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吸血少女は男に戻りたい!  作者: 秋野 錦
第4章 王都学園篇

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第205話 師匠の目指す場所

 私の持つ最も古い記憶は暗闇の中にあった。

 日の光の届かない場所にたった一人、私は冬の寒さに凍えて震えていた。

 振り向く人もおらず、空腹の中、ああ、自分はこのまま死ぬんだと、ぼんやりとそんなことを考えていたのを覚えている。


「お前、捨て子か?」


 そんな時だ。彼女が私の前に現れたのは。


「はっ、惨めなもんだな。親に捨てられ行く場所もない。そんななりだとこの国で生きることすらままならんだろうに。お前の両親はそんなことも分からない馬鹿だったのか。それとも……心底どうでも良かったんだろう。お前の生死なんざな」


 その人は私の前で私の両親を詰ると、唾を地面に吐き捨てた。

 そして……


「そうだ。行く場所がないならお前、俺と一緒に来るか?」


 まるで陽気な春の青空の下、散歩に誘うかのような気軽さで私にそう言った。

 つい先ほど思いつきましたと言わんばかりの顔で私に向けて手を差し伸べた彼女は……


「お前、名前は?」


「……アリス」


 とてもとても、寂しそうな瞳をしていた。


「私の名前は……アリス」



---



「さて……そろそろ本題に入ろうか」


「いや、私にとってはルナが吸血鬼だったことの方がよほど重要な案件なのだけど?」


 場所は学園が用意した学生寮の一室。アリスが個人で利用しているその部屋で、私はアリスからジト目を向けられていた。


「黙ってたことはごめんって。でも、アリスも分かってるでしょ? この国で他人種として生活するのがどれだけ大変かってことくらい」


「そんなの分かってるわよ。私以上に分かってる人なんていないってくらいに分かってるわよ。でも私にまで秘密にする必要はなかったじゃない」


 事情を説明してから、アリスはずっとふくれっ面のご様子だ。

 まあ、今回の件に関しては私が全面的に悪いから仕方ないけどさ。


「私に言ってくれたらもっと協力出来たかもしれないのに……」


 しかもそれが私の為を思ってのことだからなおさら咎めにくい。これから当分アリスが不機嫌なままだとしても、それは私が受け止めなければならない罰なんだろう。


「はあ……まあいいわ。この事に関してはまた後日話しましょう。今はそれより重要なことがあるみたいだしね」


 ほっ、良かった。ひとまず話は進みそうだ。


「それで……えっと、ルナは私の味方をしてくれるってことでいいのよね?」


「うん。アリスが何をしようとしているのか、それを教えて欲しい。それがどんなに難しいことでも協力するから」


「……分かった」


「アリスっ」


「だけどこのことは誰にも言わないで欲しい。学園長にも、そして誰よりマフィに」


「師匠にも?」


「うん」


 アリスがようやく見せた協力的な姿勢に私は飛び上がって喜びかけたのだが……師匠にも内緒? 私はてっきり師匠も今回の件に噛んでいると思ったのだが、違ったのか?


「まず大前提として私はマフィの為に動いてる。それはまず理解して頂戴」


「師匠の為に動いてるのに……それを師匠に言っちゃ駄目なの?」


「うん。少なくとも今はまだ、ね」


 混乱する私に、アリスはより深く自分の目的を告げる。


「私はこの学園で純血派と呼ばれる一派を排除しようとしているの。それも出来うる限り確実な方法でね」


「それは何となく分かってたけど……でも、どうして? グラハムさんとの契約を破ってまでそうした理由は何なの?」


 エレノアとの決闘でアリスがしたことは許されるようなことじゃない。

 先にルールを破ったのがエレノアだったとしても、だ。だからこそ、そんな暴挙を行ったアリスの真意を私は問いただしたのだが……


「それは奴らの存在自体がマフィにとって邪魔になるからよ」


 アリスはすでに腹を決めたのか、真っ直ぐに私を見てそう言った。

 私は師匠のために、彼女を殺したのだと。


「師匠の邪魔に? それって……」


「まあ待って。いきなり結論を話しても混乱するだろうから、まずは順番に話して行きましょう。ルナも知ってると思うけど、マフィはとある研究をずっと続けているの。それこそ私と出会う前からね」


 師匠の研究内容については以前にとんでもない実験に付き合わされたこともあり、良く覚えていた。だけど、具体的に何をしているのかまではまだ知らない。師匠はあまり自分のことを話さないからだ。


(そう考えると私ってほとんど師匠のことを知らないんだよな……)


 アリスと出会ってからのことはアリスを通して幾つか知っていることもあるが、それ以前となるとさっぱりだ。加えて師匠は私の鑑定がなぜか効かないため、年齢も含めてほとんど情報がない。


