第18話 変化は突然に
アンナが孤児院にやってきてから数ヶ月が経った。
あれからアンナはイーサン達、月夜同盟の面々と仲良くなり孤児院でも面白おかしい日々を送っているようだ。
そんな中、私はというと……
「ルナ、2番テーブル食器下げお願い! ついでに3番テーブルのオーダーも!」
「はいぃぃっ!」
両親の経営する定食屋で忙しい毎日を送っていた。
どうもこの頃、評判が良くて客足が途絶えることがない。
孤児院に行きたいんだけど、なかなかそれも難しくてちょっとだけ寂しい。
「ミュール貝のスパゲティ、お待たせしましたっ!」
短い手足で必死に給仕するが、なかなか追いつかない。
ホールには私とティナしかいないし、いつお客さんから「料理が遅いんだよボケッ!」とか言われたりしないか気が気でない。
今のところ優しいお客さんばかりで助かっているけど、これ以上忙しくなると私達二人だけだと厳しいかも。
というかなんでこんな急に忙しくなったのやら。謎だ。
「はあぁ……今日も可愛いなあ」
「おい、口に出てんぞ」
「だってよお。あんな小さいのに必死に働いててさ、癒されるじゃん?」
「それについては否定しないけどよ。さっきのお前、変態ぽかったぞ」
「いいさ。マイエンジェルを愛でる為なら俺は変態にだろうと成り下がってやる」
「その情熱を他の何かに向ければ良いのに……」
「そういうお前だってあの娘目当てで来てるんだろ? 知ってるぜ、最近だと夕飯もここで取っているそうじゃないか。そんなに外食して懐持つのかぁ?」
「……うるせえ。ほっとけ」
ああ、忙しい忙しい。
これじゃあチップもらってる暇もないし、最悪だよ……はあ。
あ、また新しいお客さんだ。
「いらっしゃいませっ、何名さみゃでしょうか?」
あっ……しまった。
仕事が忙しすぎて噛んでしまった。
うう……恥ずかしい。
「うっ、あ、え、えっと……一人、です」
「でしたらこちらへどうぞっ」
なぜか私と同じくらい顔を真っ赤にしたお客さんを連れてカウンター席へと向かう。その際に、周りのお客さんが妙ににやにやしているのが目に付いた。
何だよ! 私が噛んだのがそんなに面白いかこんちくしょう!
もういい! 今日はもう休みだ!
「お母様ー! そろそろ休みたいですっ!」
私がティナに救援を求めると、お客さんの大半が頭を抱えだした。
「ああ、ごめんね、ルナ。もうちょっとだけ手伝ってくれないかな? もう少しお客さんが減ったら休憩入って良いから」
ダメか……まあ、今が一番忙しい感じだし仕方ないか。
というかまたお客さんが良い顔し始めたよ。中にはテーブルの下でガッツポーズしてる奴もいるし。見えるんだよ、それ。私の視点からだと。
ちっ、そんなに私の不幸が嬉しいか。
ああ駄目だ。最近忙しすぎてどんどん性格が荒れてるよ。
私は皆に愛されるキャラでなくてはならないのに……うん。もう少し頑張ろう! 笑顔で接客だ!
「ありがとうございました、またのご来店お待ちしてますっ」
食事を終えたお客が去っていくのを精一杯の笑顔で送り出す。
さて……まだまだ仕事は残ってるぞ。
それから更に一時間以上私は働き続けた。
食べ終わったお客さんでもなかなか帰らない客が多かったせいだ。追加注文なんかに追われていたらこんな時間になってしまっていた。
今日も孤児院にはいけなさそうだな。
これで五日連続だよ。
そろそろ顔見せに行きたいんだけどな。
「ふう、今日もお疲れ様。手伝ってくれてありがとうね、ルナ」
でもまあ……こっちも大変みたいだし手伝うしかないかな。
お母様にだけ負担をかけるわけにもいかないしね。
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孤児院での勉強に実家の手伝い。
とても忙しい日々が続いた第四の月。
私にとっての転機と言うべきその日は突然やってきた。
それはどうにも寝苦しさを感じる夜だった。
ガタガタと物音に目を覚ました私は、自分の部屋が揺れていることに気付いた。
地震だろうか? 今までこんなことなかったからちょっと新鮮。なんだか懐かしさまで感じちゃうね。
なんて、暢気なことを考えてると……
「ふぁっ!?」
揺れるだけでなく、私の近くにあったくまのぬいぐるみ(お父様が誕生日に買ってくれた)が空中に浮き上がったのだ。
これには流石にびびった。だって浮いてるんだよ? いつの間に宇宙空間に転移したんだっての。
ていうか……え? これ本気で何!?(←ようやく完全に目が覚めた)
あわわ、あわわわ……お、お父様! 困った時のお父様!
私の祈りが天に通じたのか、子供部屋の扉がバンッ! と、勢いよく開け放たれた。
「ルナちゃん大丈夫!?」
違うっ! お前じゃねえ!
でももう、お前でいいや! 助けてお母様ぁっ!
「え、な、なにこの状況!? なんで宙に浮いてるのルナちゃん!?」
そしていつの間にかぬいぐるみや小物だけでなく、私まで空中に浮き始めていた。浮き始めていたというか……まるで見えない手で引っ張り上げられているかのような窮屈さを感じる。
一言で言うと気持ち悪い。
「お、おか、お母さんっ! 助けてぇぇぇっ!」
最早口調にすら構っている暇はない!
今、私は未曾有の危機に直面している!
「ルナちゃん! 今助けるからねっ!」
差し伸べられるティナの手……ああ、お母様がここまで頼りに見えたことがかつてあっただろうか……いや、ない(断言)。
「お母様っ!」
「ルナちゃんっ!」
触れ合う手と手、私はようやくこの窮地から……
「あーれーっ!?」
……脱却できなかった。
というかティナまでまとめて空中に放り上げられてる。
駄目だ、やっぱり使えないわ。この人。
「ルナっ! ティナっ!」
そしてここで真打登場っ!
ヒーローは遅れてやってくると言わんばかりにお父様が満を持して現れる。こんな時間まで働いていたのか、未だ厨房服を着たままだ。
でも……流石にこれはお父様でもどうしようもないんじゃ……。
「《循環する理よ・寄る辺に従い・在るべきを正せ──【レジリエンス】ッ!》」
えっ、ええええええええっ!?
何かお父様の両手が白く光ってるんですけど!
何か魔術っぽいもの起動しているんですけど!?
お、お父様かっけえええええええええええっ!
ヤバイ、これはマジでラスボスだ! 格好良すぎる! 厨房服着てるけど!
「ルナちゃん、良かった……」
そして気付けば謎の浮遊現象もなくなっており、私はティナの両腕に包まれていた。はう……ちょっと強すぎ……。
「良かった……本当に良かったよぅ……」
ぎゅぅぅぅぅっと私を強く抱きしめるティナの体は震えていた。
一体、何が……?
「ティナ。ひとまず落ち着きなさい。それからルナも……これから大事な話をするから付いて来なさい」
困惑する私にお父様がそう言って体を支えて立ち上がらせてくれる。
いつになく真剣な表情のお父様に、私は拒否することなど出来なかった。




