょ?」
そんなに頻発する症状でもないのだけどね、とアリスは付け加えたが……私は師匠がそんな病気を持っていたとはちっとも気付かなかった。
今思えば、師匠が日中ぐうたらしていたのももしかしたらその症状が出ていたからなのかもしれない。料理をしないのも、刃物を持った状態で症状が来たら危ないから……いや、それはないか。あれは単なるズボラだ。
「なるほど……というか、それくらい言ってくれても良いのに」
「マフィは秘密主義だから」
愚痴る私に苦笑を浮かべるアリス。
いくら秘密主義とはいえ、一緒に生活していた相手にまで秘密にすることはないだろうに。師匠らしいと言えば師匠らしいけど。
「そういう事情もあるからね。私はマフィから離れられないのよ」
「……でもそれは今回の件とは関係ないよ。アリスが命を賭けてまで手伝う必要はない。そうでしょ?」
私の言葉に、アリスはふるふると首を横に振った。
「マフィはね、私にとって神様みたいなものなのよ。マフィが進む道こそが私の進む道。マフィがいる場所こそが私の居場所。そう決まってるのよ。あの日から、ずっとね」
「…………」
私は師匠とアリスの関係を知らない。
彼女達の過去を知らない。だから、二人の間にある絆も感情も分からない。
だけど……遠い目で過去を語るアリスが、とても"寂しそう"に見えた。
「さて……ルナの知りたいことはほとんど言い終えたかな。それで、ルナはどうするの?」
「え? どうするって……」
「これからどうするのかってことよ。私とマフィと一緒に来る? マフィがそれを認めるとは思えないけど、着いて来るだけなら止めはしないわよ。きっとね」
「…………」
私はアリスの味方をすると決めた。
だから、この問いに対する答えはただ一度頷くだけで良い。
それなのに……
「ごめん。ちょっとだけ待ってくれるかな」
私はすぐに答えを出すことが出来なかった。
どちらが大切かなんて、答えは出ているはずなのに。
「……そうよね。そんなすぐにどうするかなんて決められないわよね。だけど、あまり時間がないことだけは分かってちょうだい。私もマフィも……」
話は終わりだと言わんばかりに立ち上がったアリスは扉を開き、私に出て行くように促した。
「──止まるつもりなんてないんだから」
どこまでも悲しそうな表情と共に。




