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吸血少女は男に戻りたい!  作者: 秋野 錦
第4章 王都学園篇

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第185話 誰にでも苦手な相手はいる

 恐怖とは何か。

 その本質とは何か。

 

 私は全ての恐怖に共通する特徴は"未知"にあると思っている。

 人間が死ぬのを恐れるのは死に関して無知だからだ。だからこそ、もし仮に人類が全知全能の存在に至れば恐怖などという感情は存在しなくなるだろう。


 人は未知を恐れ、既知に安堵を覚える。

 だとしたら……今の私はまさしく恐怖の中心にいた。


「はあ……はあ……っ」


 私を見つめるアリスの瞳はまるで奈落を写したかのようにどこまでも暗く、濁っていた。そこには感情というものが欠片も存在せず、ただただ無機質に目的を遂行しようとする意思だけが見え隠れしていた。

 アリスはいつだって私のために動いてくれた。初めて会った日からそれはずっと変わらなかった。学園生活の中、私を避けていたのも貴族との争いに私を巻き込まないためなのだと。そう思っていた。


 だけど……今のアリスは本当に私のことを考えてくれているのか?

 分からない……分からないことがとてつもなく怖い。

 こんなアリスを見るのは初めてだった。


「……終わりよ」


 いつも聞いていたアリスのものとは思えない底冷えする声音が私の耳に届く。そして、ゆっくりと構えられた拳。それは数瞬後に私を撃ち抜き、意識を刈り取るだろう。

 そして、そんな危機的状況にあってもなお、私はどうするべきなのか。その方針を見失ってしまっていた。


 私が本気で頼めばアリスはきっと退いてくれる。そんな打算があったことは否定できない。いつの間にか、私はアリスの最優先事項に私がいると勘違いしていたのかもしれない。

 愛されることを求め、愛されることに慣れた私には……


 ──"裏切られるかもしれない"。


 そんな当たり前の発想すら抜け落ちてしまっていたのだ。

 どうあってもアリスは退くことをしない。それが今の一幕で分かってしまった。分かってしまったからこそ、私はアリスの本心が分からなくなってしまった。

 恐怖に支配された私回避することも、防御することも頭から抜け落ちてしまっていた。だから……


「う……ああああああっ!」


 その一撃を回避出来たのは、理性ではなく本能によるものだった。

 これまで戦ってきた経験が私の体を動かしたのだ。


 空を切る拳と入れ替わるように立場を入れ替える私たち。がら空きになった背後を駆け抜ければこの場から逃げ出すことは出来るかもしれない。だけど、その先が私には分からなかった。


 ここで逃げて何が解決する?

 何も変わらない。私は何も分からないまま、アリスから更に遠ざかるだけだ。


「……アリス! 拳を収めて!」


「それは出来ない相談ね」


 くるり、と反転したアリスは油断なく拳を構える。

 アリスを止めるには……私も戦うしかないのか?


「迷うくらいなら最初からこの場所に来るべきではないのよ、ルナ。戦場(ここ)は覚悟を持った者だけが存在を許される場所。何も持たない貴方には最初から居場所なんてない」


 無機質な言葉と共に弾丸のように飛び込んでくるアリス。

 先ほどから近距離の肉弾戦のみを挑んできているところを見るに、アリスは中・遠距離の魔術が苦手なのだろう。というより先ほどから纏魔しか使っていないところを見るに戦闘に有効な魔法を覚えていないのかもしれない。


(アリスは治癒魔法士だ。となると、他の魔法の習得に時間を割けなかった可能性がある。それなら……)


 私は一瞬で判断を下し、アリスの攻撃を受け止める覚悟を決めた。


(──私にも、活路はある!)


