第201話 体術と魔術
アリスの魔術師としての腕は超一流。魔術の扱いに関して言えば、私よりよほど上等な素質と知識を持っている。あの師匠の下でずっと訓練を続けていたのだから、それも当然と言えば当然だけど。
故に、純粋な魔術戦になれば私の勝ち筋はほとんどない。
私が狙うとしたらそれは消耗戦。潤沢にある魔力を持って、相手を圧倒することだけだ。だが、そんなお互いの相性はアリスも知っていることで……
「ふッ!」
ダンッ! と言う強い踏み込みと共に距離を詰めてきた。
身体能力を強化したアリスは獣人種に匹敵する動きを可能としている。一直線に私に迫るアリスは右手に、きらりと光るものが見えた。
「────ッ!」
咄嗟に上半身を反らすと、視界の端で私の銀髪が僅かに宙を舞うのが見えた。
「いきなり武器はずるいんじゃないかなっ!」
「大丈夫よ。怪我してもすぐに私が治してあげるから!」
治癒魔術のことを言ってるなら、それ、私には効果ないからね?
まあ、アリスの知らないことだから仕方ないけど。もう少し手加減してほしいところだ。
「それに武器ならルナも使ってるじゃない」
「これは武器じゃないよ。これは……」
私は接近したアリスに向け、右手の影法師を差し向ける。
「──『魔術』だっ!」
ドバッ! と一気に拡散し、まるでショットガンの弾丸のようにアリスを襲う無数の影槍。かなりの魔力を練り上げて放った一撃は普通の人間には避けることすら叶わず蜂の巣にするだけの性能を持っていた。
だが……
「──【レジリエンス】」
アリスは普通の人間ではない。魔術師だ。
右手から漏れる光の膜に触れると、それだけで私の影槍はまるでガラスを割ったかのように粉々に砕け散った。漆黒の影と、純白の光。二つの魔力がまるでイルミネーションのように周囲を照らす中、
「はっ!」
「らァッ!」
私とアリスは同時に踏み込んでいた。
どうやら向こうも全く同じことを考えていたらしい。
「魔術を使った直後には隙が出来る。マフィから教えられた通りね」
私の腹部を狙った掌底を弾きながらアリスが言う。
「その隙を狙うなら、魔術よりも殴った方が早い。これもね」
眼球付近を狙った手刀を手で払いのけながら私が応える。
私とアリスの動きはまるで鏡合わせのように酷似していた。それもそのはず。戦い方を教わった人物が同じなのだ。言わば私たちは同門。故に、相手の動きや狙いが手に取るように分かってしまうのだ。
「……先に相手の裏を取った方が勝ちそうね。これは」
「そういうのは私の得意分野だよ。もう降参したらどうかな?」
「悪いけどそういうわけにも……いかないの、よッ!」
私の殴打に合わせて、一歩引いたアリスはそのまま私の手を絡め取ると更に後ろに飛び跳ねた。当然、手を取られている私はそれに巻き込まれる形で宙に浮かされてしまう。
そんな私に……
──ドッッ!
アリスは腹部を蹴り上げ、勢いのまま私を投げ捨てた。
「か、はっ……」
堪らず息を吐き出した私は上下の感覚すら曖昧なまま、地面に叩きつけられてしまう。なんともまあ強引な攻めだが、私に限って言えば成立する。今のは師匠に教えられた技にはなかったものだ。
「……ごほっ……げほっ……い、一歩間違えば自分も怪我してたよ、今の」
「大丈夫よ。私には治癒魔術があるもの」
「治せるからって、それを頼りに戦うのは危険だと思うよ」
これまで散々『再生』スキルに頼りきってきた私が言うのもなんだけどね。
「はあ……やっぱり、取っ組み合いになったらちょっと不利かな」
「ルナはちっこいものね。背も胸も」
「二つ目は今関係ないでしょ。何、勝ち誇った顔してんのよ」
くそ。今すぐあの顔をぶん殴ってやりたい。
ぜんぜん気にしてないというのに、どうやらアリスは私のそれをやせ我慢だと思っているようで、何かにつけて自慢してくる。自分だって標準以下のくせに。
「行くよ……『ツバキ』」
「あら。また対抗魔術されたいの?」
「したいならすれば良い。でも……今度はそう簡単には触れさせない」
体勢を低く構え、アリスの視線から刀の形に形成した影法師を隠す。
アリスの戦い方は見ていて大体把握した。そして、その弱点も。
「……行くぞッ!」
故に今度は私から仕掛ける。
どうやら、だらだらやってる時間もないらしいからね。
「魔術の剣を死角に……? 一体、何をするつもりかは知らないけれど私には魔術、効かないわよ」
アリスは駆け寄る私に合わせ、対抗魔術の用意を始めた。
アリスが魔術師として最も優秀な点がこれだ。光系統の単一魔術である対抗魔術は他の魔術に対する最高の防御策となりうる。本来なら、膨大な魔力量が必要だったり、術式に対してもっとも効果的な配合比率を計算したりと何かと制約の多い光魔術だが、それもアリスに限って言えば問題ではなくなる。
魔力操作に長けたアリスは相手の魔力量を上回るように調整することが出来るし、魔力を視認出来るから相手の魔力系統を見ただけで判断することが出来る。これは対抗魔術を使う上では大きすぎるアドバンテージだ。
だから……
「えっ!?」
私はそのアリスの得意とする対抗魔術を、囮にすることにした。
私があからさまに攻性魔術を生成すれば、アリスはそれに対して対抗魔術を使うことは分かりきっていた。だからこそ、私は私の得意分野でもある魔術をばっさりと攻撃手段から外すことにしたのだ。
「──『影糸・影舞踏』ッ!」
驚くアリスの前で、私は空中を"駆けた"。
その原理は単純。私は作っておいたツバキを糸の形に分解し、即席の足場に変えたのだ。以前に影糸を使っての移動は構想としては練っていた。それを実用段階にまで改良したのがこの影舞踏。
一部は地面に設置している必要があるため、それほど広範囲に展開できるわけではないがそれでも空中にいきなり足場を作れるこの魔術は特に接近戦において無類の効果を発揮する。
『影糸・殺陣』を攻撃用の包囲網とするならこの『影舞踏』は移動のために使う即席結界だ。アリスに向けて放つわけではないから、アリスの対抗魔術も反応がワンテンポ遅れてしまう。その間に……
「攻撃を……当てるッ!」
勢いの乗せた飛び膝蹴りをアリスに向けて放つ。
対抗魔術を用意していたアリスは慌ててその対処に意識を切り替えたようだった。両腕を使ってガードしたアリスはそのままカウンターの要領で蹴り上げるのだが……
「無駄だよっ!」
すでにそこは私の領域だ。
飛び膝蹴りをガードされた瞬間に、私は足元に網状の足場を形成していた。そこを新たな足場として私は体勢を空中でくるりと入れ替える。
いきなり視界から消えた私に、アリスの蹴りが空を切る。
咄嗟に見上げたが……もう遅い。
「これで……終わりだッ!」
まるで舞うように空中を飛び跳ねる私はそのまま、地面に向けて跳躍し……
──アリスへと、渾身のかかと落としを叩きこむのだった。




