第182話 理想のお嬢様
アリスの味方をすることに決めた私はまず、情報を集めることにした。どういう事情があって教室での騒ぎになったのか、それを知る必要があるからね。とはいえ、アリスに直接聞いたところで答えてくれるようには思えないし、私の周りにはクレア、カレンとボッチ族のお嬢様しかいない。
どうしたものかと悩んだ私は彼女の元を訪れることにした。
アリスと貴族の確執について、何かを知っていそうな人物……そう。
「ふふ、貴方から会いたいなんて嬉しいわ」
キーラ・イーガーの元へと。
クレアとはあまり良好な関係ではないようだが、私に対して特に思うところはないのだろう。いきなり話をしたいと呼び出すと、彼女はそれを快諾してくれた。
「今日はどうしたの? ようやく私の従者になる決意が決まったのかしら?」
「すいません。今回はその話ではないんです」
「というと?」
「キーラお嬢様なら今朝の一件について、何か知っていることがあるのではないかと思いまして。それを尋ねに来たんです」
「今朝の一件、というと決闘騒ぎのことでしたか」
「決闘?」
「あら知りませんでしたか? この学園では生徒同士の諍いを収める手段として、古くより決闘方法が採用されていますの。良くも悪くも私たちはプライドの塊のような人種ですからね。どうしても衝突は避けられません。他のクラス間の生徒同士で起こることが多いようですが、今回のようなケースも珍しくはりませんわ」
決闘……なるほど。こっちの世界では手袋を投げる代わりにバッジを投げるのか。魔術師同士ならこれほど分かりやすく優劣をつける方法も他にない。
「だけど、それで問題が解決できますかね。もっと溝が深まる気しかしませんが」
「違いますわよ。問題が解決出来ないから決闘をしますの」
「? それはどういう意味ですか?」
「バッジには校章が刻まれています。それを賭けるということは学園での地位を賭けると言うこと。つまり……敗者がこの学園を去るということを意味しています」
「……っ」
学園を去る。つまり退学ってことか?
まさか、たかが学生同士の喧嘩でそんなこと……
「さっきも言いましたが、私を含め貴族出身の生徒は自らの身分と立場に誇りを持っています。なぜなら家名を背負うということはそれだけ重大なことだからですわ。言葉を交わして足りぬなら、後は武勇にて雌雄を決するのみ。よほど腹に耐えかねることがあったのでしょうね」
「……それはアリスが他人種だからでしょうか」
私はアリスがハーフエルフであることを知っている。
だけど、クラスメイトのほとんどはアリスをただのエルフとしか見ていない。外見的にも特徴のあるアリスは私と違って簡単には人間社会に溶け込めないのだ。他人種の排斥。それはこの国に残る根強い問題だ。それが原因なのだとしたら私に出来ることは何もないのかもしれない。
だけど……
「いえ、私が聞いた話では今回の決闘はアリス嬢がけしかけたものだと聞いていますわ」
「……え?」
キーラは今回の決闘の原因がアリスにあると言う。
確かにアリスはつっけんどんな性格だが、無闇に人を傷つけるような子じゃない。不愉快に思うことはあっても、それが原因で喧嘩に発展するとはどうしても思えなかった。
「その話、具体的に聞かせてもらってもいいですか?」
「私も当事者ではないので詳しい話は知りませんけど……聞いた話ではアリス嬢は貴族の生徒に何度か不躾な質問を繰り返していたようですの」
「不躾な質問?」
「その内容までは分かりません。でも自分の家について根掘り葉掘り聞かれては良い顔なんて出来ませんわよね。対立するのも当然だったと思いますわ」
「…………」
アリスが貴族の生徒に近づこうとしていた?
