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吸血少女は男に戻りたい!  作者: 秋野 錦
第4章 王都学園篇

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第177話 魔力操作の真髄

 実技演習の時間は基本的に、生徒はそれぞれ好きな魔術を使って練習していいことになっている。もちろん、他の人に危害を加えるような魔術は禁止。何が起きるか分からない大規模な魔力運用もまた同様に。


 そういう事情もあって、あまり魔術に自信のない生徒は魔術を使う生徒の見学に回っている姿もよく見かける。まあ、まだ入学したばかりだしね。魔術を使える生徒のほうが少数派なのだと思う。

 そして皆が思い思いに周囲を渡り歩く訓練場の一角に、その少女はいた。

 一人所在無さげに佇むその姿が、私にはひどく孤独に写った。


「何してるの、アリス」


 私の声に振り向いたアリスは眉を潜めて溜息をついてみせた。

 ここ最近は態度も露骨になってきたなあ。そろそろ心が折れそうだよ?


「別に、何をしていようが私の勝手でしょ」


「暇なら一緒に練習しようよ。昔はよく一緒にやってたじゃない」


「…………」


 アリスは視線を逸らすと、私に背を向けて歩き出した。

 だが……


「あら。どこに行くのかしら? まだ授業は終わってなくてよ」


 私とは反対側に待ち構えていた一団に、その退路を塞がれてしまった。

 数人の女子生徒を前に立ち止まるアリス。彼女たちは同じクラスメイトのはずだ。話したことはないけど、教室で何度か見かけたことがある。


「どいてくれる? 邪魔なんだけど」


「ふん。失礼な亜人ね。一体、誰のおかげでここにいられると思っているの?」


「少なくとも貴方達のおかげではないわね」


「私達がその気になれば貴方みたいな亜人、この街どころかこの国にもいられなくなるわよ。そうしないのは私達が優しいから。言っていること分かるかしら? 貴方は私達が見逃してあげているからこの学園に籍を置くことが出来ているのよ」


 腕を組み、胸を張る貴族の生徒。それに対して、アリスはどこまでも無表情でその様子を眺めていた。


「それで? わざわざそんなことを言うために待ち構えていたわけ?」


「もちろん違うわ。私たちは学生で、今は授業時間なのだから」


「…………」


「私たちの練習の相手、してくださるわよね?」


 これは……明らかにアリスに何かするつもりだ。

 控えている他の貴族もくすくすと笑みを漏らしているし、何かしらの思惑があることは疑いようがない。

 出来ることなら今すぐにでも間に割って入りたい。

 入りたいけど……


「……ルナ。これは何の騒ぎ?」


「クレアお嬢様……それが……」


 今の私はクレアの付き人だ。もしも、私があの貴族の連中に危害を加えればそれは全てクレアの責任になってしまう。暴力事件なんて起こせばそれだけでクレアは退学になってしまうかもしれない。それだけはしてはならないことだ。


「ふーん。ま、あの子たちのしそうなことよね」


「お嬢様は止められないのですか?」


 動くに動けない私は一縷の望みにかけ、クレアにそう聞いてみるのだが……


「放っておきなさい。あの長耳族(エルフ)人族(ノーマン)の学園に入ればこうなることくらい分かっていたことでしょうしね」


 そう言って傍観の姿勢を取るクレア。

 元々クレアはアリスのことを良くは思っていなかったようだし、それも当然といえば当然。わざわざ他の貴族との関係を悪くしてまでアリスの擁護に回ることはしない。

 ただ一人、貴族の連中に囲まれるアリスは……


「……はあ」


 深く深く溜息をつき、おもむろに懐から小振りのナイフを取り出した。

 その瞬間に、その場の全員に緊張が走るのが分かった。そんなものを取り出してアリスが何をしようというのか分からなかったからだ。


「いいわ。付き合ってあげる。でも……私と貴方達ではレベルが違いすぎる。参考になるかすら分からないわよ」


「は? 一体何を言って……」


「まず第一に魔術師にとって魔力の操作は何よりも重要な項目よ。魔術の運用はもちろん、咄嗟の対応力にも影響するからね。たとえば……」


 くるり、とナイフを反転させたアリスは自らの首元に迷いなくその切っ先を勢い良く突きつけた。その様子に何人かの女子生徒が悲鳴を上げたが、いつまで経っても彼女たちが予想したであろう惨劇は訪れなかった。


「『纏魔(てんま)』。これが魔力運用の基本ね。土か風の魔力適正があれば誰でも出来る簡単な防御魔法よ」


 見れば彼女の首元に、薄っすらと魔力の膜のようなものが張られているのが見えた。纏魔……つまり魔力を纏ってナイフを防御したってことか?


「単一魔法は複雑な術式を必要としない最も簡単な魔法よ。この学園を卒業したいならこれくらいは出来るようにならないとね」


 くるくるとナイフを手元で弄ぶアリス。

 やがて逆手に持ち直した瞬間、


「──そして、これが水系統の『纏魔』よ」


 人間とは思えない速度で女子生徒との距離を詰めると、今度は相手の首元へとその切っ先を突きつけた。


「これらの魔法には個別の名前がない。何でだか分かる?」


「あ……ああっ……」


「魔術師にとってはそれだけ当たり前の技術だからよ。貴方は……どうかしらね?」


 柔らかく微笑みを浮かべるアリスの手に力が込もり、そして……


「ま、待って! やめて! 分かったから、手を下ろして!」


 女子生徒は両手を上げて、懇願した。

 あまりにも呆気ないギブアップに拍子抜けだが、ナイフを突きつけられて平静でいられるわけもないか。彼女たちは歴戦の傭兵でもなければ、熟練の魔術師でもないのだから。


「勉強になったなら良かったわ。今日のこと、忘れないようにね」


 すっとナイフを下げると女子生徒はその場にへたり込んでしまった。

 その様子を興味なさげに見送ったアリスはそのまま歩き去って行く。いつしか周囲には人だかりが出来ていた。


「……魔力操作の熟練度が尋常じゃないわね。さすがはエルフってところかしら」


 ぽつり、と隣のクレアが悔しげに呟いていた。

 確かにあれを見れば前に師匠が言っていたことにも頷ける。

 さきほどのものだけでも土系統と水系統の単一魔法。さらにそれに加えてアリスは水と光の混合魔法である治癒魔法も使えるのだ。この学園の生徒で一番の腕を持つと言われても否定しようがない。

 だけど……


(流石にやりすぎじゃないか? いくら相手がむかつくからってアリスはあんな簡単に手を出すような子じゃなかったはずなのに……)


 私はそのこと以上に、アリスが相手を脅すような真似をしたことが信じられなかった。彼女はいつだって他人を思いやり、そのために行動していたのだから。


(一体、何を考えているんだよ……アリス)


 収まらぬざわめきの中、私はアリスの真意を疑った。

 そして、その僅かな疑念が遠ざかる背中を前に私の足を止めてしまうのだった。

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