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吸血少女は男に戻りたい!  作者: 秋野 錦
第4章 王都学園篇

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第176話 貴族社会は縦社会

 キーラ・イーガー。そして、マリン・イーガー。二人が同じ苗字を持っていることはただの偶然なのだろうか? もしも……もしも、キーラがマリン先生の関係者なのだとしたら……私は彼女に返さなくてはならない恩がある。


 グラハムさんにも道中何度も助けてもらったが、マリン先生はその何倍もの恩がある。もしもキーラが困っていて、助けを求めているのなら私はそれに応えなくてはならないと思う。

 マリン先生に直接恩を返すことが望めない以上、彼女の家族にそれを返せるならそれが最善だ。問題は彼女がどういう人物なのかを私が良く知らないということなのだが……


「ちょっとルナ。ぼうっとしてたら危ないわよ」


「えっ? あっ、ああ。すいません」


 訓練場の一角で、クレアが私に注意を飛ばす。

 今は魔術の実技演習の時間だ。暴発の可能性などを考えると確かに棒立ちは危険すぎた。クレアが怒るのも無理はない。


「……まさかキーラに言われたこと、気にしてるんじゃないでしょうね」


「ま、まさか。そんなことないですよ」


「ほんとにぃ?」


 眉を寄せ、疑惑の目を向けてくるクレア。

 そして、その両腕がにゅっと私の頬に伸びてきて……


「私に嘘をつくと、こうだからね」


「ひっ、ひふぁいでふ……おひょうひゃま」


 私の頬をむにむにと餅を伸ばすかのように引っ張った。

 恥ずかしいからやめていただきたい。


「あら、なかなか良い感触ね。もっと触らせなさい」


「ひゃ、ひゃめーーっ!」


 メイドの立場で拒否することも出来ず、されるがままの私。まあ、それであのお嬢様の機嫌が良くなるなら安いものだろう。甘んじてこの屈辱を受け入れよう。ただ、卒業したら覚えておけよ、クレア・グラハム。この屈辱は倍にして返す。


「あら、楽しそうなことをしていますのね。私も仲間にいれてくださいですわ」


「カレンにルナを触らせるわけないじゃない」


「ですわーーっ!?」


 寂しかったのか、いつものようにクレアに話しかけ玉砕するカレンお嬢様。いい加減学習して他の人と仲良くすれば良いのに。


「くぅぅ、こうなったらセス! 強引にでもルナを奪うのですわ!」


「いくらお嬢の命令でも、犯罪行為だけは犯せませんって」


「私のルナに手を出すなら私も容赦しないわよ。私の持てる力と財力とコネと嫌がらせで貴方の精神を絶望の淵に叩きこんで上げる」


「言い方がリアルで怖いですわ!」


「それだけ私も本気ってことよ」


 そう言って私の頬から手を離すクレア。


「良い? 誰であってもルナを渡す気はないから」


 そして、今度は私の背後からぎゅっと抱きついてきた。とても心地よい感触だ。主に背中が。人が多くて助かったぜ。もしも二人っきりでこんなことをされていたら……お嬢様相手に暴走しちゃってたかもしれない。