かなり違和感のある話だが、その内容も更に不可解だ。一体、アリスは彼女達の何を知ろうとしていたのか。もしかしたら、アリスはこの学園で何かを探しているのかもしれない。
『アリスに気をつけろ』
師匠から言われた言葉を思い出す。
もしも……もしもこの現状がアリスの予想通りの展開だったとしたら? 私を遠ざけようとしていた理由にも一応の説明がつく。アリスは自分が貴族と対立することが分かっていた。だから、私を巻き込まないように遠ざけた。
「ところでこちらからも質問、良いかしら?」
「え? あ、はい。もちろんです。私に答えられることなら」
「そう。なら一つ。ルナはどうしてそこまであのエルフにこだわるの?」
「どうしてって……」
私の予想が当たっているなら、アリスは私のためを思って距離を置いた。ここで私がアリスとの関係性を話せば、その気遣いを無駄にしてしまう。
だけど……
「アリスは私の……友達だからです」
そんなことは何の関係もない。
私はアリスとの関係を誰に知られようとも構わない。たとえ、それでアリスと同じように貴族の生徒から嫌われることになろうとも。たとえ、それでクレアの傍を離れることになったとしても。
「……そう。友達思いなのね、ルナは」
「これぐらい普通ですよ」
友達を助けるのに理由なんていらない。
それは私にとって当たり前のことだからだ。別に気負うようなことでも、誇るようなことでもない。
「ふふ、私、ますます貴方のことが気に入っちゃったかも」
「あ、ありがとうございます」
気に入られてしまった。
今のところキーラのメイドになる予定はないのだから求められすぎても困るが、嫌われるよりは良いだろう。彼女はクラスでも中心人物的存在だ。何かあったら助けになってくれるかもしれない。
「あ、ところでもう一つだけ聞きたいことがあるんですけど」
「今回の一件のこと?」
「いえ、それとは関係ないんですけど、どうしても気になっていて」
「何かしら?」
「えと……」
私はずっと気になっていたこと、キーラと話す機会があったら聞いて見ようと思っていたことを口にする。
「キーラお嬢様はマリンという人物に心当たりがありませんか?」
「……マリン?」
マリン先生と同じ家名を持つキーラ。もしかしたら私が知らなかっただけで、彼女には娘がいたのかもしれない。私が初めて会った時、マリン先生は26歳だった。私と同年代の娘がいてもおかしくはない。
そう思ってのことだったが……
「うーん。知り合いにはいないと思うけど」
「え? ほ、本当ですか?」
「ええ。こんなことで嘘をついても仕方ないもの」
もしも本当にキーラがマリン先生の娘なら、母親の名前を忘れているなんてことはありえないだろう。つまり、キーラとマリン先生は全くの無関係ということになる。どうやら、ただ偶然苗字が一緒だっただけらしい。
「そうですか……」
「がっかりさせたみたいで、ごめんなさいね。ルナはその人を探しているの?」
「いえ、その人というかその人の関係者ですね。とてもお世話になった人なので、何かお礼が出来ればと思っていたんですが……どうやら空振りだったみたいです」
「? 直接その人にお礼を返すのではなくて?」
「ええまあ。返したくても返せない恩なので」
私が困ったような表情を浮かべたからだろう。キーラは大体の事情を察したようだった。
「ごめんなさい。そうよね、そうしないってことはそう出来ない理由があるってことですもの。私に配慮が足りなかったですわ」
そう言って、深々と頭を下げるキーラ。
クレアとは仲が悪いようだけど、こうして一対一で話すとかなり好感の持てる人だな。うちのお嬢様と違って気配りも出来るし、頭の回転も速い。
「いえいえ。お話が聞けただけでも本当に助かりました。突然の誘いを受けて頂きありがとうございました。キーラお嬢様」
「それはこちらこそ。ルナとお話できて楽しかったわ。今度はもっとゆっくりできる時間と場所で、世間話でもしましょうね」
「はい。機会があれば」
そんな機会はないだろうと思いつつ、社交辞令を述べてその場を後にする。
色々と予想と違いことがあったけど、それなりの収穫はあった。特にアリスが今朝の件にいたるまでの経緯を知れたのは良かった。もちろん、又聞きの情報に正確さを求められるわけもないけど参考にはなる。
後は……
「アリスが決闘をどうするつもりなのか、かな」
そろそろ本腰入れて、彼女と向き合うべきなのかもしれない。
アリスがこの学園で何をしようとしているのか。その目的を知るために。