 纏魔の技術により身体能力を強化しているアリスは確かに厄介だ。だけどそれでも素のリンと同程度のステータスしか持っていない。つまりは私が付いていけないスピードではないということだ。例え、今の私がノーマルモードだとしても。


「しっ!」


 一気に距離を詰めてきたアリスはまず、当身から入ってきた。

 師匠直伝の体術は基本的に投げや極め技と言ったそれほど力を必要としない方法で敵を征圧することを目標としている。故にゼロ距離での取っ組み合いはアリスの方に一日の長があるだろう。


 ──パシィッ!


 だからこそ、私はアリスの攻撃全てを受けるのではなく弾くことを念頭において捌くことにした。捕まれらたらその瞬間に極められる。それぐらいの感覚でいるべきだろう。


「ふっ、ハァっ!」


 抜き手、掌底と形を変えて迫り来る拳を全て撃墜していく。確かにアリスの動きは早い。だけど吸血鬼の私にはその全てが見えていた。そして……


「…………っ!?」


 ついにアリスに隙が出来た。

 当然だ。常に攻め続けられる人間はいない。攻めて、攻めて、攻めた後には必ず息継ぎが入るもの。私はその瞬間を逃さなかった。


「来い──『影法師』ッ!」


 私の詠唱に呼応して、私の右腕に漆黒の影が纏わり付く。

 そしてのそのまま右腕をアリスに向けて伸ばし、唱える。


「変成──『月影』!」


 私のイメージ通りに生み出された影の手は拡大を続けながらアリスへと迫る。そのままアリスを握り締めて拘束しようという算段だ。だが……


「《循環する理よ・寄る辺に従い・在るべきを正せ──》」


 アリスも同時に詠唱を完成させていた。私の右手に合わされたアリスの左手から光の奔流が(ほとばし)り……


「──【レジリエンス】ッ!」


 私の影は、アリスの光によって消滅した。

 強引に魔力を上書きされる感覚。私がまとめた魔力は私の制御を離れ、空中に拡散していくのが分かった。

 今のはかつて私もお世話になった単一系統の白魔術。解呪魔術(ディスペル)だ。つまりアリスは中・遠距離はディスペルにより防御して、決着は近接戦闘でつける物理攻撃特化型のファイターだったということだ。


 となると、私の得意な距離もアリスにとっては苦しい距離ではなくなる。私がもっと魔法抵抗の高い魔術を使えれば向こうの魔法抵抗をぶち抜いてダメージを与えられるのだろうが、『収束』に特化した闇系統は『干渉』に特化した光系統と相性が悪い。そうでなくても、吸血鬼のデバフにより私は光系統の魔術には弱いのだ。


 アリスとは戦いの相性が悪い。

 それもかなり、最悪に近い部類で。

 それが今の一瞬の攻防で分かってしまった。

 だが、それでも私に出来る手はただ一つしかない。


「変成──『影糸』!」


 両手を合わせ、魔力を循環させた私はそのまま5本の糸を形成。そのままスローイングの動作に合わせて、全ての糸を同時にアリスへと向けて叩きつける。


「無駄よっ!」


 だがそれも、アリスの持つ白魔法の防御陣によって封殺される。

 術者との距離が近ければ近いほど効果を発揮する特性を持つ魔術は、攻撃側よりも防御側に有利になるケースが多い。今の私はまさに、そのパターンに嵌ってしまっていた。


 だがそれでも、私は無駄と分かっている攻撃を続けるしかない。

 アリスが今の防御態勢を解けば、次に訪れるのは彼女の攻撃ターン。近接戦闘では防御するので精一杯になる私に勝ち目はない。いつかは押し負けてしまうだろう。


(いや……違うか。致命的なのは"そこ"じゃない)


 問題となるのは出せば必勝だと思っていた私の魔術が防がれたという事実だ。それはつまり、その時点で私の勝ちがなくなったことを意味している。


(どうする……どうしたら良いっ!?)


 これまでずっと冒険者や魔物を相手にしていた私は知らなかった。

 魔術師との戦闘が私にとっていかに過酷で、鬼門となるのかと言うことを。

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