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吸血少女は男に戻りたい!  作者: 秋野 錦
第4章 王都学園篇

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第175話 魔術と魔法

 色々あった週末明け、私はお嬢様と共に学園で授業を受けていた。

 優秀なお嬢様は私の助けなんて必要なく、むしろ私が教えてもらいたいほどに座学に関しては抜群の成績を誇っていた。さすが、入試二位は伊達ではないと言うことなのだろう。


「では次に魔術の発動段階について……そうだな。グラハム、全て答えてみろ」


「はい」


 師匠の言葉に立ち上がったクレアは、何の淀みもなくまるで教本を読んでいるかのようにすらすらと暗唱していく。


「魔術の発動段階は全部で5つ。順に『識別』、『構築』、『操作』、『詠唱』、『発現』の順に動作を行い魔術を完成させます。この中に一つでも欠けがあったり、設定不備があれば魔術は正しく発動しません」


「良し、満点だ。座って良いぞ」


 師匠の言葉に満足そうに席につくクレア。


「今の5段階が魔術における絶対原則だ。無意識にやってる奴も多いだろうが、言葉として覚えるとよりスムーズな魔術構築が行えるだろうからよく覚えておくように。まずは魔術における事象改変の対象を『識別』、次に脳内で術式を『構築』、その術式をアクティブにするために体内の魔力を『操作』、そうして完成された術式を『詠唱』により三次元に『発現』させることで魔術は完成となる」


 黒板にかつかつと文字を起こす師匠。いつもより丁寧にやっている気がするってことはそれだけ重要な部分だということなのだろう。


「では次に魔法の場合はこれがどうなるか……ヒューズ、分かるか?」


「勿論ですわ」


 クレアの前の席に座っていたカレンに質問が移る。

 自信満々に立ち上がるカレンもやはり同じく成績優秀者らしく、何の迷いもない満点の回答を師匠に告げる。


「魔法の場合は魔術と違い『詠唱』の過程が省略されますわ。詠唱による事象改変のサポートを省く分、魔術よりも自由度の高い事象改変が行えますの」


「そうだな、正解だ。そしてこの場合抑えておかないといけない部分は、それだけメリットの多い魔法をなぜ誰も積極的に使用しないのかってことだが……まあ、これに関しては説明するまでもないか」


 誰も魔法を使用しない理由。それは当然、詠唱によるサポートのなしには魔力の操作が困難を極めるからだ。熟練の魔術師ですら、生涯をかけても会得できないほどの高等技術。それが『魔法』だ。

 例えて言うなら照準アシストなしに銃を発砲するようなもの。素人ではまず当てることすら出来ない。そういう事情もあって魔法士より魔術師のほうが圧倒的に人数が多い。


「とはいえ、魔術が全てにおいて魔法に劣るかと言えばそういうわけでもない。詠唱によるアシストは単に方向性を決めるだけでなく、魔力の最適効率を実現してくれる。つまり研究開発の分野なんかでは魔法よりは魔術の方が重宝されるってわけだな。では逆に魔法が有効的に活用される場面。これがなんだか分かるか?」


「えっ、と……そうですわね。研究の構想段階においては指向性の広い魔法のような自由さが必要になるのではないですか?」


「確かにそうだが、構想段階で実際に魔術を発動させられる必要はないだろ。むしろどうやって発動させるかが研究のキモだしな」


「そ、そうですわね……」


 魔法が具体的にどんな場面で役に立つのか、か。

 流石は師匠。教科書に答えが載っていない、いやらしい質問だ。


「分からないようだな。なら次、誰か分かる奴、いるか?」


「はい」


「おっ、またグラハムか。いいぞ、言ってみな」


「魔法の特徴は先ほども述べられた通り、幅の広い事象改変が任意に行える点です。つまり範囲や求められる効果が一定ではない農耕作業の補助や建築の分野で必要となるのではないでしょうか」


「ふむ……なかなか良い点に目をつけたな。だが正解はそれじゃない。それはまだ魔術で代替が可能だからな。他にもっと決定的に魔法が必要となる局面があるのさ」


「…………」


「分からないか? なら他に、誰か分かるやつ?」


 優等生のクレアでも答えられなかった質問に、教室は静まり返る。


「あっちゃー、ひでえなこりゃ。全員わかんねーのか? まあ実際に使ってみないと実感しにくい部分もあるか……おい、ルナ。お前なら分かるだろ。正解、言ってみな」


 うわ……こっちにきた。主人を立てるために黙っていたってのにどうして私に当てるんだ。しかも、そんなに馴れ馴れしく。教師としてそんな態度で良いのか?

