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吸血少女は男に戻りたい!  作者: 秋野 錦
第4章 王都学園篇

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第184話 予想はいつだって裏切られるもの

 見物が禁止されたことで、閑散とした訓練場の一角。

 周囲を木々に囲まれたこのエリアで今、この瞬間に決闘が行われようとしていた。決闘を受けたアリスはいつもの制服ではなく、旅の時に着ていた戦闘服に身を包んでいる。それだけ本気ということなのだろう。


「どうしてここにいるのよ……ルナ」


 そして、それを私はアリスの正面で待ち構えていた。

 彼女の仲間としてではなく、相手の助太刀人として。


「アリスが仲間にしてくれないなら、それ以外の方法で決闘に参加するしか方法はないでしょ?」


 アリスに決闘を挑んだ女子生徒は名前をエレノアと言った。彼女に頼んで私は彼女の助太刀人として、今回の決闘にもぐりこむことにしたのだった。それこそが私の秘策。仲間になれないなら敵になってしまえばいいじゃないか大作戦だ。


「エレノアお嬢様、今回の話を受けてくださってありがとうございます」


「良いのよ。あの人からの推薦もあったことだしね」


 今回の件を彼女があっさりと受けてくれたのはかなり意外ではあった。彼女の進退がかかったこの大一番に信用のおけない人間を助っ人に選ぶはずがないからだ。

 だけど、今の口ぶりからして私の情報を誰かから仕入れていたらしい。だとしたらクレアお嬢様かな? 私がどれだけ強いかはクレアも知っているから、そこらへんが妥当なところだろう。


「それで? 貴方から参加を迫ってきたのだから当然、勝てる算段はあるのでしょうね?」


「そのことなんですが……」


 私はアリスとエレノアの間に陣取り、両者に語りかけるようにその提案を口にした。


「ここは痛みわけってことで手を打ちませんか? お互い、意地の張り合いで退学なんて嫌でしょう? 今ならまだ間に合います。仲直りしましょうよ」


 私の狙いは最初からこれだった。

 クラスメイト同士で決闘なんてばかばかしい話だ。どうせなら仲良くする方が遥かに有意義だろう。取り返しのつかないことになる前に、私は何とか両者の妥協点を見つけたかったのだが……


「ふーん。つまり貴方は最初からそのつもりで私の助太刀に来たと言うわけね。でもその要求は呑めないわ。こればっかりは譲れないもの」


「いえ、ですからそこを何とか……」


「断言してあげましょう。私は、いえ、私だけではありませんわ。貴族生徒の多くが彼女の存在を許容出来ない。一体、学園長もどういうつもりでこの亜人をエトワールクラスに加えたのやら……正気の沙汰ではありませんわ」


 亜人。

 それはアリスのような人族ではない人種を指す蔑称だ。

 反射的に言い返しそうになるが、ぐっと感情を飲み込む。

 ここで私まで熱くなってどうする。私はここに喧嘩をしに来たんじゃない。二人の仲裁に来たんだ。


「許せないから排除するなんて、いくらなんでも横暴に過ぎると思います。きっと話し合えば分かりあえるはずです。私たちは同じ言語を使い、同じように感情を持っているんですから」


「だから亜人を許容しろと? ふざけないでくださいまし。彼らのような野蛮人を放っておいては王国の発展の妨げとなるに決まっていますわ。現に今、こうして彼女のせいで諍いがおきている。この現状が全ての理由ではなくて?」


「それは……」


「そもそも貴方にこの戦いを止める権利などないはずですわ。貴方はただの助太刀人。外野に過ぎないのですから。それでも止めるということは……それほどその亜人が大切だと、そういうことなのでしょうか?」


 私を見るエレノアの瞳が鋭く光ったような気がした。

 これ以上粘れば私の立場も怪しくなる。それはイコールでクレアに迷惑がかかるということを意味している。それだけは避けなければいけない。


「私はただ、同じクラスメイトで争うのを見たくないだけで……」


「それなら戦いなさい。それしかこの諍いを止める方法なんてないのですから」


 どうあってもアリスの存在を許さない。

 そんな雰囲気を彼女から感じていた。


「それに……やる気なのは私だけではないようですし」


「え……?」


 エレノアの声に振り向くと、そこには……


「……あ、アリス?」


 魔力を纏い、戦闘体勢を整えるアリスの姿があった。


「ま、待ってよアリス! ちゃんと話し合おうよ!」


「ルナ……貴方は何も分かっていない」


 私が止める暇もなく、アリスの姿が消え……


「──貴方はここに来るべきではなかった」


 背後から聞こえた声に、振り向いたその瞬間、私の腹部に強烈な一撃が叩き込まれた。肺から空気を吐き出しながら、吹き飛ばされた私は遅れて蹴飛ばされたのだと気付く。


「ぐっ……か、はっ……」


 魔術師にとって呼吸を乱されることは即ち、詠唱を封じられると言うことに等しい。だからこそ、魔術師同士の戦闘において呼吸を乱されることだけは避けなければならない。そうなってしまえば魔術戦は一方的な蹂躙になってしまうからだ。


「あ、アリス……待って……」


 手を広げて、待ったをかけるがアリスは私の要望を聞き入れてはくれなかった。

 強化された肉体は彼女が水系統の纏魔を使用している証なのだろう。魔力が直接目に見える私にはそれが分かった。


「私には私のやるべきことがある。それを邪魔するなら……」


 伸ばした私の手を取ったアリスはそのまま……


「誰であろうと、許さない」


 私の懐に飛び込むように踏み込むと、鋭い肘撃ちを胸部に放った。

 ずっと一緒に訓練していたから分かる。これは軍式格闘術をベースにした師匠オリジナルの格闘術だ。私も少しだけ教わったことがあるから知識として知っていた。この技はここから……加速する。


「はっ!」


 顎から脳天に響くような掌底。態勢を崩された私は後ろに倒れこむことすら許されず、アリスの回し蹴りを鳩尾にもらってしまう。


「ぐっ……はっ……」


 思わず蹲ってしまいそうになる激痛に腰が落ちたその瞬間、アリスは私の体を背負い投げの要領で投げ飛ばした。柔道の背負い投げと違い、胴衣を手放す実戦での投げはそれだけで人一人を殺せるだけの威力を持つ。

 下が畳ならまた話は違うのだろうが、すでに連撃により体の自由を奪われていた私は受身も取れず地面に激突した。


「……ぐ……」


 久々に全身を苛む痛みに呻きながら、何とか立ち上がろうと両足に力をこめる。だが、ここまで見事に連携を決められてしまった私は平衡感覚を乱されたのか真っ直ぐに立ち上がることさえ出来なかった。

 何とか見上げる、その先に……


「……終わりよ」


 ──まるで能面のように無表情を貼り付けたアリスの姿があった。

 その時、私は始めてアリスに対してこの感情を覚えた。

 それは土蜘蛛に初めて出くわしたときにも似た悪寒。まるで化け物にでも出会ってしまったかのような感覚……即ち。



 ──『恐怖』を。



 私はそれをアリスに感じてしまっていた。

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