「あら、クレアがそこまで言うなんて珍しいですわね。そんなにルナのことを気に入りましたの?」


「ええ、そうね。こんなお人形さんみたいに綺麗な子、他にいないでしょ?」


 そう言ってさらに深く抱きついてくるクレア。

 気持ち良いは気持ち良いんだけど、フードが脱げないように気をつけてね。それが取れちゃうと、このお人形溶けるから。


「ふーん……でも、そこまで言われると逆に欲しくなってしまうのが人情ですわね。なんだか私もルナが欲しくなってきましたわ」


「ちょっと、カレン。私の話を聞いていた? 貴方の耳はロバの耳なの?」


「別に取ったりはしませんわよ。でも、卒業後のことまでは分からないでしょう? 今から予約しておけば手に入るかもしれないと思っただけですわ」


「ふん。お生憎だけどルナは卒業後も私のメイドよ。残念だったわね」


「え?」


「え?」


 きょとんとした顔のクレアと視線が合う。

 あ、あれ……おかしいな。確か契約はクレアの卒業までのはずだったんだけど……いつの間に自動更新されていたんだろう。


「ルナ……貴方、卒業したらいなくなるつもりなの?」


「えっと、そんな捨てられた子犬みたいな目で見られても困るんですが、そもそも最初からそういう契約だったはずじゃないですか。卒業したら私はメイドをやめますよ?」


「────────ッ!?」


 私の言葉に、ピシャアァァァアッッ! と雷でも落ちたかのように驚愕するクレア。そしてふらふらと私から離れて、ぺたん地面にへたり込んでしまった。


「そんな……ルナ。嘘でしょ? 嘘だと言って……」


「残念ながら契約書にもそう明記されてありますので……すいません」


「そんな……まさかこれはお爺様の罠……? こんなマインドトラップがあの契約書にしかけられていたなんてぇ……っ」


 いや、単にグラハムさんもクレアがここまで幼女趣味に走っていたとは思っていなかっただけだと思う。恋人と別れる時でもこんなに絶望しないんじゃないかなあ。ちょっとだけ我が主人の将来が心配になってきたぞ。


「おら、お前らいつまでお喋りしているんだよ。さっさと授業に戻れ」


 そして、そんな茶番を繰り広げていると教官も兼ねている師匠に怒られてしまった。今はまだ優しい口調だが、これ以上やるとガチの制裁が下りかねない。急いで授業に戻ろう。


「そんな……ルナ……そんな……」


 壊れたラジオみたいにブツブツと同じ言葉を繰り返すお嬢様。あれは子の時間中に立ち上がるのは無理かもしれないな。南無。


(しっかし……改めて見るとこのクラスはレベル高いよなあ)


 ぐるりと周囲を見渡した私は感嘆の息を呑む。

 別にレベルが高いっていうのは女の子のレベルが高いと言う意味ではない。いや、女の子のレベルも高いんだけどね? そうじゃなくて、魔術の腕が抜群に良いのだ。


(あっちは風系統の魔術、あっちは火系統……まともに現象を起こせているってことは十分に魔術師を名乗れるレベルになっているってことだ)


 魔術とは選ばれた人間にしか使えない技術のはずだが、こうして見ていると誰でも簡単に使えそうに思えてしまう。さすがは魔術に特化した血筋を持つ貴族なだけはある。


(……血統交配によって高められた魔術的素養、か。能力至上主義もここに極まれりって感じだけど。こっちだとそれが普通なんだよなあ)


 領地を持ち、国から報奨金を得る貴族は言ってしまえば昔から続く魔術師の家系のことでもある。ほとんどは経営手腕によって地位を確立した貴族なのだが、中にはこの学園に暮らす生徒たちのように魔術師としての血を何代にも渡って築き上げ、国に尽くしてきた貴族も存在する。


 そういった貴族は己の魔術師としての腕に誇りを持っており、私やクレアのように突然変異的に才能を開花させた人を下に見る傾向があるらしい。クレア……というかグラハム家の場合は爵位を得て、貴族としての地位を固めつつあるけどね。


(前にセスが言っていたこと、ようやく分かってきた気がするよ)


 色んな人に話を聞いてみて、私も貴族社会の実情がやっと見えてきた。

 今日の件にしたって、他家の従者をいきなり勧誘するなんてクレアが舐められている証拠だ。家としての力がないから、そうやって下に見られる。貴族社会では当然のことなのかもしれないけど、なんだか気に食わなかった。


 なんとしてでもお嬢様には周囲を見返してもらいたい。

 もしかしたら、クレアはそんな気持ちがあったからいつも厳しい修練を自らに課してきたのかもしれない。この実技演習の時間なんて、良い披露の場所じゃないか。ぜひともクレアにはこの機会に魔術師としての腕を存分に見せ付けて……


「ああ、ルナ……どうして貴方はルナ・レストンなの……」


 ……欲しかったのだが、どうやらそれは望めないらしい。

 こういう肝心なところで後一歩及ばないイメージなんだよなあ、このお嬢様は。

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