 まあ、師匠だし言っても無駄か。


「魔法が有効活用される場面、それは……」


 気乗りはしなかったが、当てられて無視するわけにもいかず私はその答えを口にした。


「──『戦闘時』、ですね」


 私の口から出た答えに、教室中の全員が注目するのが分かった。


「魔法の最も優れている点はその自由度の高さではなく、即時性です。確かに魔法は魔術にはない自由度を持っていますが、それもイメージによる補完が必要な為、その場に合わせて即興で効果を変えると言うのは非常に難しいです。特に戦闘中は一秒を争うことになりますので発動までの時間短縮は大きな意味を持つかと」


 私の答えに、師匠は満足げに頷いた。


「良し、正解だ。まさしく完璧な回答だな。ほとんどの奴が魔法の特徴を自由度の高さに絞って考えていたと思うが、単純に発動が早い。これも魔法の重要な特徴だ」


 最後に師匠がそう締めくくると同時に授業終了の時刻が訪れた。


「今日の内容は特に重要だから、よく復習しておけよー。あと、次はお待ちかねの実技演習だ。集合場所に遅れないように。以上、解散」


 そう言って誰よりも早く部屋を出て行く師匠。いつものことだった。そして、いつもと様子が違ったのは私の周り。授業が終わると同時に、こちらに向け歩いて来る生徒が見えた。


「貴方、ルナ、だったわね。貴方は魔法が使えるの?」


「えっと……そう、ですね。勉強中という感じです」


 相手は貴族の女子生徒だった。後ろに付き人を控えさせているから間違いない。ほとんど始めて話す相手なのだが……一体何の用だろう。


「その歳で随分と優秀なのね」


「あ、ありがとうございます」


 私がぺこりと頭を下げると、目の前の女子生徒は不敵な笑みを浮かべると私に向けて手を差し出した。


「喜びなさい。貴方を私の家の使用人として雇ってあげるわ。給金も今の倍は出して上げる。どう? 悪くない条件でしょう」


「…………え?」


 唐突に告げられたその言葉に、思わず硬直してしまう。

 これって……まさか、引き抜きってやつか?


「ちょっと、何を勝手なことを言っているのよ」


 そして、当然そんなことをされてうちのお嬢様が黙っているわけもなくバンッ、と驚くような音を立て机を叩くと乱暴に立ち上がった。もう少し淑やかに……とは言っても無駄か。


「あらクレアさん。ごきげんよう」


「ごきげんよう、じゃないでしょ。貴方、私に断りもなくうちの使用人に手を出してんじゃないわよ」


「断りなんて必要ないでしょう。使用人は奴隷じゃないのだから、主人を選ぶ権利くらいはありますわ」


「ルナは貴方なんかの従者にはならない」


「それは貴方が決めることではありません」


 う、うわー……いきなり喧嘩が始まっちまったよ。クラスメイトも全員見てるからやめて欲しいんだけど。

 ……ん?


「あら、熱心に見つめてどうかしましたの?」


「あ、いえ……」


 この女子生徒……どこかで見たことがある?

 菫色のふんわりとした質感の髪に綺麗な瞳。会ったことはない。ないはずなのだが……どこか、懐かしい気持ちにさせられる。そんな気分だった。


「ちょっとルナ、この女の言うことを本気で考えているんじゃないでしょうね」


「い、いえ、まさか。私はお嬢様のお付きですので学園にいる間は他の者に仕えることなど致しません。私の信じる神に誓います」


「そ、そう……ならいいのよ」


 あ、少し嬉しそう。


「ふ……成金貴族などに使えていては没落する未来しかありませんことよ。貴方も優秀な魔術師なら勝ち馬に乗らなくては、ね」


 むっ……クレアを成金貴族だって?

 嫌な言い方だな。典型的な俺様タイプの貴族と見た。確かに有力なのかもしれないけど、権力を振りかざすタイプは好きになれない。このお嬢様の元に行くことはありえなさそうだ。


「私の元に来たくなったらいつでも言いなさい。ああ、そうだ。言い忘れておりましたわね。改めて自己紹介致します。私の名前は……」


 そう、思っていたのだが……


「キーラ・イーガー。イーガー家の長女にして次期筆頭党首候補ですわ。お忘れなきように。では、また後ほど。ごきげんよう、ルナ」


 立ち去っていくキーラの告げた家名。

 その名前に聞き覚えのあった私は思わず硬直してしまっていた。

 だって、それは……その名前は……


「……イーガー、だって?」


 私の最愛の先生。

 マリン先生の持つ家名だったからだ。

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