第203話 始めての告白
覆面で人相を隠したその集団はすでに私達を取り囲むかのように陣を展開していた。その組織的な動きに悟る。彼らは……プロだ。間違いなく、こういった荒事を専門に請け負っている集団。
以前にエレノアが連れていた奴隷達とは違う。その見るからに洗練された動きにアリスは私を背中に隠すように前に出た。
「死んでもらう、ですって? それに対して私がはい、そうですかと答えるとでも?」
「…………」
アリスの問いに、覆面男はすっとナイフを眼前に構えた。
お喋りをするつもりはない、と。そういうことなのだろう。
「アリス……」
「大丈夫よ。ルナ。貴方は……貴方だけは私が守ってみせるから」
私の前に立ち、片手を広げて私を覆面たちから隠すアリスは……微かに、だが確かに震えていた。
アリスも彼らが戦闘に関して本職であるということを悟ったのだろう。
以前とは違い、明らかに緊張している様子だった。
(……当然か。これだけ明確な殺意を向けられて怖くないはずがない)
いくら気丈に振舞おうとも、アリスは私と二つしか違わない、ただの女の子なのだから。
(こいつらは多分、貴族の誰かに雇われた暴力団紛いの連中なんだろう。まさか偶然タイミング良く現れたわけもないし、アリスはずっと監視されてたんだ)
そうとは知らずアリスをこんな場所に呼び出してしまった己の失策に思わず舌打ちが漏れそうになる。だが……
(最悪の状況じゃない。もう、日は暮れたし。準備は出来てる)
アリスと戦っている最中、すでに私は彼らの存在に気付いていた。
吸血鬼としての五感はどうやらハーフエルフよりは優れているらしい。先手を打たれる前に覚悟を決められたのは不幸中の幸いだ。
覚悟……そう、覚悟だ。
思えば私にはずっとそれが足りていなかったように思う。
アリスを助けようとする私は確かに間違ってはいなかった。だけど、それよりも先にするべきことがあったはずなのだ。アリスが私を頼ってくれないのもきっと、そこに原因があったのだと思う。
「ルナっ、下がってッ!」
迫り来る男達の凶刃を前に、アリスが私を突き飛ばした。
そして……ギィィィンッ! と甲高い金属音が周囲に響き渡った。
アリスが覆面男のナイフを自らのナイフで受け止めたのだ。アリスの近接格闘能力は確かに高い。だけど、それはあくまで1対1の場合の話だ。複数の人間に同時に襲われれば幾らアリスと言えど捌ききれるはずがない。
「アリスっ!」
「来ないでっ!」
思わず駆け寄ろうとした私をアリスは制止した。
貴方には関係がないことだからと、そう言われたような気がした。
覆面達が私に向かってくる様子はない。恐らくターゲット以外には手を出さないように決められているのだろう。そうでなければ覆面で顔を隠す必要もない。このまま立ち去れば恐らく私は見逃されるだろう。
だけど……それで良いのか?
「良いわけ……ないだろっ!」
ここで逃げ出すようなそんな甘い覚悟で私はこんなところに立っちゃいない。
怖くないかと言われれば嘘になる。ああ、怖いよ。怖いさ。わけの分からない連中に私も狙われることになるかもしれない。アリスや師匠が何をしようとしているのか、私にはさっぱり分からない。
分からないことは怖い。
当たり前だ。
私とアリスはたった3年程度の付き合いしかないのだから。彼女の全てを知るにはあまりにも短すぎる時間。そして、それはアリスにとっても同じだったのだと思う。
恐怖や悔しさ、そういった感情を全て胸に抱きしめ……
「──影法師ッ!」
私はアリスの眼前に飛び出していた。
振り下ろされたナイフを右手で受け止める。
影法師を纏った右腕は無傷だったが、真正面から降り注ぐその殺意は確かに私の膝を震わせていた。
それも当然と言えば当然。今まで私はこういった殺し合いをほとんど全て、もう一人の自分に任せてきたのだから。ここまではっきりとした殺意を生身のまま受け止めるのも、もしかしたら始めての経験かもしれない。
「ルナっ!? なんで来たのよっ!?」
「うる、さいっ! 私にだって譲れないことはあるんだよっ!」
恐怖はある。だが、それ以上に私を突き動かす感情があった。
私はずっと仮面を被って生きてきた。
それは本当の自分を晒すのが怖かったからだ。
女の子を演じて、周囲を騙して、自分の心すらも誤魔化した。
それが悪いことだとは思わない。誰だって多少なりとも嘘をつきながら生きている。仮面を被り、生きている。
でも……本当に大切だと思うなら、私はちゃんと話すべきだったのだ。
「アリス! これから私は一つ、君に本当のことを教える!」
そんなことは当たり前だ。
誰だって本心を隠した相手を信用できるはずがない。
私はアリスに手を指し伸ばす前に、きちんと向かい合うべきだったのだ。
「もしかしたらそれは信じられないことかもしれない! 受け入れがたいことかもしれない! だけど……私はもう、誤魔化したりしない! だからこれから言うことは決して嘘じゃないってことだけは分かって欲しい!」
あの日、アリスが私に対して本心を打ち明けてくれた日に、私は自分の本質を語ることが出来なかった。本当の自分を知られて、アリスに避けられるのが怖かったから。
思い出してみれば良い。
私はアリスに対して、本心を打ち明けたことがあるか?
ない。一度だってない。
優しいアリスが踏み込んでこないことを良いことに、私はその距離感のまま付き合おうとした。お互いになあなあの関係で済まそうとしていたのだ。
そんなものは"本物"じゃない。
少なくとも、私が求めている関係じゃない。
だから……
「アリス、私、本当は……」
私は踏み出さなければならない。
怖くても、恐ろしくても、その先にどんな未来が待っているのか分からなくても。アリスと本当の家族になるためには、手を指し伸ばさなければならない。
まるで時間が止まったかのような感覚の中、私は……
「──"男"なんだ!」
アリスに向けて、まだ誰にも言ったことのない、本当の私を曝け出すのだった。




