第178話 たまにはこんな日もあるさ
学園での日常にも慣れ始めた頃、私はお嬢様から一日の休暇をもらった。
というか今まであまり気にしていなかったのだけど、クレアに仕え始めてから今まで三週間、一日も休みをもらっていなかった。その事実に気付いた瞬間、あまりのブラックっぷりにびっくりした。そして、何の文句も出てこなかった自分の社畜っぷりにもびっくりした。
まあ、それは良いとして。
いや、良くはないけど置いておいて。折角の休みなのだから久しぶりに師匠の家に戻ることにした。皆がどうしているかも気になるしね。
日光対策にフードをつけて、日傘を差し街を歩く。
周囲から見ればかなり不審な人だけど仕方ない。これも吸血鬼の宿命と思って受け入れよう。
「ふう……結構、暑くなってきたなあ」
季節はまだ春先だが、地域柄なのか王都は気温が高い。日本の蒸すような暑さとはまた違うのだが、単純に日差しが強くなるのは私にとってデメリットしかない。
溜息を漏らしながら師匠の家に到着した私は呼び鈴を鳴らすかどうか一瞬だけ迷って、結局そのまま中に入ることにした。
「師匠ー、いますかー?」
一応、帰ってきたことを呼びかけながらリビングへと向かう。
するとそこには……
「あー! シア、お前またズルしただろっ!」
「してないもんっ」
「だったら何で駒が動いてるんだよ! どう考えてもお前の仕業じゃないか!」
「き、きっと妖精さんの悪戯だよ」
「嘘つけー!」
なにやら騒がしげに言い争いをするシアとルカの姿があった。
二人はなにやら木製のボードを挟んで言い争いをしているらしく、私の登場にも気付いていない様子だ。
「そもそもルカはシアがズルしたところ見たの?」
「うぐっ……そ、それは……」
「証拠がないならシアは無罪! ルナも言ってたもん! 『バレなきゃあ、犯罪じゃないんだぜ』って!」
「それ間接的に罪を認めているじゃないか! というか姉上の言葉を真に受けたらダメだって何度も言っているだろ! あの人の言うことは8割方常識外れなんだから!」
わーわーと言い合いを続ける二人。一体いつの間にこんなに仲良くなったのやら。ルカの話し方も歳相応に戻っているし。なんだかこの二人のほうが姉弟っぽい気がしないでもないのは私だけか?
……まあいい。あまり深く気にしないことにしよう。
それより……
「ルーカちゃーん? 今の言葉は一体どぉいう意味なのかなぁ?」
「げっ!? あ、姉上!?」
「実の姉に向かってげっ、とは何事だコラ」
ルカの態度がちょっとだけむかついた私は振り向き驚くルカの額に向けてアイアンクローをお見舞いしてやった。
「す、すいませんっ! 姉上! 今のは言葉の網なんですぅ!」
「そうかそうか。見事に自分から絡まっている辺りがまさしく網だな」
難しい言葉を使おうとして間違えているルカが可愛かったので、折檻もそこそこに抑えてやる。だが次はないと思えよ。シアの前で私の評価が揺らぐようなことを言うんじゃない。
「あっ! ルナだぁっ!」
「おっと」
額を押さえて蹲るルカを飛び越えて、シアが私に飛びついてくる。そっとキャッチしてやるとシアは嬉しそうに私の胸元に頬ずりしてきた。
「このまな板! 間違いない! ルナだっ!」
「……どこで人を判断しているのだね」
まあ、別にいいけどさ。普通の女の子だったら鉄拳ものなんじゃない? 私は別に気にしてないからいいけどさ。いや、本当に気にしてないし。
「あ、姉上……僕の時と対応が違いすぎませんか……?」
「私は男に容赦しないだけ。それとも女の子みたいに丁重に扱ってもらいたい?」
「(ふるふるふるふる)」
高速で首を横に振るルカ。どうやら男としての矜持は色褪せていないようで何よりだ。
「二人は遊んでいたの?」
「うんっ、最近王都で流行っている遊びなんだって、マフィが持ってきてくれたの!」
「へえ……」
なんだ。意外と子供の面倒見が良いんだな、師匠って。
まあそうでなきゃ私とアリスを何年も世話していられないか。独り身なのに所帯じみてるなあ。あの人。
「このまま生き遅れなきゃいいけど」
「あん? 何だって?」
「……え?」
私の独り言に背後から声が。恐る恐る振り返るとそこには……
「げっ!? し、師匠!?」
「師匠様に向かってげっ、とは何事だオラ」
不機嫌そうな瞳のまま笑顔を浮かべる修羅がそこにいた。
「ぎいやぁぁぁああああああああああっ!」
かわす暇もなくアイアンクローを叩き込まれる私。
こめかみが万力で押しつぶされているかのように痛い。
口は災いの元とはよく言ったものだ。ついうっかり口を滑らせた数秒前の自分を殴り飛ばしてやりたい。
「ったく。いきなり帰ってきたかと思えば暴言かよ。いつの間に俺の弟子は不良になっちまったのやら」
「わ、私がなかなか帰れない事情は師匠も知っているでしょう……というかほとんど毎日顔を合わせているじゃないですか」
額を撫でながら精一杯の抗議をしてみる。だが、そんな理屈が師匠に通じるはずもなく……
「おい、ルナ。折角帰ってきたんだから料理作ってくれよ」
「別に良いですけど……それってお母様の仕事じゃないんですか?」
「お前の味付けのほうが好みなんだよ。それに二人で作ってくれればいいしな。お前だって話したいことくらいあるだろ?」
え? ……まさか師匠、仕事で忙しいティナの時間を少しでも私と一緒にいられるように私に家事を……?
「あ、それと授業で使う資料の製作も手伝え。これが時間とられてめんどくせーんだわ」
「それは教師である師匠の役目でしょうが」
うん。やっぱり師匠は師匠だったわ。
「ルナ、お料理するの? だったらシアも手伝うー!」
「ぼ、僕もやりますからっ!」
ぱたぱたとかけてくるシアとルカ。
これは皆で料理の流れかな?
「師匠も手伝ってくれて良いんですよ?」
「馬鹿言え。俺は食べる専門なんだよ」
「そう言うと思ってましたよ」
私は苦笑を浮かべて、袖をまくる。
「それじゃあ皆で作ろっか」
「うんっ」
「了解です」
久々の休日だというのに、やっていることは屋敷でのメイド業とほとんど大差ないというね。まあ、こんな休日も悪くはないかな?




