第190話 理想を描く者
アリスはクレアを守る為に戦っていた。
そう考えれば私を避けていた理由にも納得がいく。クレアのお付である私が争いに巻き込まれれば、当然その火の粉はクレアへも向かうだろう。アリスはそれを嫌っていたのだ。
まあ……純粋に私を戦いに巻き込みたくなかったってのも考えられるけどね。昔のアリスの性格からすれば、それもない話じゃないし。
「……ルナ嬢は儂に失望したかのう?」
「……失望はしませんよ。大切な人を守りたいのは誰だって同じですから」
グラハムさんのやり方は私にとって納得の出来るものではなかった。
だけど、それをここで言っても仕方がない。大切なもの、優先順位はその人その人で違うのだから。
「だけど今の話を聞いた以上、私はアリスの味方をします。さっきも言った様に私はアリスを……止めます」
アリスは目立つのを好むような性格ではない。
それに加えて、戦い好きというわけでもない。
ならば今の環境は少なからず無理をしているはずだ。それが誰かの為、というのがアリスらしいけれどそれはアリスにばかり負担がかかる方法だ。
そんな自己犠牲のようなやり方を許容するわけにはいかない。
特に……アリスのような女の子には。
「……それも良かろう」
「良いんですか? もしかしたらそのせいでクレアに危険が迫るかもしれないんですよ?」
「その時はその時じゃよ。それに……儂だって全てに納得しているかと言ったらそういうわけでもないんじゃ」
「?」
「……今回の件を持ちかけてきたのは儂じゃない。アリス嬢の方なんじゃよ」
「……え?」
アリスの方から? え? それってどういう意味だ?
「アリスが自分からこんな役回りを望んだって言うんですか?」
「そうじゃよ。儂としてはクレアを危険から遠ざけつつ、優秀な魔術師を抱えられるまたとない条件じゃった。じゃから……アリス嬢にはアリス嬢で何かしらの目的があるんじゃろう」
「…………」
グラハムさんの目的であるクレアを守るということ。
そして、それとは別にあるアリスの目的……か。
そっちの方も探る必要がありそうだな。
「グラハムさんはそのアリスの目的に心当たりはないんですか?」
「儂はアリス嬢の本心までは聞いてはおらんよ。じゃが……共通する目的はある」
グラハムさんはそこで、一度佇まいを直すと、
「純血派の活動を止めること。それは絶対の目標じゃ。彼らが台頭することになれば貴族以外の魔術師全てに不利益が訪れるじゃろうからな。そして、その為の一歩がこの学園での活動なのじゃ」
「この学園での?」
「うむ。純血派の子息達と講和を結ぶことが出来れば、今水面下で起きておる争いを長期に渡って防ぐことができるじゃろうからな」
「……え?」
講和を結ぶこと?
いや、でもそれだと……
「アリスは何で、その……純血派のエレノアを……殺したんですか?」
「…………」
私の問いに、グラハムさんはすぐには答えなかった。
「それが今一番の問題なのじゃよ。もしかしたら……アリス嬢の目的と儂の目標はすでに道を違えておるのかもしれん」
アリスの目的、それはグラハムさんの目指していたものとは違うものかもしれないと、彼は言った。
「魔術関連の講義で"事故"が起こることは間々ある。この学園でも殉学するものも少なくはないからのう。そういう風に裏から処理することは可能じゃが……アリス嬢が儂の思惑から外れるようなら、儂も動かざるをえんじゃろう」
それはつまり……アリスをこの学園から追放するということか?
場合によってはその方が良いのかも知れない。だけど……
(少なくともアリスのやろうとしていることを知らないと……全てが手遅れになる前に)
「……お前さんは覚えておるかのう?」
「え? ……何をですか?」
「前にお前さんをこの学園に誘った時のことじゃよ」
前に誘ったとき……確かまだ旅の途中だったはずだ。
その時の言葉を思い出す私に、
「アリス嬢にはどうしても居場所が必要なのじゃ。人族と長耳族、どちらの社会からも弾かれた彼女にはのう」
グラハムさんが語った言葉は以前にも聞いたことのある言葉だった。
アリスはこの社会から弾かれたハーフエルフだ。そんな彼女が今後も生きていくには彼女自身が居場所を見つける必要がある。そして、それはきっと正しい。いつまでも師匠がアリスの隣にいてくれるとは限らないのだから。
「この学園がその居場所になってくれれば良いと、そう思っておったんじゃがのう……やはり歳を取ると駄目じゃな。どうにも目が曇って仕方ないわい」
「貴方は……」
「ん?」
「……アリスがこの学園で幸せに暮らすことを望んでいたんですか?」
それは二律背反とも言うべき願い。
アリスが純血派に目をつけられれば、静かな生活なんて望むべくもない。
だけど、私の問いに対し、グラハムさんは……
「当然じゃよ。生徒の無事を願わん教師はおらんじゃろうて」
静かに瞳を閉じ、肯定した。
もしかしたら……私は少し、グラハムさんのことを誤解していたのかもしれない。
彼はアリスを囮にした。だけど、それだって彼が望んだ最善の未来ではなかったのかもしれない。彼は確かにアリスをこの学園に入学させはしたが、ただそれだけなのだから。アリスがもっと友好的に動けていれば、彼が口にしていたようにこの学園こそがアリスの居場所になっていた可能性はなくはない。
むしろ、純血派との講和という彼の目的を考えればむしろそっちの未来こそを望んでいたのではないか?
「……アリスは私が止めますよ」
「好きにすると良い。儂では力が足りんかった。じゃがお前さんなら……全てを良い方向に導くことも出来るかもしれんのう」
私の言葉に、グラハムさんは目を細めてこちらを見た。
「買い被りですよ。私にそんな力はないですから」
「……そう思わせるのも、お前さんの魅力の一つじゃよ。じゃから思う存分にやると良い。儂の方で手回し出来ることには全力を注ぐとここに誓おう」
最後にグラハムさんは私を見ると、深く頭を下げた。
この学園での最高権力者の突然の行動に驚く私に……
「アリス嬢のことを……頼む」
グラハムさんは万感の想いを込めて、そう告げるのだった。
そして……それに対する私の答えは、もう何年も前から決まっていた。
「そんなこと頼まれるまでもないですよ。彼女は私の……」
気恥ずかしさに若干の躊躇いを感じながらも、私はグラハムさんの前でしっかりとその言葉を口にした。
「たった一人の、姉ですから」