「師匠は……魔力の発生源について研究しているんだったよね」


「ええ。そうよ。もう10年近くになるのかしらね。ずっとそればかりをマフィは研究しているの」


「それだけの時間をかけて……師匠は一体何をするつもりなの?」


 師匠の目的について聞く私に対し、アリスは首を横に振った。


「私も知らないのよ。マフィは自分のことは教えてくれないから。でもそんなことは私にとってどうでもいいのよ。マフィがこの世界を滅ぼすつもりだとしても、私はマフィに協力すると決めたから」


「滅ぼすつもりって……流石にそれは大げさだよ」


 幾ら師匠でもそんなことをするわけがない。

 そう思って私は半笑いで言うのだが……


「さあ……それはどうなのかしらね」


 アリスはどこまでも真剣な表情で言葉を濁した。

 私よりもよほど師匠との付き合いの長いアリスのその含みを持った様子に私は何も言えなくなってしまった。それだけのことをする可能性が師匠にあると、そう言われた気がして。


「そこは良いのよ。私は問題にしてないから。問題なのはマフィの研究には膨大な資金が必要ってこと。マフィは優秀な魔術師だけど、それでも国から降りる研究費は雀の涙程度のものなの。一時期は冒険者家業までして資金を稼いでいたらしいから、相当に逼迫(ひっぱく)しているのでしょうね」


 師匠が冒険者として活動していた時期があることは私も知っていた。そして、その時にお父様と知り合ったということも。だけど、その理由がお金だったとは知らなかった。

 あんな立派な家に住んで、毎日豪華なご飯を食べてまだ足りないというのか。それだけ研究にはお金がかかると言うことなんだろうけど……


「……それだと私達に出来ることはなさそうだね」


「そうでもないわよ。確かに直接お金を工面する事は不可能だけど、マフィの助けにはなれる」


「というと?」


「要はマフィがお金を手に入れれば良いのよ。そして、その為の方法を模索しないマフィじゃないわ。この国でより大きな資産を手に入れるためにはどうすれば良いか、ルナには分かる?」


「えっと……あ、優秀な研究結果を残すとか?」


「すでにあらゆる系統の魔術が研究されている今の時代にそれだけで成り上がるのは難しいわ。一昔前、せめて学園長の全盛期くらいなら、まだ話は違ったでしょうけどね」


「それなら……ごめん。分かんないや」


「まあ、ルナはそれほどお金に執着しないタイプだものね。分からないのも仕方ないわ。結論から言うとね……貴族になれば良いのよ」


「貴族に?」


「ええ。そうよ」


 師匠が貴族になる。その場面を想像するだけで思わず失笑してしまいそうになるが、私にはそれ以上に気になる部分があった。


「でも、貴族になるって言っても爵位を貰うにはお金がかかるんでしょ? 貴族になってお金が貰えるなら誰だって爵位を買ってるはずだし」


「まあ、当然そう思うわよね。でも、それはあくまで正攻法での話。貴族になれば幾らでも稼ぐ方法は出てくるものよ」


「それって……まさか……」


 アリスの言葉に、私は思いつくことがあった。

 それはグラハムさんから聞いた話。貴族社会では近年幾つかの派閥が出来ているという。そして、その理由が……


「師匠は……他の貴族を潰してその領地を奪うつもりなの?」


 貴族の役割は大きく二つ。

 一つは優秀な研究結果を国に残すこと。ほとんどの貴族が魔術師になっているこの国の現状を考えればそれは最重要案件とも言うべき貴族の義務だ。


 だが……師匠が目を付けたのはもう一つの方。

 貴族は王都から離れた幾つかの土地を管理する領主としての役割も兼ねている。そして、それは同時に自分の国を持つということとほぼ同義だ。税の管理も行える領地貴族は毎年莫大な利益を生み出し続けると言う。

 だが、それを師匠が手に入れるには幾つか無理がある。新興貴族に領地なんて与えられるはずがないし、そもそも貴族になるにしても多くの問題が付随してくる。


「ええ、そうね。でも……」


 そう。だから師匠は考えたのだろう。

 どうすれば、それが自分のものになるのかを。

 そして……彼女は結論を得た。


「正攻法で手に入らないのなら……"奪ってしまえば良い"」


 自分の手にないのなら、ある奴から奪えば良いのだと。


「はぐらかしていた結論をそろそろ言いましょうか。マフィはね、戦争を起こすつもりなのよ」


 そして、それは私にとって運命の選択とも言うべき瞬間だった。


「狙いは純血派。マフィが貴族になることも裏で妨害しているらしい彼女たちを……排除する。それこそがマフィの願いで、私の目的。つまり私達が進む道の先に待っているのは……」


 真実を知り、私は決断を迫られることになる。


「純血派との──"全面戦争"なのよ」


 それが"悪行"だと知りながら、彼女たちと共に歩むべきか否かを。

 ようやく重い口を開いたアリスから迫られたのは、そんな残酷な決断だった。

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