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吸血少女は男に戻りたい!  作者: 秋野 錦
第4章 王都学園篇

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第187話 拒絶の刃

 躊躇いなく振り下ろされた刃は正確に相手の頚動脈を切り裂き、一瞬で対象を絶命させる。その鮮やかな手口は明らかに"慣れた"動きだった。


「なん……で……?」


 これはただの決闘だったはずだ。

 学生同士の喧嘩。その延長線上にあったもののはず……それなのに、なんで……なんで、こんなことになってるんだよっ!


「何やってるんだよ、アリス!」


 衝動のまま叫んだ私にアリスが振り向く。

 その手に握られたままのナイフは鮮血によって赤く染め上げられていた。


「……何度も言ったはずよ。これはルナには関係がないこと。これは私とマフィの問題なんだから」


「アリスと、師匠の……?」


「……本当に何も知らずに入学してしまったのね。でも大丈夫よ。全て私が片を付けるから。ルナはただ今日見たことを全て忘れて、今まで通りに日常を送れば良いわ」


 目の前で死体になったクラスメイトをアリスは一瞥すると、周囲の男連中に向けて大声で言った。


「貴方達の主人は死んだ! これ以上、私と争う理由はないはずよ! もしも仇討ちを考えるものがいるのなら出てきなさい! 今すぐ主人の後を追わせて上げるわ!」


 すっ、と体の力が戻るのを感じる。

 アリスが謎の魔術を解除したいのだろう。周囲の男達も同じように動きを取り戻していた。だが……


「…………」


 誰もアリスに襲いかかろうとする者はいなかった。

 無感情のまま、何も語ることなく散っていく男達は不気味でまるで魂の抜けたゾンビを見ているかのようだった。


「ふう……ひとまずはこれで馬鹿騒ぎもおしまいかしらね」


「アリス……」


「ルナも早く戻りなさい。どうせ何も言わずに来たのでしょう? 貴方のご主人様が心配しているわ。大丈夫。助太刀人は報復を回避するために非公開になっていたはずだから。今日貴方がここにいたことは誰にも分からない。あの男達もわざわざ吹聴するはずもないでしょうしね」


 確かにアリスの言う通り、私は今回の一件、かなり強引に割り込んだ。

 時間がなかったこともあり、誰にも相談できなかったのだ。だけど、私が言いたいことはそういうことじゃない。そういうことじゃないんだ。


「ねえ……アリスはこの学園で何をしようとしているの?」


「だからそれはルナには関係のないことよ」


 なんで……なんで何も教えてくれないんだよ。

 アリスも師匠も、私に黙って何かをしている。それはもう確実だ。それなのにその内容を私には教えてくれない。確かに私は彼女たちほど親密な関係にはない。だけど、それでも私は彼女達のことを……


「私は……アリスの力になりたい」


「…………」


「アリスが困っていて、助けを求めているなら私がアリスの一番の助けでありたいよ。そう思うことさえも許されないの?」


「……そうね」


 私の問いに、アリスは静かに頷いた。


「正直に話すとね、ルナの一緒に過ごした日々はとても楽しかったわ。それは本当よ」


 アリスの言葉に高揚するのが分かった。

 良かった……アリスにとってもあの日々は意味があるものだったんだ。あの日、あの時、一緒に暮らしていたアリスは偽者なんかじゃなかったのだと、私は心から安堵することが出来た。だけど……


「でも……やっぱり違うのよ。私とルナは」


 続く言葉は私にとって絶縁を意味する言葉だった。


「私とルナでは生きている世界が違いすぎる。だから……一緒にはいられない」


「なんで……なんで、そんなこと言うんだよ」


 アリスから一方的に告げられた言葉は、到底納得なんて出来る内容ではなかった。


「生きている世界が違う? 何言ってんだよ、私とアリスはこうして同じ場所に生きているじゃないか」


「表面だけを見ればね。でも、本質は全く違う」


 未だ紅色の液体に濡れるナイフを横目に見る、アリスは淡々とした口調で語る。


「例えるならルナは光なのよ。優しく全てを平等に照らす月の光。ルナには人を導く力がある。それはとても稀有な才能よ。きっと貴方はこれから先、とても偉大な人間になれる。だから……貴方はこっちの世界に来てはいけない」


「……私はそんな立派な人間じゃない」


「かもね。でも私の中ではそうなのよ。だって、私でさえもルナは変えてくれたのだから。いや……変えてくれそうだった、かな」


 アリスは自嘲気味に笑うと、私に向けて問いかけた。


「ねえ、ルナは知ってる? 私みたいな亜人がこの国でどんな扱いを受けているのか」


「…………」


 もちろん知識としては知っている。

 この世界では未だ、人種間の差別は色濃く残っている。それは王都にリンが入れなかったことからもはっきりしている。だけど、それはただ知っているだけ。その本質、体験は私には決して理解出来ないものだ。

 自らの血を隠し、生きてきた私には。

 だから、"知っている"なんて無遠慮な言葉は口が裂けても言えなかった。


「ルナと一緒に過ごした二年半はとても楽しかった。受け入れてもらえて、世界は私が思っていたよりずっと優しいんだって、そう思えたの。でも……外に出た私を待っていたのは変わらない現実だった」


 私の記憶にあるアリスはずっと何かに怯えるように暮らしていた。

 外に出るのだって、私以上に嫌っていた。だから過去に何かがあったのだろうとは思っていた。でも、それは私や師匠といることで忘れることが出来たのだと、勝手にそういう風に納得していた。


「変わらないのよ……ルナ。人はそう簡単には変わらない。変われないのよ。私は今だって、あの薄暗い路地にいる。でも、それでも必要とされるなら……私はマフィと共に生きたい」


 自ら確認するかのように「……だから」と呟いたアリスは私を見て、言った。


「ルナとは一緒にいられない」


 その無機質な表情は先ほどエレノアに向けたものと同じ。

 明確な拒絶を示したその言葉は見えない刃となり……


「さようなら……ルナ」


 ──私の心をズタズタに切り裂いた。

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